オバマ大統領が38度線を訪れ、韓国兵に対しては
「君たちは自由の最前線にいる」と言い、米兵には
「米軍は自由の最前線を守る」と言ったということです。
ちょっと意味不明なのですが、多分、北朝鮮を解放してアメリカや韓国のように
自由な国にしなければということなのでしょう。
「自由!」なんとスバラシイ言葉でしょうか。
そして、それを言うアメリカがなんとみすぼらしく、哀れに感じられることでしょう。
もうアメリカに自由や民主主義がないことを多くの人が知っているのです。
FEMAによる国民の選別、弾圧、強制収容所が「自由」の理念の上に襲い掛かり、恐怖で覆い尽くそうとしているのではありませんか。
オバマ大統領の今回の行動の意図は何だったのでしょう。北朝鮮は人工衛星を飛ばすと言っただけなのに。
李明博大統領との会談では、同盟国としての韓国を持ち上げ、褒めちぎりました。
次回の世銀総裁の候補にあがっている韓国人についてもその人格に太鼓判を押しました。
わたしはこういう動きは、すべて日本への示威行動であり婉曲な恫喝ではないかと思っています。辺野古、TPP、郵貯、増税など何一つ進展を見せない日本への苛立ちが最高潮に達したのかもしれません。
こういうことではないでしょうか。
「韓国を見てみろ!アメリカの言うことをよく聞くから、仲良くして敵から守ってやるのだ」
ここは日本の踏ん張りどころですが、ほぼ絶望的です。
野田総理は、アメリカの要求を呑むために「政治生命を賭ける」「命も賭ける」と言っているのですから。(そういうことでしょう?)
アメリカは日本を戦争に引きずり込もうと必死です。
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わたしは今までコメントばかり書いてきて、文を縮めたり、削ったりすることに
腐心してきたせいか長い文が書けなくなったようです。
それはともかく、ずーっと考えてきたのは、面白い記事とはどういうものか、ということでした。
一つ分かったのは、何かを考えさせてくれる記事をわたしは面白いと思って読んできたのだということでした。
考えるヒントとして多少の知識は必要でしょうが、知識そのものに余り関心や執着はありませんでした。「知る」ことよりも「考えさせられる」ことに関心の重点があったからですが、しかし、本来は「知る」と「考える」は一体のものなのではないでしょうか。
先日、「孤帆の遠影碧空に尽き」というタイトルのブログを見て、それをこころの中で言ってみた途端、身内に生気が漲り躍動するのを覚えました。わたしは漢詩が好きなのでした。といっても、教科書に載っていたような超有名な詩や、去年、NHKで放映していた「坂の上の雲」にでてきた乃木希典の「爾霊山」や「金州城外の作」などを知っているだけです。わたしの究極の理想は漢詩のような文なのですが、情報の伝達には最高の文体ではないでしょうか。
南極隊員の妻の電文として有名になった「アナタ」の三文字。これを受け取って
「なんだっこれは!?」というような夫なら、たとえ言葉を尽くしても何も感じないことでしょう。
同様に、「天皇陛下万歳」とだけ書かれた遺書も、分かる人には分かり、分からない人には説明するだけ無駄だということです。
わたしは、なにを言いたかったのでしょう?
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松山千春さんが「新党大地・新民主」から次の衆院選に立候補すると明言されたことは
わたしには久しぶりの朗報でした。
「スロウ忍ブログ」はこう書いておられます。
《「維新の会」といったシオニスト勢力が、各地の地方議会を乗っ取り、更に国政までも目指しつつある今、其等とは毛色の違う同党が、国政に進出することは、国民にとっては非常に重要な意味がある。》
松山千春さん(ファンでもなく、歌もあまり知りませんが)は、橋下徹さんを批判しておられましたので、あの高く澄んだ声量で、日本を覆うこの鬱陶しい空気を吹き飛ばしてほしいと思います。
鈴木宗男さんが国会の証人喚問に引きずり出され、宗男=悪というイメージで日本中が染め上げられたとき、ただ一人千春さんだけが宗男さんを庇い続けられました。
あのとき、わたしも、なんであんな悪い人を擁護するのかと不快感さえ抱いたことを
いまここに、慚愧の思いで告白しなければなりません。
真の友人なら当たり前のことかもしれませんが、その当たり前のことがなかなかできないのです。それ以前に、真の友人を持つことが不可能に近い。そういう意味で宗男さんも千春さんも幸せな人ですね。
正道を歩む人間が、権力者側にとっていかに憎むべき存在であるかを、鈴木宗男さんの苦難の半生が雄弁に物語っています。植草さんしかり。竹原さん、仙波さんもそうです。
千春さんには宗男さんに代わってプーチン大統領と北方領土返還の交渉をしてほしいですね。野田総理は四島一括返還でないとだめだと言っておられますが、ボスに言われて交渉さえしないということになればわたしは怒りますよ。(笑)
交渉しなければ何事も始まらないのです。
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「つむじ風ブログ」で「B・フルフォードさんの雄叫び」の記事中の動画を見たのですが、わたしは、朝堂院さんが橋下市長を日本の首相にと言った途端に視聴をストップしました。(温和なわたしwにしては珍しい行為でした)。
小沢さんや亀井さんのことは何といわれても構いません。今更、びくともするものではありません。
しかし、これだけはダメです。何を寝言みたいなことを言っているのですか!
わたしは、ベンさんのことは好きですし、かれは決して嘘偽りを言う人ではないと思っています。
しかし、小沢さんがロックフェラーと親交があったように(そんなことはどうでもいいことです。)ベンさんもロックフェラーとは直接会って話ができる立場だったのではありませんか。
情報戦の最中にあって、何を信じ、何を選択するかで見方が変わるということだろうと思います。
わたしはもとから橋下市長を忌避していたわけではありません。
テレビの画面からの印象は、若いのに身過ぎ世過ぎが上手で如才ない人間だなというものでした。忌避するようになったのは、かれの父親がやくざだったからでも出自が部落だからでもありません。
身辺から立ち上る敵意や復讐心が心底恐ろしくなったからです。
普通の神経の人間なら、自分への悪口や誹謗中傷を言ったり書いたりするテレビや新聞は見ないと思うのですが、かれはすべてを自分でチェックするのだと胸を張って言いました。普通の人が見ないのは不快だからということ以外に対抗手段を持たないということがあると思うのですが、かれが洩らさずチェックするというのは対抗手段を持っていて、やろうと思えば復讐することができるからではないでしょうか。
先日、かれは平松前市長に投票した市民を炙り出すようなこともするのではないかと書きましたが、考えられないことではないと思います。
北朝鮮がやっていることです。軍の諜報機関である保衛部は、市民の中から保衛部員を抜擢し、同胞の監視に当たらせています。やろうと思えば簡単でしょう。
国民は独裁者が好きなのですね。
山崎行太郎さんが、かれは国民の心、(欲望)を掴んだのだ、と書いておられましたが
その心とは独裁に期待する心ということでしょう。
きのうはサンケイが、マイケル・グリーンが「橋下氏はキングメーカーになりうる」と言ったことを記事にしていましたが
なんと、アメリカが嘱望する人間を日本国民は推戴しようというのでしょうか。
悔しいですね。
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きのう、さらっと書いて後で気になったのは、大使館が政治家のために手配した女性への対価はどこから出るのかということでした。
福沢諭吉が
「世の中で一番悲しいことは、ウソをつくことです」と言っていることを知り、なぜかとてもこころが惹かれました。なぜ、恥ずべきこと、悪いことではなく悲しいことと言ったのでしょうか。わたしも何となくそう思っていたのですが、諭吉と同じ理由なのかどうなのかは分かりません。
今まで余り好きではなかった人でしたが(感じだけで) 少し見方が変わりました。
谷垣自民党総裁が橋下市長を名指しでヒットラーに似ていると言われたのですが、
公言されたからには、ハシズムといわれるその独裁的手法と徹底的に戦ってほしいと思います。
政治家として、言うだけでは駄目です。
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