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谷間の百合

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<   2019年 08月 ( 20 )   > この月の画像一覧

大人が一人もいない安倍政権のこの上ない危うさ。

韓国が「GSOMIA」を破棄したことで、日本ではそれで損をするのは韓国であり韓国は孤立することになるだろうと言っています。
河野外相も、韓国は現下の安全保障環境を完全に見誤ったとコメントしていましたが、ほんとうに見誤ったのは韓国なのでしょうか。
安全保障の神髄はできるだけ多くの国と仲良くすることだと思うのですが、日本は日米同盟さえ堅固であれば安心だとばかりに、その上に胡坐をかいてきました。
胡坐をかくために日本は誇りを捨てお金を貢ぎ続けてきました。
それが日米同盟の真の姿です。
アメリカがいつまでも日本を守ってくれると思う方が、安全保障環境を見誤っているように思えるのですがそうではないのでしょうか。
米中は対立しているから安心だと思っているとしたら、あまりにもノーテンキです。
国際環境は、きのうの敵はきょうの味方という有為転変を繰り返してきたことをどうして思わないのでしょうか。
きょう総理はG7に出席のためフランスに飛びます。
各国首脳との会談も予定されているということですが、先のG20における集合写真の場面で1人を除いて完全無視されたことを思うと、もうこれ以上の国際的地位の低下は見るに忍びません。
トランプ大統領はロシアを入れたG8を提案し、それに中國、インドも加えたG10をという声もあがっているそうです。
大国の、中国、インド、ロシアが入っていないのはあまりにも不自然です。
そのうち日本がはじき出されるかも。


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最近の安倍政権を見ていると、ほんとうに戦前の悪夢が蘇ってきます。
意図的でないとしたら、総理の体質によって日本は戦前に引き戻されているとしか思えません。
このままでは日本は孤立を免れません。
アメリカにだけシッポを振ってきたことの「ツケ」は恐ろしいものになりそうです。
「日米同盟いのち」の政治家や官僚にはそれが分からないのでしょうか。
アメリカの視野にもう日本が入っていないとしたら?
むかしわたしは全方位外交を笑っていました。
そんな八方美人外交が通用するほど世界は甘くないと偉そうに思っていました。
しかし、そうではないと思います。
日本もある時期までは全方位外交で来ていたのです。
それがいつしかアメリカ一辺倒になりました。
むかし、チャイナスクールとかロシアスクールという言葉をよく聞きましたが、もう絶滅したのでしょうか。
それならぜひ復活させてほしい。
相手の国をよく知ることが外交の基本です。
会談の席を蹴って出ていくような外交なら子どもでもできます。
大人の外交をしてほしいと思いますが、残念ながら安倍政権には一人の大人もいません。
これほど危なっかしいことはないのです。


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by michi-no-yuri | 2019-08-23 10:05 | Comments(0)

橋下徹と小泉進次郎。

 日本郵便がアフラックから委託販売しているがん保険が一時的に無保険になったり二重払いになっていたのがこの一年間で10万件に達していたということです。
システムの不備というより、日本郵便とアフラックの間がしっくりいっていないということではないでしょうか。
結局、郵政民営化とは日本の市場にアメリカの保険会社を参入させることが目的でした。
小泉総理は、民間にできることは民間にと叫び、それによって公務員が減らせることが行財政改革の本丸だと言いました。
しかし、それは嘘でした。
郵政事業に携わる人間は身分上は公務員でしたが、その給与は郵政事業の収益から出ていたのです。
当時、郵便局の窓口に、われわれは税金から一円ももらっていないと書かれたポスターが張られていたのをわたしは見ていました。
しかし、郵便局のささやかな抵抗が時の勢いに勝てるはずはなく、嘘もごまかしも大きな流れに飲み込まれて行きました。
国民は民営化をいいことだと思い込まされました。
竹中平蔵が辣腕を振るいました。
菅義偉も陰の立役者だったそうです。
この3人の売国奴、詐欺師へのキックバックはどれほどのものだったのでしょうか。
竹中平蔵はそれまでに17回(この数字はよく覚えている)アメリカの保険会社の人間と合って話を進めていたのです。


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マイケル.グリーンは「バカにしか首相はやらせない」と言ったそうですが、違います。
バカでも良心のある人間はいます。
かれらが求めていたのは、良心の眠っている人間、悪いことをしても良心の疼かない人間です。
そういう人間を取立てたのです。
竹中平蔵が期待している人間の一人が橋下徹です。
橋下徹がまだ茶髪でサングラスをして「そこまで言って委員会」に出ていたころ、日本の首相にはだれがいいかという質問に、ひとり竹中平蔵と書いていましたから、付き合いは長そうです。
都構想も竹中平蔵の厳命なのでしょう。
いみじくも、日本の人口は今の半分の6千万人でいいと言ったのが橋下徹と小泉進次郎でした。
小泉進次郎は、「将来に悲観する一億二千万人より、将来に自信と楽観を持つ六千万人の方がいい」と父親譲りの騙しのレトリックで煙に巻きましたが、将来に悲観する人間を作ったのが政治であり、自分もその責任を負っているとは考えないようです。
しかも、この考えが危険なのは生産性で人を計る思想と直結していることです。
二人が同じことを言うのはご主人が同じからですが、6千万人でいいというのなら、移民や外国人労働者の受け入れには反対しなければならないはずですが、反対したのでしょうか。
わたしには、移民ありきの、外国人労働者ありきの六千万人だとしか思えません。
それがご主人の方針なのだろうと想像するとよく分かります。
二人とも日本を解体するために働いているのですが、ご主人からなぜ6千万人かの説明は受けていたのでしょうか。
小泉進次郎はご主人から聞いたことをそのまま言ったのでしょうか。


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by michi-no-yuri | 2019-08-22 09:45 | Comments(0)

新自由主義の終焉か?

きのう産経は「拝謁記」をとりあげましたが、他のメディアはどうなのでしょう。
産経が、昭和天皇の「憲法改正」発言を見過ごすわけはありません。

北のミサイルについて、総理は我が国の安全保障に影響を与えるものではないことは確認されていると言うのですが、どうして確認したのか不思議です。
去年はそんなこと一言も言わなかったではありませんか。
日韓対立を、総理はゴルフなどして余裕のあるところを見せていますが、本心は過熱するのを待っているというところではないでしょうか。
国会の仕組みがよく分かりません。
いまは夏休み中なので国会が閉まっているのは分かりますが、国会の審議は総理がしたくなければしなくてもいいということになっているのでしょうか。
裏ではいろいろ動きがあるのでしょうが、国民の目には政治は止まっています。
その間に「れいわ新選組」の勢いを沈静化させたいのかもしれません。
きのう、「超高層マンション スカイヲーカー」というブログに驚くべきニュースがありました。

「米主要企業の経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」は19日、株主の利益を最優先としていた従来の方針を見直し、顧客や従業員、取引先、地域社会、株主といった関係者すべての利益のために経営すると発表した。米国では、大企業による株主重視の行き過ぎや従業員の冷遇が貧富の格差拡大を助長しているとの批判があり、経営者団体の方針見直しにつながった。」



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これが事実なら、ビッグニュースです。
何もかもアメリカの後をついてきた日本がこの新方針を無視することはできません。
この当たり前のことをしてこなかったことがどういう結果に繋がったかに漸く気が付いたということでしょうか。
日本はまだ気がつきませんが、アメリカについていくしかないのです。
新自由主義が終焉を迎えると思っていいのでしょうか。
竹中平蔵、小泉進次郎、橋下徹も退場すると思っていいのでしょうか。
「れいわ新選組」の政策が現実味を帯びてきたようでうれしい。

きのう、社会主義者の弾圧について書いた後、いろいろ考えることがありました。
わたしは今の権威としての象徴天皇制と、安倍政権は真逆ですが民主主義制度のもとの政治体制の併存をベストだと思っていて、これが崩壊するということは日本が日本でなくなることだと思っている人間です。
だから、そういう今の体制を崩壊させようという勢力が現れたらどうするかは深刻な問題です。
民主的な方法で収束させられれば言うことはないのですが、そんなことが可能とはもえません
思想 良心の自由、集会 結社の自由は共謀罪の成立によって有名無実になったのでしょうか。
そもそも思想の自由ってどこまでを指すのでしょう。
内面の自由だと言いますが、思想は内面にとどまっているものでしょうか。
宗教も信仰心は内面の問題だと言いながら、外へ外へと出て行って争いの種を作ってきたのです。
弾圧は絶対ダメだと言うのは絵空事なのでしょうか。
思えば、歴史は排除や弾圧を繰り返してきたようなものです。


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by michi-no-yuri | 2019-08-21 10:07 | Comments(0)

人間は変わらない(反省しない)から同じことを繰り返す。

きのう共産主義革命の恐怖を書きましたが、同時に明治から続く社会(共産)主義者への苛烈を極めた弾圧も書かなければバランスを欠くことになります。
大逆事件が最たるものですが、いかに天皇と日本政府が共産主義を恐れていたかということです。
八甲田山の悲劇もソ連の南下に備えるための訓練でした。
きのうネットで目にしたのが南日本新聞が報じたというニュースです。
鹿児島県内の四つの図書館が利用者の閲覧記録を警察の求めに応じて提供していたというのです。
本のタイトルは黒塗りにしたそうですが、この先それで警察が納得するとは思えません。
すでに思想調査体制に入っているということでしょうか。
南日本新聞(元鹿児島日報)といえば「きりしま事件」の舞台になったところです。
有名なのが、椿の赤い色の美しさを詠んだ句が、赤=アカ(共産主義)の肯定だとして、俳句を掲載した新聞社の記者、販売員をはじめ37人が逮捕された事件です。
罪状は治安維持法違反と不敬罪に当たるというものでした。
今回その新聞が、警察が図書館の利用者の個人情報の提供を求めたことを報じたのですが、今後、新聞社が弾圧されるのも時間の問題だということにならないように、いま市民は声をあげてほしい。
ここで食い止めないと、戦前のように警察が思想調査をするような風潮が大手を揮うことになります。


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いちばん怖いのは、警察に言葉(思想)を理解する能力がないことです。
赤い花と書いただけでアカだと断定するようなレベルの能力しかありません。
それが怖いのです。
言葉が通じないことの恐怖です。

わたしは一度だけアマゾンで本を購入したことがありますが、それ以来、あなたはこういう本も関心があると勝手に決めつけて次々と本を紹介されたことが怖くなって一度で止めました。
もう何年も図書館に行っていませんが、図書館には個人情報を守る義務があるのではありませんか。
そういう法律があるのではありませんか。
法律を守らなかったら社会は崩壊します。
鹿児島は警察の力が強いところのようです。
そういえば、「日本警察の父」と言われている川路利良は薩摩藩士でした。
それで張り切ってしまうのでしょうか。
志布志事件では警察は何も反省していないようです。

思想調査と言えば、橋下徹が現職のときにそれらしいことをして問題になったことがありました。
最近、やたらに媚を振りまいているのは政界復帰を睨んでのことでしょうか。
「れいわ」の政策では、奨学金返済制度の廃止を除いてみんな真逆だと言っていました。
「れいわ」はカジノも都構想もTPPも新自由主義にも反対だからダメなのだそうです。
この人間に権力を持たせたら何でもやるでしょう。


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by michi-no-yuri | 2019-08-20 09:54 | Comments(0)

昭和天皇が憲法改正を言ったことを安倍政権はこれから最大限利用するでしょう。

天皇のことになると情緒が先行するのは、それが子どものころの思い出の中心だからだと思います。
戦後の早い時期に世に出たと思われる天皇の写真集が我が家にありました。
わたしはそれを母と見るときがいちばん幸せでした。
きっと反天皇の人にもまたわたしとは反対の思い出があるのでしょう。
「拝謁記」ですが、わたしはどういう経緯があって公開に至ったのか、右京さんではありませんがそういうことが気になる性分です。
NHKか総理周辺のだれかと遺族が懇意だったのか、それでNHKだけという約束で公開されたのでしょうか。
世紀のスクープをNHKが独占しているのがなんかとても不気味なのです。
それに拍車をかけたのがきのうの7時のニュースの内容でした。
天皇の言葉として再軍備と憲法改正が取り上げられていました。
自ら裁可して公布したばかりの新憲法について天皇が憲法改正という言葉を使って注文を付けたのが事実だとしたら、それはほんとうに慎重のうえにも慎重に扱わなければなりません。
天皇が9条に反対したということは、当時の世界や政治の状況を知らなければトンデモナイ誤解を与えます。
昭和天皇ほど旧ソ連(共産主義)を恐れた人はいません。
226に激怒したのもそれが原因としてあります。
悪意の人は、ロマノフ王朝の末期を見て天皇は震えたのだと思うでしょうが、そんな個人的な小さな動機であろうはずはありません。
日本の国体、精神とは絶対に相容れないからです。
沖縄を(主権を残して)アメリカの管理に委ねたのも、ソ連の侵攻を恐れたからです。


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旧ソ連が日本に野心を持っていたのは事実です。
武装解除した日本兵をシベリアに移送したのは、労働力の不足を補うためだとスターリンが言ったのは、当初は本心だったとしてもすぐに方針を変更しています。
徹底的な赤化教育を施して、二年後から次々と日本に帰還させたのは、日本で革命を起こさせるためだったのは事実なのです。
ソ連の指示に応えてかれらは日本の社会のすみずみで共産主義の浸透を図りましたが革命は起こせませんでした。
共産主義という理想が現実にはどれだけの戦慄ををもたらしたか、自由も人権もない社会がどれだけ恐怖だったかを想像してみてほしい。

天木さんは、NHKが拝謁記を公開したことで、象徴天皇制は定着し、歴史問題を封印され、日本に民主革命は未来永劫起きないことになったと書いていますが、ということは象徴天皇には反対だということですね。
天木さんの言う民主革命とは天皇制の打破を指すのでしょうか。
また、これは改憲反対の上皇に対する意趣返し、上皇苛めではないかと書いていますが、意味がわかりません。
上皇苛めを言うなら、昭和天皇の憲法改正発言をクローズアップさせたことではありませんか。
昭和天皇は憲法改正論者だったという印象操作が国民に与える効果は計り知れないものがあります。
これが目的だったのか!?
やはり、わたしはどういう経緯、経路で拝謁記が出てきたのかを知りたい。
なぜNHKが独占しているのかを知りたい。
官僚だった天木さんが反天皇だということは分かりました。
天皇とか国体とか言っている自称保守も単なる戦争愛好家だということも分かりました。
ほんとうの保守主義はどこにある、、?


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by michi-no-yuri | 2019-08-19 10:01 | Comments(0)

昭和天皇がかなしい。

お盆も終わり、これで高校野球が終われば静かな晩夏になると思えばうれしくなる。
夏は嫌いですが、夏の終わりの寂寥感は好きです。
戦争の季節が終わり、戦争の犠牲者がまた元の場所に帰っていったことに感じる寂寥感でもあると思います。

NHKスペシャルですが、田島宮内庁長官があの「拝謁記」を焼却しようとしていたことがショックでした。
それで分かるのが、この企画は長官の方から持ち出したものではないかということですが、もし天皇が希望した企画だったのなら、焼却は不敬の極みどころか歴史への犯罪とも言えます。
しかし、それもありかなと思うのが、言葉遣いは恭しくても、天皇に対していろいろ注文を付けたり意見を述べていることで、もしかしたら、聞き取りをしたのは自分でありそこに自分の意見も書き込んでいることで自分の判断で焼却することは許されると思ったのでしょうか。
悩みに悩み総合的に判断して焼却が適当だと思ったのだとしたら、その理由を家族に言い残しておいてほしかったと思わずにいられません。
九死に一生を得て世に出てきた貴重な資料でした。
多くの人が感じたのではないかと思うのが、天皇が、自分への意見をすべて受け入れているという事実です。
西園寺公望から意見されたときもそれを受け入れ、後年あのときは若かったと述懐していますが、人の話に耳を傾けるのが君主たるものの資格だということをうかがわせるエピソードには事欠かないのではないでしょうか。

戦没者慰霊殿
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サンフランシスコ平和条約後の式典で述べる言葉について、天皇は「私はどうしても反省という字をどうしても入れねばと思う」と「どうしても」を二度繰り返していることからその思いの深さが分かります。
しかし、天皇がこだわった文言は、吉田茂首相によってバッサリ削除されました。
天皇は繰り返し不満を述べたということですが、最後は納得して受け入れています。

わたしが驚いたのが、軍部の勢いはもうだれにも止められず、東条内閣のときはもうどうすることもできなかったと言っていることです。
開戦時はそういう状況だったということです。
もう天皇がどうしようもないと思う状況で、日本は戦争に突入したのです。
こういうとき、天皇はどうすればよかったのでしょう。
天皇の戦争責任を言う人は、このとき天皇はどうすればよかったと思いますか。
天皇の道義的責任論は早くから出ていたようでが、わたしには道義的の意味が分かりません。
天皇は道義に背いたのでしょうか。
「天皇としての責任」ではいけないのでしょうか。

全国巡幸の動画はいつも涙無くしてみることはできないのですが、初めて国民の中に入っていった天皇のぎこちない所作や言葉遣いは、その後国民が親しみを込めて真似をしたということです。
炭鉱を訪問したときでしょうか、白衣にヘルメット姿の天皇が、歓迎に応えて三回勢いよく腕を突き上げたのですが、それが幼稚園児かコメディアンの所作に見えて笑ってしまいます。
国民との会話ではボキャボラリ―のなさを嘆いたということですが、世事にはほんとうに無垢だったのです。


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by michi-no-yuri | 2019-08-18 10:00 | Comments(0)

国民は「悔恨と反省」を天皇一人に押し付けたのか。

NHKの「拝謁記」のニュースと映画「ひろしま」を観てから、明け方まで頭が冴えて眠れませんでした。
きょうのNHKスペシャルが楽しみです。
どうか、虚心坦懐に観てほしい。
自己弁護だとか保身だとか責任転嫁などと思って、あなたの魂を汚さないでほしい。
この超一級資料の出現に、衝撃を受けたり、震えた人がいたようですが、決して不遜な気持ちで言うのではありませんが、わたしに衝撃はなく、自分の想像力が間違っていなかったということに感謝しています。
「拝謁記」はなぜ今まで秘匿されていたのでしょう。
宮内庁長官の田島さんは世に出すタイミングを失っていたということでしょうか。
それが令和の世に入ったところで陽の目を見ることになったのには何か大きな意味がありそうです。
天皇は「下剋上」を早く止められなかったことへの悔恨と反省を、自身を始め政治家、軍人、国民にも求めています。
ここですべての責任は自分にあると言ってしまってはいけないのです。
嘘になるからです。
天皇は判断を誤ることはあっても、嘘をつくということを知りません。
それが分からない人がたくさんいる。
天皇の高潔な精神を想像できない人がたくさんいる。
帝王学が分からない人がたくさんいる。
原爆投下を天皇が「しかたなかった」と言ったことに怒りを覚えた人がいました。
しかし「しかたなかった」というのは血のにじむような真実です。
天皇の意思には何の価値もありませんでした。
祭り上げるだけでだれも忖度しませんでした。
明治に担ぎだされた天皇は「お飾り」でしかありませんでした。
いまも、天皇の憲法を守ろうという意思を政治は完全に無視しています。
当時も今も何も変わらないのです。


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反省するにはいつごろまで遡ればいいのでしょう。
下剋上は軍部だけではありませんでした。
例えば、中学校や高等学校では生徒がストを決行したり教師を吊るしあげたりすることがよくあったということですから、当時は常に下剋上の空気を孕んんだ社会だったとは言えないでしょうか。
よくも悪くも当時の日本人は元気だったということです。
今こそ下剋上が必要なのに、必要なときにはどこを探してもありません。
みんな家畜のように飼いならされてしまったのです。
いかに開戦を止めるのが困難であったか、いかに戦争を終結させるのが至難であったか、それを想像力を駆使して追体験してほしいと思う。
とくに、歴史家にはそれが求められます。
字面だけを追っても歴史は分かりません。
天皇は「悔恨と反省」の言葉を繰り返したと。
開戦の一年後にも夕食の席に侍従や武官を集めて終戦のタイミングの重要さを繰り返し言ったということでした。
天皇は、強く思うことを繰り返し言っていたのです。
それが胸に届いた人がどれだけいたのかと、、
天皇の戦争責任を言う人は、都合上天皇を絶対君主に仕立て、そのくせ実際の天皇はそこらの町内会長くらいの人間にしか思っていないのです。
カニは自分の甲羅に合わせて穴を掘るということです。
そこには一片のこころもありません。
一人の人間としての、天皇の絶対的苦悩。
ず~っと胸の中で慟哭がさざ波のように続いています。


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by michi-no-yuri | 2019-08-17 10:28 | Comments(0)

こういう人間(立花孝志)が現れるのは末期症状の表れ。

戦没者追悼式典で、天皇は「深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されないことを切に願いー」と述べられました。
そういえば、総理の口から「反省」の2文字を聞いたことがなかったように思のですが、総理が言った「我が国はー平和を重んじる国として、ただ、ひたすらに歩んできた」の言葉のなんと白々しいことでしょう。
平和を重んじるということは平和憲法を重んじるということと同義なのになぜ憲法改正をしたいと思うのか。
総理の靖国参拝を求める国民集会が靖国の境内で行われたという。
行きたければ行けばいい。
だれが止めていると言うのですか。
総理においては憲法なんてあってないようなものなのですからいまさら政教分離など気にすることはないではありませんか。
それでも行けないのは、中韓が文句を言うからではなく、アメリカが怖いからです。
いみじくも、大原康男さんが書いています。
「米国にとって日本の軍国主義や超国家主義の中心的な存在が靖国神社であり」と。
アメリカは総理を軍国主義者、国家主義者と見做しているのです。(その通りですが)
いくらアメリカのご機嫌をとってシッポを振っても、アメリカの総理に対する評価は変わりません。
靖国に行けないのはアメリカが怖いからとは言えないので、中韓が文句を言うからということにしているのです。


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先日、中国の元首相李鵬の死がニュースで流れました。
李鵬は、1993年に、日本は40年後には消えるかもしれない、30年もしたらだいたい潰れているだろうと言った人間です。
何を根拠にして言ったのかは不明ですが、いまふと頭を過ったのは、中国が日本を潰すという意味で言ったのではないかと思ってゾクッとしました。
靖国への抗議に今年は「断固反対」という文言がなかったそうです。
また、10月22日の「即位の礼」に、副首相を参列させる方向で調整しているそうです。
中國と仲良くするのは願ってもないことですが、その軟化というか友好姿勢をほんとうに信じていいのだろうかという疑念が頭をもたげます。
日本を潰す環境ができつつあると思われても仕方ないくらい、今の日本はボロボロだからです。
侵略してくださいと言っているようなものです。
政権の腐敗、貧困化、少子化、食料自給率の低さ、放射能、外交の失敗がもたらした国際的地位の低下とそれに伴う信用の失墜。
とくに安倍政権の政治の私物化による腐敗を中国は見逃さないでしょう。
プーチン大統領も狙っているでしょう。
文大統領の、北と統一して日本を超えるとの発言を大方の日本人は嗤って取り合わなかったようですが、わたしはぜったいに嗤いません。

トンデモナイ政党が誕生しました。
口にするのも嫌な連中です。
もしかしたら、国が潰れる前にはこういう人間、集団が現れるということかもしれません。
日本がもうこれ以上の下はないというところまで堕ちたということです。


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by michi-no-yuri | 2019-08-16 09:08 | Comments(1)

地獄のガダルカナル

終戦の日が雨だったという記憶はありません。
しかも大型台風。
やはり、今年はなにかが違うようです。
先日、NHKで「ガダルカナル」を観ました。
いままで何度か目にした波打ち際の兵士の死屍累々の写真はガダルカナルだったのでしょうか。
全滅だと言われた島にも生き残っていた人がいました。
記者から突然ガダルカナルのことを訊かれた老人は、堰を切ってあふれ出てくる封印していた記憶に耐えられなくなったのか、激しく嗚咽して一言の言葉も発することができませんでした。
地獄を見た人はもう言葉の世界に戻ることができないのです。
言葉で表せないから地獄なのです。
アウシュビッツから出てきた人もそうでした。
きょうもいろいろ書きましたが、急に言葉が空しくなりほとんど削除してこれだけになりました。


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by michi-no-yuri | 2019-08-15 09:13 | Comments(0)

前川喜平さんへの違和感。

靖国神社が天皇陛下に「行幸請願」を行い、宮内庁に断られていたということですが、こういうことは初めてのことだったようです。
それが、安倍政権や「日本会議」の憲法改正の動きと連動していることは容易に想像できることです。
宮内庁の判断で断ったとしたら、日ごろから天皇の参拝拒否の強い意志を知っていたからかもしれません。
靖国の前宮司は天皇は戦跡に行って慰霊はするが靖国には来ないという不満をぶちまけていましたが、なぜ天皇が参拝しないのかは考えたこともないようです。
(考えてもどうせ分からないでしょうけど。)
靖国を政治に利用しようとしている政権への天皇の抵抗、怒りが、かれらには通じません。
だから、いつまでもなぜ参拝に来ないのだという疑問と不満を持ち続けているのです。
A級戦犯が合祀されているとか、中韓への遠慮だとかは事の本質ではありません。
二度と戦争をしてはいけないというのが天皇のこころではありませんか。
あきらかに安倍政権は靖国を戦争に利用しようとしています。

前川喜平さんのツイートに気になる書き込みがありました。
以下がそのツイートです。

「修学旅行は広島に行くべくだ。伊勢神宮に行くべきではない。2006年教育基本法にだって「日本国憲法の精神にのっとり」と書いてある。平和を希求し戦争を放棄すること。天皇は神の子孫ではなく主権者国民の総意に基づくこと。国と宗教は分離すること。それが憲法の精神だ。」



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広島に行くべきというのはほんとうにそうだと思いますが、伊勢神宮に行くべきでないというのが理解できません。
伊勢神宮に行くことが平和を希求し戦争を放棄することに抵触するとでも?
最近の右傾化、戦前の皇民化教育を憎むあまり坊主憎けりゃ袈裟まで憎いということになっていませんか。
皇民化教育が否定されるべきは当然ですが、伊勢神宮にその責任があるとは思いません。
政治や軍事に積極的に利用されただけではありませんか。
伊勢は伊勢であり、「なにごとのおはしますかはしらねども、かたじけなさになみだこぼるる」と西行が詠んだ伊勢の伊勢です。
天皇は神の子ではなく、主権在民の総意に基づくというのもいまや共産党でさえそんなことは言わないでしょう。
(最近は共産党がもっとも保守的に思えます。)
皇室が神代から続いていることに何か不都合なことがあるのでしょうか。
続いているのは厳然たる事実で、神代に理屈に合わないことがある、つまり科学的でないことがあるというだけで否定されていいものではありません。
子どもが中を見たくてなんでも壊してしまうようなことを科学と言っていませんか。
フィクションと嘘は違います。
神話は民族が創造した文学でありロマンです。
それこそ民族の総意によるものです。
こんな荒唐無稽なことを信じるバカと言う人がいますが、バカなのはどっちでしょう。
そういう本人は明治天皇すり替え説などを簡単に信じているバカではないのですか。
前川さんにはいつごろからか少しづつ違和感のようなものを感じていたのですが、こういうことが原因だったのかもしれません。
神話(歴史)を否定する人が文科省の事務次官だったのですね。
政教分離の「政」とは政治の政ではなく国家のことを指します。
法をつくる者、人を裁く者、治安を守る者、税を徴収する者など国の機関に属する者は(宗教的)中立を守らなければいけないということであって宗教が政治に参加してはいけないことではありません。
宗教と言えば、特定の、あるいは新興の宗教をイメージしがちですが、わたしは教育に宗教的なものは絶対に必要だと思っています。
広島にも伊勢にも行ってほしいと思います。


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by michi-no-yuri | 2019-08-14 09:48 | Comments(0)