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谷間の百合

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「自分を見てくれている人がいる」ということ。

朝日新聞が山本太郎さんの演説を聞いた50代男性の言葉を紹介しています。

「山本氏のことばを聞くうち、涙があふれてきた。世の中から見放されてきた自分がはじめて共感してもらったように男性は感じたという。通帳の残高は5万ほどしかなかったが、その中から1万円を「れいわ」に寄付した。」

先日、皇室はいつの世も弱者の味方で、社会から見放されてきたような人間に寄り添ってきたと書きましたが、大昔のことはともかく、当然のことですが皇室が物質的にあるいは個人的に弱者を救済することはできません。
ただ、意識しなくても、皇室の存在そのものが国の安定、国民の安心の拠り所になっているということです。
西行は伊勢で
なにごとのおはしますかはしらねども かたじけなさになみだこぼるる
と詠みましたが、天皇を見て涙を流している国民を愚かな人間だと蔑んでいる人たちには西行のこころも日本の文化も人のこころの真実も分かりません。
「酔生無人のブログ」の古い記事なので正確には覚えていませんが、敗戦後のアメリカにいた男性が、日本が戦争に負けて何もかもが失われたという思いに打ちひしがれていたとき、突然ひらめいたのが「日本には天皇がいる!」という新鮮な思いだったというエピソードでした。
天皇の戦争責任しか言わない人もいればこういう人もいるということです。
わたしもそのころ、ある筋金入りの共産主義者が、天皇の行幸があると聞き、どんな顔か見てやろうと人々の後方で待ち構えていたところ、いざ天皇が目の前に来たとき、かれは思わず「天皇陛下バンザイ!」と叫んでいたというエピソードを書きました。

藤ノ木古墳
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反天皇の人には西行のこころも、この二つのエピソードも分からないでしょう。
分からないことは仕方ないとしても、分かった方がその人の人生にとって「得」ではありませんか。
冒頭に戻りますが、自分には共感してくれる人がいる、自分を遠くで見てくれている人がいるというだけで人は勇気をもらって生きていけるのです。
先生に苛めを訴えても何もしてくれないという話をよく聞きますが、先生もどうしていいのか分からない、まして対応を間違えるととんでもないことになるという恐れがあるのだろうと思います。
だから力強くこう言えばいいのではないでしょうか。
「先生はいつも君のことを見ている」と。
親子のコミュニケーションも会話よりも大事なのが、子どもにいつも親は自分を見てくれている、守ってくれているという安心感だと思います。
この安心感があれば、きっと子どもはたいていのことには耐えられるのではないでしょうか。
意識になくても、安心感の大元を辿ればそこに皇室があるということだと思います。
現実には何の力もありませんが、皇統がかくも長きにわたって続いてきた理由はそこにあるのではないでしょうか。

このごろ思うのは、天皇(主に昭和天皇)に関する情報のうち半分はデマで半分は誤読による誤解ではないかということです。
読解力云々以前に、こころのありようで白いものも黒く見えるということだろうと思っています。
そういう人たちにはあくまで天皇は悪い人でないと困るわけですから。


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by michi-no-yuri | 2019-07-31 10:02 | Comments(2)

これは革命でした。

「れいわ新選組」の舩後靖彦さんは、問いに答えるのに30秒を要するということです。
わたしは、国会もそれに合わせてスローペースになってほしいと思います。
身障者の二人が、いまの加速する悪い流れのストッパーになってほしいとの思いからです。
そんなに急いでどこ行くのということで、安倍政権が急いでしようとしていることは日本を破滅させること(断言する)なので、それを止めるのが「れいわ」の二人であってほしいと思うのです。
これは革命でした。
太郎さんがやったことは、競争社会から「人に優しい」社会への大転換でした。
多くの人がそれを感じたはずです。
なぜなら、みんな競争に疲れてしまっているからです。
競争に勝った人も疲れ果てているはずです。
多くの人が競争でだれも幸せにならないことが分かったのです。
そういう疲れてしまっている国民にとって、太郎さんが発した生きているだけで価値があるというメッセージは衝撃とともに心に沁み大きな安心となったはずです。
人がいちばん求めているのは安心です。
(総理の言う「安定」とは天地の違いがあります。)


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なぜ、島田紳助が慌てて出てきたのかがだいたい分かってきました。
官邸、維新、吉本はカジノ利権で一心同体でした。
吉本の大崎社長が、沖縄の米軍基地の跡地の利用に関する政府の有識者メンバーに選ばれたこと。
橋下徹が早くから沖縄へのカジノ誘致に熱心だったこと。
政界に戻る気はないが、やるとしたら沖縄県知事だと言ったこと。
橋下徹を大阪府知事にした島田紳助は宮古島を拠点に、沖縄にも足場を移していたらしいこと。
すべてがつながりました。
わたしは最初橋下徹が沖縄の知事をしたいと言っているのを知ったとき瞬間思ったのはなぜ?ではなく、何を企んでいるのだ?ということでした。
その謎が解けました。
島田紳助は黒子に徹してまた橋下徹を沖縄の知事にしようと動いていたのでしょう。
わたしは、なんて悪い連中だ、まだ沖縄を食いものにするのかと思って怒りに燃えました。
慰霊式での沖縄の少女たちの純真で必死な訴えもせせら笑っていたのでしょうか。
総理がどんなにヤジにさらされてもこたえなかったのは、目の前にカジノと辺野古利権のニンジンがぶら下がっていたからでしょうか。
松本人志さんがこの話を知らないわけはないでしょう。
お金は腐るほど持っているでしょうから、ほしいのはお金ではなく権力で、権力にくっついて大物ぶりたかったのだろうと考えるしかありません。
吉本の闇営業の問題、もっと炎上させてほしい。
あのときは、なんで選挙より吉本なんだと思っていましたが、もっともっと吉本をやるべきです。
かれらが自ら墓穴を掘るまでやるべきです。(もう半分ほど掘っていますが)
吉本こそが反社会勢力であり、国家的な闇営業をしていることを白日の下にさらしてほしい。
悪が栄えるような世をこれ以上続けさせてはいけません。


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by michi-no-yuri | 2019-07-30 09:32 | Comments(0)

「美学」が理解されない時代。

小川菜摘さんがインスタグラムを更新し、自身のデビュー作「ゆうひが丘の総理大臣」で主役の先生役だった中村雅俊さんの公演を観たという報告のあと、当時の集合写真をアップして「あれから41年かぁ、この頃の初心を忘れちゃダメだ!絶対に」と書いていることが憶測を呼んでいます。
反響が大きいのは、騒動勃発以来夫である浜田さんが沈黙していることの意味を探りたい人がたくさんいることを示しています。
初心に帰れという言葉に意味もなく感動している人や、岡本社長に届いてほしいとか言っている人がいますが違うでしょう?
これは妻の菜摘さんが夫である浜田さんの松本さんへの気持ちを代弁しているのではありませんか。
浜田さんの、なんで変な方向に行くんや、初心に帰ろうよという願いが込められているように感じたのはわたしだけでしょうか。
しかし、たとえこの言葉を松本さんが聞いたとしても、初心に帰ることは100%ありません。
世間は、松本さんの自己保身や自己顕示の言葉を優しさや漢気だと称賛しているレベルですからなお理解されることはありません。
浜田さんがオモテにでてきて何か発言することはないでしょう。
なぜなら、浜田さんは任侠だからです。
こんな分かり易い構図はないのです。
吉本の会長、社長に松本人志、島田紳助、それと深い関係にある維新の松井、吉村がヤクザかチンピラなら、浜田さんは任侠だということです。
すくなくとも、浜田さんは任侠の生きざまに憧れてきた人です。
沈黙は男の美学ですが、保身のための沈黙や無能を隠すための寡黙と混同しないことです。
任侠(映画)が廃れると同時に男の美学を理解する人もいなくなりました。


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紳助さんの後を継いで「M-1」の審査員になった松本さんは審査員席でふんぞり返っていますが、みんなを身内だと思っているだろう浜田さんには身内を審査したり批判することができません。
長い付き合いなのにそれが松本さんには理解できない。
浜田さんは人に知られないように不祥事を起こした人間に救いの手をさしのべていますが、松本さんは自分が面倒を見たいから吉本の中にそういう部署を作ってほしいと言いました。
浜田さんへの対抗意識、コンプレックスは相当なものです。
男なら黙ってするものです。
官邸=維新=吉本という悪の結束をなんとか切り崩せないものでしょうか。
任侠映画なら、ここで浜田親分が満を持して立ち上がり悪の巣窟に乗り込んで一網打尽にという筋書きになるところですが、そんなことは映画の中だけで見る夢です。
紳助さんが慌てて出てきて、みんな松本についていくようにと言いましたが、なんで引退したことになっている紳助さんはそんなに慌てたのでしょうね。
20000%ないと言っていたのを口説き落として橋下徹を知事にしたのが島田紳助さん(在日ネットワーク?)です。
それにしても、松本人志さんの尋常ならざる顔の汚さは何を物語っているのでしょう。


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by michi-no-yuri | 2019-07-29 10:17 | Comments(0)

不可解な事件の実行犯に共通するもの。

警察の不正に徹底抗戦した仙波敏郎さんが、警察にはいつでも犯人の身代わりにできる人間のリストがあると動画で語っていたのを聞いたことがあります。
今回犯人の経歴を知って嫌でも思い出すのがペットの愛犬を殺されたと厚生省を恨んで殺人事件を起こした小泉某のことでした。
その他にも、座間、寝屋川、神戸の女児殺人などの実行犯とされている人間には特徴的な共通点があります。
すべてに当てはまるわけではありませんが
定職につかず何をしているのか分からない。
近隣とのトラブルがある。
過去に警察との接点がある。
同居する家族がいない。
世間から浮いている。
などなどです。
仙波さんの証言を信じるのなら(わたしは信じていますが)身代わりにはこういう人間がリストアップされているのだろうと思います。
よく元自衛官というのがありますが、事実でなくても経歴を隠すのに自衛隊は好都合なのかもしれません。
きのう、警察が家宅捜索に入っていましたが、そう安いアパートとは思えませんでした。
刑期を終えて出てきたら生活保護を受けられるという制度でもあるのでしょうか。
今回の実行犯には警察との接点があり過ぎるほどあります。
いままでの不可解な事件、たとえば、石井紘基さん、長崎の伊藤市長などの事件で名乗りでた犯人の動機には不自然で理解し難いものがありました。
リストから選ばれたのではないかという疑念さえ浮かびます。
とりあえず、家族のある一般の勤め人がリストに載ることはなさそうです。


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京アニが事件後すぐに報道の自粛を呼びかけたのは当然としても、遺族感情を最優先にしたいということから名前の公表には消極的で今のところ未定です。
わたしは知らないのですが、かってこんな事例があったでしょうか。
名前は私的なものである以上に公的なものであって、家族と言えども自由にできる権限はないと思います。
今後これが前例になっていきそうな気配を感じて怖くなります。
国民も、遺族感情を慮る、プライバシーを守ることだと言われたら、それはそうだと簡単に納得してしまいそうです。
そんなことを考えていたときに頭を過ったのが、沖縄の「平和の礎」でした。
礎には沖縄戦で亡くなった人すべて(台湾、朝鮮、アメリカ、イギリスなども含めて)合計二十四万千五百六十六名の人の名前が記されています。
わたしはこの大事業に携わった人々の並々ならぬ思い、執念に感動せずにはいられません。
慰霊碑だけで済ますことはできないという痛いほど熱い思いが伝わってきます。
一人一人が大事なのです。
一人一人の生きた証として残るのが名前です。
慰霊碑や忠魂碑、義民の碑などに名前が刻まれているのを見かけることがあります。
縁もゆかりもない人々ですが、名前から訴えてくるものを感じることがあります。
リアルに迫ってくるものがあります。
無名戦士の墓にも、身寄りもなく名前も分からない人の無縁塚にも、名前があった一人の人間としての生死がしのばれるのです。
人は死と同時に歴史のかなたに消えていき、名もなき人間の名前など早々と消滅する運命です。
だからこそいまの名前が大切なのだと思います。
これ程の大事件の犠牲者の名前が隠されたままにされていいのでしょうか。


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by michi-no-yuri | 2019-07-28 10:18 | Comments(0)

皇室の伝統を体現した太郎さん。

「逝きし世の面影」のコメント欄に、ブログ主が、掲げている政策と「れいわ新選組」という超保守的なネーミングとの齟齬に左翼はドン引きだと書いています。
「どう考えてもーこれは『今の天皇制など、既存の価値観を守り通すぞ』という風にも解釈できるということですが、わたしはその通りだと思っています。
命名について太郎さんはアイロニーが込められているということといまはすべてが逆転しているということを言いました。
ということは、太郎さんが反日とか在日とか革マル、あるいは左翼ポピュリズムとか言われていること自体が逆転しているということです。
太郎さんや菅野完さんなどの真正の保守主義者が極左と言われるのも逆転現象の典型です。
逆転しているのです。
極左の安倍政権が保守を騙り、真の保守が売国奴のように思われています。
逆転ですから、「れいわ新選組」は、天皇側について長州(安倍政権)を撃つということです。
わたしは勝手に「れいわ新選組」の旗は「尊王攘夷」の旗だと思っています。
攘夷の「夷」は安倍政権であり日本会議であり統一教会であり、そしてアメリカです。


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太郎さんの驚嘆すべきところは本人も強調しているように「空気を読まない」ところにあります。
ALSの人と重度障害者の二人を擁立したことには、支持者の中にも違和感や反感を持った人がいたと思いますが、太郎さんは忖度しませんでした。
とても常人にできることではありません。
テレビが取り上げざるを得ないようなことをこれからどんどんしていくと言いましたが、その一歩が見事に成功しました。
テレビが取り上げました。
わたしは二人を擁立したことの意味は限りなく大きいと思っています。
生産性で人の価値を計ることへの心の底からの怒り。
事実は逆で、生産性の旺盛な人間の私利私欲が日本を悪くしたのです。
そういう人間の欲望は国内だけで満足せず、天皇を道ずれにして大陸に進出したというのが満州事変に始まる第二次大戦だったのではありませんか。
戦争が終わった途端そういうことを全部なかったことにして全責任を天皇に被せました。
石油の禁輸云々は詭弁の結果論です
皇室の伝統は何ですか。
「悲田院」を持ち出すまでもなく、社会から見捨てられた障碍者、病人、貧窮者などの救済が皇室の伝統の大きな柱ではありませんか。
皇室はいつの世も変わることなく弱者に寄り添ってきたのです。
太郎さんの、だれでも生きているだけで意味があるというメッセージを、上皇、上皇后が聞かれたとしたらどんなにうれしく思われただろうと想像してわたしは胸が熱くなりました。
太郎さんは皇室の伝統を継承し体現したのです。
戦うということは、何かを守るということです。


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by michi-no-yuri | 2019-07-26 10:06 | Comments(0)

見えてきた体制の崩壊。

「水瓶座時代」が選挙結果の分析をしていますが、憲法改正がなくなったというのはわたしも同感です。
(わたしは分析ではなく、なんとなくですが)
なんでこの時期に選挙公約が憲法改正なのかと不思議でしたが、結局もうそれしか言うことがなかったのです。
周りもそれで加熱していたこともあって自分も熱意のあるところを見せる必要に迫られたのでしょう。
拉致といっしょで、言っているだけです。
維新の躍進で思ったのが、官邸の選挙工作は自党ではなく主に維新のために注がれていたのではないかということです。
鈴木宗男さんを維新から立候補させたのもそうです。
総理や菅官房長官にとって維新は身内のようなものです。
維新を推すのは悪いことがやり易いからに違いありません。
今話題の吉本が教育に参入したことで、総理、松井、吉本の関係が浮かび上がりました。
維新を大きくしたところで橋下徹の再登場という筋書きがあるのかもしれません。
(東国原さんもその時を待っていますね。)
吉本の闇が暴かれそうになって慌てて出てきたのが島田紳助さんということではないでしょうか。
「文春」の見出しに、「松本人志が牛耳る吉本興業の闇」とありましたが、紳助さんが後ろで松本さんはじめ目ぼしい人間を操って松本王国をつくろうとしていたことがなんとなく見えてきませんか。
そういうことですから、吉本がこれから良くなることはありません。


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「N国」について、安倍氏との連携を深めるような流れになりつつあると書かれているのもその通りだと思います。
ここでも昭恵さんは暗躍していました。
立花さんを通じて佳茂さんを抱き込み、両親は安倍総理に謝罪せよと言わせるように仕向けたのが昭恵さんなのだろうと思います。
彼女は親しい人に自分が口添えしたらなんでも叶うと言ったそうですが、権力を使うことの快感にとりつかれているようです。
わたしがこの記事でもっとも共感を覚えたのが次の箇所です。

「共産党は議席を減らしました。しかし、共産党はまっさきにれいわに祝辞を述べ、共闘への思いを委員長が語りました。こうした大人の態度は今後必ず生きてきます。選挙は最後の最後は人間力が争うことにになるのがこれからの選挙だと思いますので、志位委員長の態度は負けたものの人間力として勝ったことになると思います。」

わたしがそれまで持っていた共産党への違和感、異質感が払拭されたばかりかシンパシーさえ感じるようになったのは志位委員長の人間性にありました。
こうした大人の態度は今後必ず生きてくるというのは政治の世界だけではなく、地に堕ちた日本の道義を蘇らせることにつながることになります。
それがいちばん大きなことだと思います。
子どもにほんとうの大人の姿を見せることです。
これから子どもたちが山本太郎さんを通じてほんとうの日本人、ほんとうの大人、ほんとうの本気を見ることで日本は変わることができると信じたい。
安倍政権は日本の道義を形がなくなるまで破壊しつくしたのですが、その最大の被害者が子どもでした。
安富歩さんの言う子どもを守ろうの第一歩はほんとうの大人の姿を見せることから始まるのだと思います。
いま総理が最後に縋っているのが、韓国との一触即発だと思います。
北のミサイルが日本のどこか人口の少ないところに落ちてくれないかなと、総理が何度か口にしているのを蓮池さんは直接聞いたそうです。
総理が何を考え何を期待しているかがよく分かります。

(けさ打ち上げたミサイルが総理の期待に応えるためだったとは思えず、案外アメリカがからんでいたりして)


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by michi-no-yuri | 2019-07-25 09:12 | Comments(0)

公文書を改ざんする人間がどうして公正な選挙をすると思えますか。

選挙が終わるのを待っていたかのようにボルトン大統領補佐官がやってきました。
いつも怒った顔のボルトンさんの顔が会談後には和やかになっていましたから、きっと色よい返事があったのでしょう。
日本は有志連合に参加して自衛隊がホルムズ海峡に行くことになったのでしょう。
これから懸案の貿易交渉が始まります。
もう総理は破れかぶれの心境になっているのではないかとそれが気になってなりません。

以前は選挙の翌日は選挙結果の分析に一日が費やされていたものですが、いつごろからかなくなりました。
今回は吉本一色でした。
さきほどネットに出ていた島田紳助さんのコメントを見ました。
宮迫さんとは仲良しで、問題が起きた直前にも会っていたそうです。
反社会勢力というのなら、こっちの方も問題ではありませんかw
紳助さんがあっさり引退したのは、反社会的勢力との縁が切れなかったからだろうとわたしは想像しています。
義理人情というタテマエで結束している反社会の世界から簡単に足が洗えるとは思えません。
松本とは会っていないとわざわざ言うのもおかしい。
会っていないのが事実でもわたしは二人は子弟の関係にあると思っています。


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選挙前から9議席減らしたにもかかわらず、総理は勝利だと言い、憲法改正の議論をすべきという民意の審判が下ったと言いましたが、無理に余裕の笑顔をつくろうとしてか首は傾き口元も醜くゆがんでいました。
その場がお通夜のようだったのがすべてを語っているではありませんか。
「気」とか「空気」は作ろうとして作れるものではありません。
わたしにとって選挙に不正がなかったと思うことは論理的にも無理です。
なぜ、投票ではなく期日前投票を連呼していたのか。
実態はボロボロなのだと思います。
もうこれ以上修正できない、数字をいじれないというギリギリがこの選挙結果だったのではないでしょうか。
データの数字をいじってきた政権が、公正な選挙をすると思えますか。
公文書を改ざんした政権ですよ!!

京アニの件でわたしが最も言いたかったのは警察の秘密主義でした。
このごろ気が付いたのは不起訴が増えてきたことです。
なぜかその理由は決して明かされないのです。
事件現場などがブルーシートで覆い隠されることが秘密主義を象徴しているように思います。
個人情報保護ということなのでしょうが、わたしがいちばん恐れるのがそれなのです。
個人情報保護の名目でなんでも隠されていくのではないかと。
戦死した兵士は、骨は返ってこなくても名前だけは返ってきました。
ふと、これからの大災害や戦争ではそれさえ省略されるのではないかと思って怖くなります。
この危惧は荒唐無稽でしょうか。


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by michi-no-yuri | 2019-07-24 10:26 | Comments(2)

「N国」立花孝志さんの当選は驚天動地のことでした。

京アニの犠牲者はまだ特定できていないそうです。
わたしのような疑問がほかにもたくさん寄せられているからなのか、きょうの新聞に慎重に身元特定、遺族感情に配慮という記事がありました。
しかし、身元特定に時間がかかるというのは想定内のことで、わたしが言いたいのはそれではありません。
そういうことではなく、どんなに現場が混乱していても会社としては全力で行方不明者の名前を把握しなけければいけないのではないかということなのです。
個人の特定ではなく、会社としてだれとだれがいないかということが分からなければおかしいではありませんか。
安否が分からなくて苦しんでいる家族をそれ以上無駄に苦しめることにならないために、最優先させなければならないことです。
それともすべて警察任せで何もできないということでしょうか。
名前の公表をわたしは興味本位で言っているのではありません。
それには、その人がこの世に存在し生きていたことを顕彰するという大事な意味があるからです。
むかしだったら会社と社員、従業員は運命共同体でしたが、いまは名前も顔も必要としない単なる労働力になっているということでしょうか。
もしそういうことなら、これから増える外国人労働者を、雇い主がかれらを名前のある人権のある個人として待遇することなど望むべくもありません。


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N国の立花孝志さんが当選したのは驚天動地のことでした。
あのような正気とは思えない政見放送を見て彼に投票する人がいたとは信じられませんでした。
わたしはたまたま見たのですが、その口調は故意に「奇矯」を演じているように見えました。
女性の候補者も狂人を演じているように見えました。
そのときわたしが思ったのは、かれらはNHKのために利敵行為を行っているのではないかということでした。
こんな気がふれたような変な人間がNHKから国民を守ろうと言っているのですよという印象操作なのかと。
NHKと共謀して、、?

立花さんによると、あるとき安倍昭恵さんが突然フェイスブックに「友達申請」してきたそうです。
その後のやり取りの中で昭恵さんが訴えたのは、
籠池夫妻がある日を境に安倍に騙されたと言い、わたしからの電話にも出なくなった。
わたしは真実が知りたいということだったと。
本気でそう思っているようです。
わたしが彼女を稀代の悪女だと思っているのは三宅洋平さんを潰した実績もあるからです。
いつも餌をつけた釣り糸を垂らして、釣り上げるタイミングを窺っているように見えます。
立花さんは、たしか昭恵さんに籠池佳茂さんを引き合わせていたはずです。
おそらく立花さんと佳茂さんの対談の動画を見たのでしょう。
昭恵さんに会ったことから彼の人生が狂っていったとは思いませんが、反対方向に行くのを加速させたことは間違いないでしょう。
わたしは、佳茂さんのこころの根っこに菅野完さんへ嫉妬(両親をはさんでの)やプライドを傷つけられた恨みなどがあった思っていますが、安倍陣営や昭恵さんはそれを見逃さなかったのだと思います。
わたしには佳茂さんが政争にまきこまれた時代の犠牲者に思えて哀れになります。

N国も政党要件を満たしたそうですから、「れいわ新選組」とともにこれから党首討論などの場に出てくるということです。
もしかしたら、立花さんは太郎さんへの当て馬として出てきた(押し出された?)人なのかもしれないと思ったり、、


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by michi-no-yuri | 2019-07-23 10:24 | Comments(1)

ほんとうの戦いが今日から始まる。

高校受験で合格発表を見に行って帰ってきた息子が「あかんかった」と言ったとき、わたしがつい笑ってしまったのは、朝出がけに「大船に乗った気持ちで待ってたらええわ」と言ったことがおかしかったからでした。
加えて、わたしにとって済んだことは済んだことなのです。
どんな結果であってもそれにはきっと意味があると思って受け入れてきました。
いまだその意味の結果はでていませんがwそれでもなお、今生でダメでも来生に意味があるのだろうと思うのです。
せっかちで心配性なわたしがそうなのです。
人間ってほんとうに複雑な生きものだと思います。

太郎さんの落選の結果にもそう思いました。
(まさか来生でとは思いませんがw)
敗れたあとからほんとうの戦いが始まる、そのとき人はパワーアップした太郎さんの姿を目にするのではないだろうかと過日書いたことがその通りになりそうです。
怒涛の攻めと真綿で首を絞めていくという緩急をつけた戦いで安倍政権を恐怖させるのです。
首を洗って待ってろということです。
ほんとうの戦いはこれからです。
一時的な熱狂やブームで支持を得てもみんな消えていったではありませんか。
ゼッタイに消えるわけにはいきません。
これから攻城戦が始まります。
みんなで敵を包囲していくのです。

きょうのテレビ欄をみると、宮迫、田村の謝罪会見で埋まっていました。
狂っています。


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by michi-no-yuri | 2019-07-22 10:24 | Comments(2)

松本人志さんの嫌らしさ。その二

宮迫さん、田村さんの会見を見たのですが、わたしはお笑い芸人にこれほど重苦しい深刻な謝罪をさせたものについて考えさせられました。
お笑い芸人のこんな姿は見たくなかったのです。
本田圭佑さんが呟いて反響があったという「何がそんなに悪いことなんでしょうね」で片付く問題ではありませんか。
詐欺にあった人の気持ちを考えろということですが、そういう本人にして自分の都合で正義面しているだけです。
自分の見たいものだけを見、聞きたいことだけを聞き、自分が味方したいものの味方をしているだけです。
決して、オキナワやフクシマの人の身になることはありません。
ここまで謝罪、反省の態度を示さなければ世論は許さないのでしょうか。
どうしてそんなに人を裁きたいのでしょう。

わたしはここまで事態を深刻にしたのは、吉本の先輩、同僚のコメントにその一因があるように思いました。
みんなが深刻に受け取ってしまったことで問題が大きくなっていきました。
相方の淳さんは、会見を受けて「元の正直な亮が戻ってきた」と言いましたが、それほどその間の亮さんは嘘つきの悪い人間だったのでしょうか。
嘘をついたのがいけなかったなどと深刻に言う必要などないのです。
とくに、松本人志さんのおためごかしとしか思えないようなアドバイスは余計宮迫さんを追い込むことになったのではないかと思いました。
なぜ、さんまさんのようにお笑いで受け流せなかったのでしょう。
きのうは「松本、動きます」と予告して吉本本社に乗り込んでいましたが、わたしには松本さんの一連の行動がマッチポンプに見えてなりませんでした。
動くなら黙って動けということです。
さんまさんとの違いは、松本さんが権威が好きだということにあると思います。
道理で総理と気が合うはずです。
(宮迫さんの会見は立派でした。軽く明るい会見が見たかったのですが、それでは世間?が許さなかったでしょう。)


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by michi-no-yuri | 2019-07-21 08:58 | Comments(0)