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谷間の百合

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<   2018年 12月 ( 28 )   > この月の画像一覧

日米合同委員会や郵政民営化とは何だったのかのをもっと国民に知らせてほしい。

きのう、TBSの「報道2018」を用をしながらチラチラ見ていたのですが、日米合同委員会や郵政民営化について踏み込んだ画期的な番組だと思いました。
日米合同委員会のアメリカ側の委員は一人を除いてみんな軍関係者であり日本側はみんな官僚でした。
なぜこんな勝手な秘密会議で決まったことが日本国憲法の上にくるのかということについて、出席したことのある森本敏さんによるとだれ一人異議を唱える者がいなかったということですが、あなたが言ってもよかったではありませんか。
何を他人事のように言っているのですか。
いまだにそのせいで日本というより沖縄がもがき苦しんでいることをどう思っているのかと激しく問い詰めたくなる。
委員会の合意書には、この合意は日本国憲法の上にあって憲法の制約を受けないと明記されているのでしょうか。
それとも明記されていないのに「忖度」でそういうことになっているのか、知りたいところです。


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郵政民営化とは郵便局の簡易保険をアフラックに売ることが目的だったという理解でよろしいでしょうか。
小泉さんへのキックバックはどれくらいだったのでしょう。
その中には息子を総理大臣にするという論功行賞も約束されていたのかもしれませんね。

一月下旬のプーチン大統領との会談について、総理が「具体的な議論を始めたい」と言って、いままで何も具体的な議論がなされていなかったことが分かりました。
ウラジオストックでは、プーチン大統領の突然の提案にニヤニヤするしかなかった総理ですが、その後の総裁選での討論会で、「何も進展がなかったではないか」との記者の質問にはキッパリと「ウニで合意した」と答えたということですw
あたしは最初「ウニ」の意味が分からず、地名か重要案件の略称かと思ったものでしたが、ただの「ウニ」でした。
次の会談では「カニ」、その次は「サケ」での合意となるのかもしれません。
こんなことは何も総理が出向いていくことではないのですが、「外交の安倍」の看板や世評を維持するためと遊び好きな妻を喜ばすためにどうしても出て行かざるを得ないのでしょう。
いつか、それにかかった費用を国庫に返してください。


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by michi-no-yuri | 2018-12-31 10:41 | Comments(0)

いまこそ聞こえなければならない「軍靴の響き」なのに。

レーダー照射の映像の公開は総理のツルの一声で決まったということですが、IWC脱退もそうだったと思います。
きょうの新聞のあるコラムに「制御不能な韓国型民主主義」とありましたが、民主主義が制御不能に陥っているのは日本です。
灯台下暗しと言いますが、暗いのは灯台の下と言う前に、自分が盲目になっていることがなぜ分からないのでしょう。
韓国は、陸続きと海を隔てた二つの独裁国家に挟まれているようなものです。
まだ韓国は辛うじて民主主義を保っているのではありませんか。
総理のツルの一声で決まっていくと聞いても、もうだれも何も感じなくなったのでしょうか。
わたしには腰が抜けんばかりの驚きなのですが。
戦後民主主義もシビリアンコントロールも何だったのかと思う無力感はハンパではありません。
日本は総理のツルの一声で戦争になるかもしれないのに。
永田町も自衛隊もみんなバカになったのですか。
総理に意見しても北朝鮮のように死刑になることもないのに何をそんなに怖れるのだろうと思ったのですが、実際は怖れることさえなくてただ流されているということなのかもしれません。
一度立ち止まって、いったい自分はなにをしているのだろうと、はっと我に帰ることもなさそうですね。


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「しもべ」という人のコメントに
「来年度の代替わり前後から政府の皇室に対する卑劣な攻撃が多くなると考えます。」とありましたが、わたしもそう思います。
何百年と幕府の管理下、保護下にあった朝廷ですが、それはいまも変わっていないのです。
明治から天皇は担がれて表に出ましたが、本質は何も変わっていないのです。
政府(幕府)は天皇が自分に逆らうことを決して許さないでしょう。
しかし、わたしは国民の最後の最後の選択を信じたいと思っています。
天皇の、憲法は日本人の手に成るもので、それに知日派の米人が協力したと言われたのはいまさらですが凄いご発言です。
総理のみっともない憲法で,GHQが9日間で作ったという妄言を真っ向から否定されたからです。
そのとき、安倍支持者というより従来の自民党支持者の間から戸惑いや動揺が起きたということですが、わたしが最後に国民の選択を信じたいと思ったのもそこなのです。
天皇と総理のどっちをとる?と兄に聞いたとき、数秒おいて、「それは天皇や」と言いましたが、いまだに安倍信者です。(百田尚樹のファンです)
しかし、それでも最後は天皇をとるだろうとわたしは思っているのです。


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by michi-no-yuri | 2018-12-30 10:23 | Comments(0)

天皇はそれが言えなかった。

「逝きし世の面影」の「前日夜に全員逃亡していた東電職員」を読んで、初めてその事実を知りました。
自分も、もし東電職員の家族なら同じ行動をするのだろうかという恐怖にも似た感情に襲われましたが、逃げた人の中に一人も住民のことを思った人はいなかったのでしょうか。
東電職員は逃げることで頭がいっぱいで自分が「東電」の看板を背負っているという自覚も失くしていたのでしょうか。
「人でなし」とはこういう人間を指して言うのでしょうが、自衛隊も例外ではなかったようです。
自衛隊員が一軒一軒回って避難を呼びかけていた映像がありましたが、あれはいつの時点のことだったのでしょう。
これほどの混乱のあと、そう時を経ずに人々から急速に恐怖が薄れていったのは、いうまでもなく政府とマスコミによる世論操作のせいでした。

きのう、こんなことを考えていてふと気が付いたことがあります。
天皇のお言葉の中で「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに心から安堵しています」と言われたのですが、フクシマは?という疑問です。
一つ一つ取り上げ語られた災害の中に東日本大震災の名はありましたがフクイチの原発事故は入っていませんでした。
戦争ではありませんが、国土の一部が汚染され、住民は時間をかけて人知れず健康を害し死んで行きます。
戦争なら山河は残りますが、放射能はその山河を人の住めない土地にします。


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天皇がフクイチのことを総理にご下問されないわけがないのです。
そのとき、総理が、まったく問題ありません、すべてはコントロールされていますと答えたら、天皇はもう何も言えなくなるのです。
(総理は、天皇を言いくるめることなどチョロイものだと思っていることでしょう。)
昭和天皇は、戦争中、上がってくる報告に「嘘ばかりだ」と激怒されたそうですが、こういうことも後からしか出てきません。
おそらく、数年、数十年後に平成天皇は総理に激怒されたという話が洩れてくるのではないでしょうか。
天皇には「言論の自由」も「基本的人権」もありません。
権力者による天皇への有形無形の圧力は国民の想像と理解を超えるものでしょう。
そういうことが分からない人間が天皇の戦争責任を言うのです。
自分たち国民も権力者といっしょになって戦争に賛成したくせに。

石垣島に自衛隊の基地がつくられつつあるそうです。
市長が積極的に誘致していたと思いますが、沖縄の今に続く悲劇の本質が何も分かっていません。
基地は最初の攻撃目標になり戦場になります。
そのとき、自衛隊は島民のことなど構わずに逃げるでしょう。


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by michi-no-yuri | 2018-12-29 09:31 | Comments(2)

天皇は承認(サイン)を拒否することができる。

ジャーナリストの高野孟さんが「日刊ゲンダイ」のコラムで書かれたものらしいのですが、大変なことが書かれていました。
実は、わたしも長い間それを書きたかったのですが、法律の知識がない上に畏れ多いことでもあるので書けずにいました。
小山泰生著「新天皇と日本人、友が見た素顔、論じ合った日本論」という本の紹介なのですが、著者の小山という人は皇太子の学習院の同級生の中でもとくに親しかった人だということです。
天皇は国政に関する機能を持たないと憲法に規定されているのはだれでも知っていることですが、ところが、著者は次のような権限が天皇にあることを明かしています。
これこそわたしがずっと思ってきたことでした。

「「しかし、たとえば、あがってきた法律が憲法上の手続きに瑕疵の疑いがある場合は、第99条の憲法擁護義務によって、法理論上も法律の署名と交付を拒否することができるのです。さらに、国会で可決された法律ができたとしても、天皇がそれにサインをしなければ、その法律は成立しないというのが、この憲法の定めるところです。」


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今上天皇は、戦争の反省と昭和天皇のこころならずもの負の遺産、それに向き合うことだけが自分の務めだと思ってこられたのではないでしょうか。
わたしは、生前譲位は、自分にはできないが(自分の任ではない)皇太子ならそういう権限を行使できる、或いはさせたいと思って決断されたのではないかと思いました。
皇太子ならハッキリ言われるのではないでしょうか。
2004年の欧州訪問前の記者会見で、雅子の人格を否定するような動きがあるのは事実であり、自分は全力で雅子を支えていくと言われたことに世間は驚きました。
そのお言葉通り、皇太子の忍辱によって妃殿下が再び明るい笑顔を取り戻されたことは感動的ですらあります。
今上天皇はそういうことは言われませんでしたが、天皇としての最後の誕生日に国民に向けて皇后を労いたいと言われました。
新天皇は、憲法改正にサインされないでしょう。
日本を破壊し国民を不幸にする憲法をどうして認められるでしょう。
高野さんは記事の最後をこう締めくくっています。

「 本書では、これは著者の説のように書かれているが、副題にあるように彼が皇太子と「論じ合った日本論」が反映されていることは間違いない。となると来年5月以降、天皇と政治の関係は穏やかならざるものとなっていく可能性を秘めているとみなければならない。」

すでに、先の秋篠宮さまの発言でその兆しは見えています。


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by michi-no-yuri | 2018-12-28 10:32 | Comments(2)

IWC脱退は序章に過ぎない。

経団連の審議委員会で、総理はニヤニヤしながら賃上げの要求をしていました。
要求は6年連続だそうで、自分は国民のために毎年言っているんだというアリバイ作りだからニヤニヤとふざけていられるのです。
多くの国民にとっては死活問題なのだという意識がちょっとでもあればあのようなふざけた態度はとれません。
自分たちの回りでは景気のいい話が飛び交っているのでしょうが、
国民の中には食費や暖房費を節約しなければ生活できない人もいるのです。
つまり、総理は自分の回りだけを見て景気判断をしているのです。

IWC(国際捕鯨委員会)脱退は、脱退のための脱退です。
これは序章に過ぎません。
次の国連脱退が見えてきました。
そのための河野太郎です。
かれは権力を持っていることが嬉しくてならない様子です。
専用機を要求していますが、あんたは仕事をしないのが日本のためです。
総理がどっしり腰をおちつけて内政に取り組んでいたら、河野さんも好き放題できないのですが、総理があれですから、、


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日韓関係がかってなく冷え込んでいるとテレビが盛んに言っていますが、バカも休み休み言ってほしい。
意図的に冷え込ませてきたのがまだ分かりませんか。
低能なネトウヨの機嫌を取るにはそれがイチバンなのですから。

辺野古への土砂投入についての質問に、菅官房長官がなんと!
「他国の施策について承知しない」と言いました。
これでプーチン大統領への答えが出ました。
「アメリカが日本のどこに基地を作ろうと、日本は他国の施策について承知しない」というのがその答えです。
同盟国というのは表向きの仮称であってほんとうは属国なのですから、アメリカのすることに日本は口を出せないのです、それが地位協定なのです、とプーチン大統領に言うしかないのです。
プーチン大統領はそんなことは分かっていて、「それでいいのか!」と言っているのですが。

株価下落で阿鼻叫喚となるのかわたしには分かりませんが、IWC脱退といいレーダー照射の問題といい、安倍政権が何を考えているのかがはっきりしてきました。
カタストロフィが迫っているのでしょうか。
国民は覚悟を持って自分を守る準備をするときかもしれません。
この73年間は何だったのでしょうか。
歯ぎしりしたくなるほど悔しく虚しい年の瀬です


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by michi-no-yuri | 2018-12-27 09:51 | Comments(0)

平等や差別の名のもとに大切なものが失われていく。

インドネシアの津波災害に対して総理はお見舞いの電報を打つとか支援金を送るという話を聞かないのですが、わたしが聞き洩らしているのでしょうか。
来春、受け入れることになった外国人労働者は人口の多いインドネシアから来る人がたくさんいると思われるのですが、その国の災害に対してはもっと積極的に支援を申し出るべきではありませんか。
ネパール地震のとき、日本の支援金の余りの少額に驚いたものでしたが、安全保障とは、困ったときは助け合うという精神がおおきな意味を持つことが総理には分からないようです。
膨らみ続ける防衛費を削っても、そういうところにお金を回すことがどれだけ安全保障になるかということです。

天皇のお言葉のなかの「結婚以来、皇后は常に私と歩みを共にし、私の考えを理解し、私の立場と務めを支えてくれました」という箇所に「男が主で女が従」というニュアンスを感じる。天皇制は日本の男尊女卑の構図をも象徴している、と言っている人いました。
わたしはこういうことを言う人が嫌いです。
すぐに、身分制度や家父長制を天皇制と絡めてしか考えられない人が嫌いです。
皇室の始祖は天照大神という女性です。
身分制度は武家社会になってから必然的に生まれてきたものではありませんか。
人間社会をヒエラルキーでしか捉えられない人は、自らをそういう観念で縛っているいじけた哀れな人間としか思えません。
わたしは、天皇と自分の間にヒエラルキーなど1ミリも感じたことはなく、つまり、天皇との間に身分制などという夾雑物を感じたことはありません。
そういうところから天皇制廃止を言う人がいるのですが、そういう人は皇室なきあとの社会を想像したことがありますか。
(わたしが頭の悪い人だと思うのは、想像力に欠ける人です。)


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LGBTや青山の児相のこと、わたしは当初差別の観点から一も二もなく、反対する人を批判していました、
しかし、ここにきて、ちょっと立ち止まって考えてみたくなりました。
差別がよくないことは論を俟ちません。
しかし、差別主義者だと思われることを怖れてなんでも差別に繋がると考えて反対することで、何か大切なものが失われていっているのではないだろうかという思いがふと頭を過りました。
LGBTで苦しんできた人がいます。
しかし、LGBTでない人で結婚できない、したくない人や好奇心や手軽さから安易に同性カップルになっていけば、もうその流れを止めることができなくなります。
わたし自身は高級住宅地に住みたいとも住めるとも思いませんが、高級住宅地はそのまま高級住宅地であってほしい。
同様に下町もそのまま下町であってほしい。
今は違ってしまったのでしょうが、むかしはそういうところに住む人はそれなりの人格を自然に身に付けていたのではないでしょうか。
旧家や何代も続く老舗など、それを維持するためにはストイックな生き方が要求されたでしょう。
並み大抵の努力ではないと思います。(その究極に皇室があります)
そういう旧家や立派な家屋が相続税の代わりに物納されて壊されていくのはほんとうに残念なことです。
平等や差別を強調するあまり、大切な文化が壊されたり失われていっていないでしょうか。
わたしが立ち止まったのは、そういうことへの思いが甦ってきたからです。


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by michi-no-yuri | 2018-12-26 10:33 | Comments(0)

ナミダのわけ。

天皇のお言葉を、天皇ご自身が述べておられるときは言うまでもないのですが、幾度となく読み返しているときも
「天皇としての旅を終えようとしている今」に続き、皇后が
「皇室と国民双方への献身を、真心を持って果たしてきたことを、心から労(ねぎら)いたく思います。」
の段になると必ず涙が溢れ嗚咽が込みあげてきました。
けさ、4時前に目が覚めてからもそのことを考えていました。
本来、「労う」というのは個人の気持であり、感謝するのも内内のことだと思われるのに、天皇があえて天皇として最後の誕生日に国民に向けて言われたのには並々ならぬ思いがあったからではないかと思いました。
天皇は国民にそれを伝えることが皇后への最大の「労い」だと思われたのではないかと。
皇后陛下はどんなに嬉しく思われたことでしょう。
60年間の言葉に尽くせないご苦労、ご心労がいっぺんに吹き飛ぶようなお気持ちだったのではないでしょうか。
平民美智子さまへの、旧華族の女性たちの拒絶感情は凄まじいものがあったということです。
そのころの写真で見る皇后は、そのまま儚く露と消えてしまわれるのではないかと思うほど極度に痩せておられました。
更に後年、マスコミのこころない報道で声を失われたこともありました。
皇后はそういうときでも天皇の愛だけを支えに乗り越えてこられたのだと思います。
孤独な天皇にとって皇后はただ一人の人であり、皇后は尚そうだったでしょう。
自分は皇后の犠牲的な献身を労いたい、ついては、よければ国民もどうか皇后を労ってやってくれませんか、と言われたのではないか、その天皇の思いに潜在意識が感応して涙になるのではないかと思いました。
(会見の場に居合わせた記者の中にも涙を拭う人がいたということです。)


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by michi-no-yuri | 2018-12-25 10:26 | Comments(0)

平成の天皇として最後の誕生日でのお言葉。

この1年を振り返るとき、例年にも増して多かった災害のことは忘れられません。集中豪雨、地震、そして台風などによって多くの人の命が落とされ、また、それまでの生活の基盤を失いました。新聞やテレビを通して災害の様子を知り、また、後日幾つかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが、自然の力は想像を絶するものでした。命を失った人々に追悼の意を表するとともに、被害を受けた人々が一日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。

ちなみに私が初めて被災地を訪問したのは、昭和34年、昭和天皇の名代として、伊勢湾台風の被害を受けた地域を訪れた時のことでした。

今年も暮れようとしており、来年春の私の譲位の日も近づいてきています。

私は即位以来、日本国憲法の下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い、今日までを過ごしてきました。譲位の日を迎えるまで、引き続きその在り方を求めながら、日々の務めを行っていきたいと思います。

第2次世界大戦後の国際社会は、東西の冷戦構造の下にありましたが、平成元年の秋にベルリンの壁が崩れ、冷戦は終焉(しゅうえん)を迎え、これからの国際社会は平和な時を迎えるのではないかと希望を持ちました。

しかしその後の世界の動きは、必ずしも望んだ方向には進みませんでした。世界各地で民族紛争や宗教による対立が発生し、また、テロにより多くの犠牲者が生まれ、さらには、多数の難民が苦難の日々を送っていることに、心が痛みます。

以上のような世界情勢の中で日本は戦後の道のりを歩んできました。終戦を11歳で迎え、昭和27年、18歳の時に成年式、次いで立太子礼を挙げました。その年にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本は国際社会への復帰を遂げ、次々と我が国に着任する各国大公使を迎えたことを覚えています。そしてその翌年、英国のエリザベス二世女王陛下の戴冠(たいかん)式に参列し、その前後、半年余りにわたり諸外国を訪問しました。

それから65年の歳月が流れ、国民皆の努力によって、我が国は国際社会の中で一歩一歩と歩みを進め、平和と繁栄を築いてきました。昭和28年に奄美群島の復帰が、昭和43年に小笠原諸島の復帰が、そして昭和47年に沖縄の復帰が成し遂げられました。沖縄は、先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました。皇太子時代を含め、私は皇后と共に11回訪問を重ね、その歴史や文化を理解するよう努めてきました。沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません。

そうした中で平成の時代に入り、戦後50年、60年、70年の節目の年を迎えました。先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています。

そして、戦後60年にサイパン島を、戦後70年にパラオのペリリュー島を、更にその翌年フィリピンのカリラヤを慰霊のため訪問したことは忘れられません。皇后と私の訪問を温かく受け入れてくれた各国に感謝します。

次に心に残るのは災害のことです。平成3年の雲仙・普賢岳の噴火、平成5年の北海道南西沖地震と奥尻島の津波被害に始まり、平成7年の阪神・淡路大震災、平成23年の東日本大震災など数多くの災害が起こり、多くの人命が失われ、数知れぬ人々が被害を受けたことに言葉に尽くせぬ悲しみを覚えます。ただ、その中で、人々の間にボランティア活動を始め様々な助け合いの気持ちが育まれ、防災に対する意識と対応が高まってきたことには勇気付けられます。また、災害が発生した時に規律正しく対応する人々の姿には、いつも心を打たれています。

障害者を始め困難を抱えている人に心を寄せていくことも、私どもの大切な務めと思い、過ごしてきました。障害者のスポーツは、ヨーロッパでリハビリテーションのために始まったものでしたが、それを越えて、障害者自身がスポーツを楽しみ、さらに、それを見る人も楽しむスポーツとなることを私どもは願ってきました。パラリンピックを始め、国内で毎年行われる全国障害者スポーツ大会を、皆が楽しんでいることを感慨深く思います。

今年、我が国から海外への移住が始まって150年を迎えました。この間、多くの日本人は、赴いた地の人々の助けを受けながら努力を重ね、その社会の一員として活躍するようになりました。こうした日系の人たちの努力を思いながら、各国を訪れた際には、できる限り会う機会を持ってきました。

そして近年、多くの外国人が我が国で働くようになりました。私どもがフィリピンやベトナムを訪問した際も、将来日本で職業に就くことを目指してその準備に励んでいる人たちと会いました。日系の人たちが各国で助けを受けながら、それぞれの社会の一員として活躍していることに思いを致しつつ、各国から我が国に来て仕事をする人々を、社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。また、外国からの訪問者も年々増えています。この訪問者が我が国を自らの目で見て理解を深め、各国との親善友好関係が進むことを願っています。

明年4月に結婚60年を迎えます。結婚以来皇后は、常に私と歩みを共にし、私の考えを理解し、私の立場と務めを支えてきてくれました。また、昭和天皇を始め私とつながる人々を大切にし、愛情深く3人の子供を育てました。振り返れば、私は成年皇族として人生の旅を歩み始めて程なく、現在の皇后と出会い、深い信頼の下、同伴を求め、爾来(じらい)この伴侶と共に、これまでの旅を続けてきました。

天皇としての旅を終えようとしている今、私はこれまで、象徴としての私の立場を受け入れ、私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに、自らも国民の一人であった皇后が、私の人生の旅に加わり、60年という長い年月、皇室と国民の双方への献身を、真心を持って果たしてきたことを、心から労(ねぎら)いたく思います。

そして、来年春に私は譲位し、新しい時代が始まります。多くの関係者がこのための準備に当たってくれていることに感謝しています。新しい時代において、天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は共に多くの経験を積み重ねてきており、皇室の伝統を引き継ぎながら、日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います。

今年もあと僅(わず)かとなりました。国民の皆が良い年となるよう願っています。


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by michi-no-yuri | 2018-12-24 08:54 | Comments(0)

プーチン大統領のだした宿題に答えも持たずにまたのこのこ会いに行こうとしています。

プーチン大統領のカレンダーが日本でも大人気なのだそうです。
他にこういう大統領を探すとなるとケネディくらいしか思いつきません。
イケメンというわけでもなく、(イケメンなんて掃いて捨てるほどいるし、イケメンというだけでは何の価値もない)愛想がいいわけでもありません。
おそらく、強い男のイメージと、時折見せる少年のような恥じらいの表情とのギャップに人は魅了されるのかもしれません。
上目使いにチラッチラッとみるときの揶揄するような挑発するような表情にも、プーチン大統領の人間性がもろに出ていてたまらない。
もっともっと総理をバカにし挑発してやってください。
でも鉄面皮の恥知らずですから手応えも効果もないことはプーチン大統領もつとにお見通しでしょう。
プーチン大統領が恒例の大記者会見を開き、そこに1700人の記者が参加したということです。
そこで、プーチン大統領は平和条約締結した後に北方領土がどうなるのか、そこに米軍基地がつくられることはないのかと、そこがクリアにならない限り重要な決定をすることはできないと言いました。
これは先の会談で宿題として日本に突き付けられた問題でした。
総理は、その懸念はないと言ったそうですが、プーチン大統領は総理の独断(そんな権限はない)ではなくそのことを日米間の文書に明記するよう要求しました。


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総理はその宿題になんの答えも用意せずに会談に臨もうとしています。
何せ日米同盟を見直すことですから交渉は簡単ではなく時間もかかります。
総理にはそんな根性も根気もありません。
プーチン大統領は、宿題の答えがないのなら会う必要はないと拒否してほしい。
日本もこれ以上、総理を遊ばせるわけにはいきません。
答えも持たずにのこのこ行かせるわけにはいきません。
プーチン大統領は日本を愛していたのだと思います。
その日本がアメリカに主権を握られて自分では何もできないことに歯ぎしりする思いなのではないでしょうか。
外交は相手のあること、ましてロシアは日本がいい加減なことを言っていると後でみんなばらしますから嘘はつけないのですが、それでも総理は嘘をつくのです。
なぜ野党は問題にしないのでしょうか。
プーチン大統領は日本の国家存立の根幹を問い問題提起しているのになぜスルーするのですか。
野党にとっては千載一遇のチャンスではないのですか。
野党だけでなく、日本はもう主権国家になることも独立することも諦めているのですか。


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by michi-no-yuri | 2018-12-21 10:23 | Comments(0)

この歴史ある国が総理の一存で壊れていく。

世界では、政治家はもちろん、スポーツ選手や芸能人などの人種差別的な言動は厳しく糾弾されているのに、日本は差別天国なのかと思うほど街頭や言論界ではヘイトが野放しになっていることが不思議でなりません。
特にというかそれしかないのですが産経系の言論雑誌、「正論」「Will」「hanada」の中國と韓国への攻撃的、差別的な言論は、とくに親中、親韓でもないわたしでさえ眉を顰める段階を遙かに超えています。
それでも「言論の自由」ということで許されるのでしょうか。
自由には自ずと節度と責任が伴うものなのに。
自由を毛嫌いするかれらは、小川榮太郎がそうであったように、こういうときは言論の自由を盾に自分の言論を正当化するのです。
差別やヘイトがなぜ許されているのかというと、親方日の丸だからで、親方はいうまでもなく安倍晋三です。
かれらは、それが総理の好むことだと分かっているから、差別やヘイトをエスカレートさせているのだと思います。(やまゆり園の殺人鬼植松被告もそうです。)
所詮は総理のタイコ持ち(幇間)です。
「Will」の広告の見出しに、「秋篠宮さま、お言葉ですが、、、」というタイトルで長谷川三千子と岩田温が対談しているようです。
「神の国日本には、『国民主権』『政教分離』を記した憲法など必要ない」
ついにこういうことまで言う人間が現れるに至りました。
総理のご機嫌を窺っているのです。
戦前の言論空間は想像するだけですが、いまはそれより酷いことになっていませんか。
なぜなら、あれだけの戦争をし、あれだけの言語に絶する犠牲、被害を受けながらそこから何も学ぶことも反省もしていないからです。
戦前以上に日本人の精神が劣化、悪化している証拠です。


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先日、恒例の行事だそうですが、安倍内閣の面々が皇居で天皇と昼食を共にする会がありました。
そのとき、言葉は違いますが、天皇は総理などを前にして「国のために尽くしてきた」という意味のことを言われました。
お言葉ですが、陛下、それは言っていただきたくありませんでした。
せめて「国のために尽くすように」と言っていただきたかった、、、

天木直人さんが「これはものすごい発言だ!」と、岩屋防衛大臣の発言を取り上げています。
「いずも」の空母化について大臣は
「海上自衛隊、航空自衛隊から具体的なニーズや要請があって、このような考え方がでてきたということではなく、あくまでも防衛政策上の観点だ。」と言ったのですが、要するに、空母化は総理の一存だったということを言っているのだと。
これまでシビリアンコントロールについては多くの時間を割いて議論がされてきたと思うのですが、総理の思い付きでそんなものは一瞬で吹っ飛んでしまいました。
総理の思いつきで国にとって大事なこと、守らなければならないことが、みんな吹っ飛んでいきます。
問題なのは、防衛省からも国会議員からも抗議の声が出ないことです。
天木さんがいくらものすごい発言だと言っても、もうだれも何も感じなくなっているのです。


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by michi-no-yuri | 2018-12-20 10:24 | Comments(6)