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谷間の百合

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安倍晋三という人間が総理でなかったら「モリカケ」はなかった。

党首討論はなぜあんなに時間が短いのかとは、ほとんどの国民が思ったことでしょう。
何を言われても頭の中はいかにうまく騙しおおせるかしかないのですから、そんな総理の答弁など聞くまでもないことでした。
問題の本質は何かということですが、、、と偉そうに言っていましたが、問題の本質は安倍総理による森友ありき、加計ありきだったということです。
安倍晋三という人間が総理でなければ起きなかったというのが問題の本質です。

森友では妻の昭恵さんだけ矢面に立っていますが、そもそも昭恵さんが塚本幼稚園に行く切っ掛けは何だったのでしょう。
塚本幼稚園の教育方針が素晴らしいと妻から初めて聞いたようなことになっていますが、実際は、総理(日本会議)がそういう教育方針の学校を作ろうとしたのが事の発端ではないのですか。
瑞穂の国小学校の話は総理の就任以前から、おそらく「日本会議」が主体となって進めていたのではないでしょうか。
父兄が以前は普通の幼稚園だったと言っていた塚本幼稚園が急に愛国教育の色を濃くしていったのは籠池理事長が日本会議に所属していたこと以上に、「日本会議」や総理の意志が強く反映したのではないかと思います。


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そして、大阪府を動かして私学認可の基準を緩和させたのでしょう。
加計の場合は一校に絞るための工作が必要だったのですが、大阪では認可の申請をしたのは森友だけでした。
森友を認可するために基準を緩和したとしか思えません。
後になって、橋下、松井のチンピラコンビは国から圧力があったと言って責任転嫁をしました。
(橋下徹はいつも自分に責任が及びそうになる前に、早め早めに自己保身に走ります。)
国とは直接的には近畿財務局ですが、圧力の震源地が総理であることはだれにでも分かることです。
新しく出てきた文書には、稲田朋美さんの夫の名まえがあるそうです。
国会であれほど関与を否定していたことです。
稲田朋美さんは「日本会議」が総理にしようとしている女性です。
冒頭に安倍晋三が総理でなければモリカケは起き得なかったと書きましたが、その総理を動かしているのが「日本会議(統一教会)」なのだと思います。
一人の市会議員の疑問から森友は国を揺るがす大問題になると同時に、「日本会議」による愛国小学校開設の野望は頓挫し、取り残されたというか動きようがなかった籠池さんがスケープゴードにされたということです。


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by michi-no-yuri | 2018-05-31 09:56 | Comments(1)

「モリカケ」も「公文書改ざん」も分かりたくない人々。

きょうの曽野綾子さんのコラム「いい加減な部分にこそ人間味」ですが、曽野さんに一貫しているのが、人間なんていい加減なものという思想で、わたしもそれは同感なのです。
しかし、わたしたちがいい加減でいられるのは、いい加減でないものが厳然としてあるという安心感の上に成り立っているのではないでしょうか。
こう書かれています。
「テレビでは、私が今でもよくわかっていないような話題をやっている。そば屋の話ではない。「モリカケ」問題とか、自衛隊の日報問題である。」

新聞にコラムを持つ人間が言うことでしょうか。
分かっていないのではなく、分かろうとさえしていません。
もの書きでもないわたしでも、モリカケを書くときは大凡のことを把握していないと書けません。
人間のすることだから、手抜きをし、間違いを仕出かし、いい加減に扱う、、、ということですが、それでは困るのです。
なによりも、人間が無意識におかす「過ち、誤り」と改ざんは違います。
改ざんは何らかの意図、目的をもって行うものだからです。


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曽野さんは公文書というものが分かっていません。
公文書が国家であり、歴史だということが分かっていません。
曽野さんの文章が書きかえられたとしてもそれで損害を被るのは曽野さん一人ですが、公文書の改ざんがもたらす有形無形の損害は計り知れません。
仮に、戸籍や土地の登記簿が書き換えられていたときに、人間のすることだからと寛大でいられますか。
わたしたちがいい加減でいられるのは、無意識のうちに公文書への全幅の信頼があるからではありませんか。
もし、その信頼がなければ、生活の基盤が揺らぎます。

曽野さん塚本幼稚園で講演をしています。
そのときは、あの幼稚園の教育方針に賛同していたのでしょうが、
その後の幼稚園と籠池夫婦の運命についてはまったくの無関心なのでしょうか。
もし無関心なら人間ではありません。
もちろん、こころの内は分かりませんが、少しでも籠池さんに対して思うことがあれば、モリカケを「今でもよく分からないような話題」とは書けないでしょう。
籠池夫婦を切り捨てても、曽野さんをして安倍総理に忠義立てさせるものとは何ですか。


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by michi-no-yuri | 2018-05-30 10:56 | Comments(0)

安倍支持者には付ける薬もない。

いまさらですが、わたしの中で自民党への怒りが沸騰しています。
予算委員会での審議が終了すると、総理は委員席に挨拶に行くのですが、野党議員も総理が挨拶に来ると笑顔を返しますが、与党の委員たちは総理が近づくと、まるで憧れの人に会って、わたしファンなんですと言わんばかりの満面の笑顔を向けるのです。
質疑の間中何を聞いていたのか!と。
こんな人間が議員バッジをつけているのかと絶望的になります。
自民党はもうその歴史を閉じたのです。
村上誠一郎さんがときどき政権批判をしますが、声を上げたからには仲間を募るとかの何らかの行動に繋がらないと意味がないのですが、いつも線香花火で終わります。
いまフト思い出したのが、都議会の議員が外で議員同士が会うことは禁じられていると言っていたことでした。
自民党でも、禁止を言われるまでもなくみんな何かを恐れて自分の殻に閉じこもっているのではないでしょうか。
よほど官邸が怖いようです。
こういうことは、なかなか外に表れないので国民は知らずにいるのですが、もう日本はファシズム体制になっているのです。
ファシズムを防ぐには、声を出すこと、沈黙しないことですが、日本はもの言わぬ自民党によって簡単に独裁政治が可能になりました。


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プーチン大統領は総理との会談の前に、わざと新しく任命した閣僚との会談を入れ、48分遅れて登場したということです。
予定されていた一問づつの質問も却下されました。
しかし、総理はどんなに侮辱されようと、意地悪されようと、プーチン大統領とのツーショットの絵がほしいのです。
テレビでは、あのプーチンともトランプとも対等に渡り合えるのは安倍総理だけだとバカなことを言っている連中がいますが、付ける薬もないようなバカなのだと思います。
それどころか、たとえプーチンに侮辱されても、それを柳に風と受け流している総理はたいしたものだとなるのでしょうね。

6月初旬に、急遽日米会談がセットされました。
モリカケから逃げ、カヤの外感を薄めるために焦りまくっているようです。
また、きのうは拉致被害家族を官邸に呼んでいましたが、ほんとうは合いたくなくても、「拉致の安倍」をアピールするためにはこの映像が必要なのかもしれません。
その後、トランプ大統領との電話会談で拉致のことも忘れないようにと頼んだそうですが、それを言って喜ぶ国民がいるとでも思っているのでしょうか。
自分の手柄になるような話ではないから、いつまでも引っ張っているのでしょう。


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by michi-no-yuri | 2018-05-29 10:05 | Comments(0)

プーチン大統領は軽蔑と不信の目で総理を見ているようでした。

日露会談はモリカケから逃げると言うよりも国民への目くらましなのです。
「外交の安倍」は国民への麻薬のようなもので、それが効かなくなることを恐れて早め早めに外交と称して出かけていくのです。 
しかし、話し合うべき案件はありません。
もう総理は(日本は)半永久的に北方領土返還は言えません。
経済協力を通じていつの日にか平和条約締結が実現することでしょう、と言うことしかありませんでした。
プーチン大統領が隣に座る安倍総理を見る視線は厳しいものでした。
この嘘つきで軽薄な男は何を言うのだろうという不審と軽蔑の目で見ているようでした。
総理も自分がプーチン大統領から拒絶され軽蔑されていることは分かっているのです。
しかし、総理は、自分を守るためなら何と思われようが堪えません。
嘘をつくのも平気なら、軽蔑されるのも平気なのです。

総理は、記者会見で、共同経済活動の一歩として調査団を派遣する、これは歴史的なことだと言いました。
世耕経産相が「会談は歴史的なものになる」と言っていたのはこのことだったのですね。
わたしはそれの歴史的意義を否定はしませんが、領土返還隠し以外のなにものでもありません。
頭を絞って出してきた窮余の案件がこれでした。


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しかし、こんなことは総理が直々出向いていくような話でしょうか。
そんなことより、モリカケでしょ?
国家の根幹が問われているときに、なにが調査団派遣ですか!
いつも外遊に妻を伴うのも、最後まで妻を守るというメッセージなのかもしれません。

北方領土と言えば鈴木宗男さんです。
きのうの産経で「Hanada」の全面広告を見ましたが、見出しに宗男さんの「あらゆる難局に対応できる大宰相」がありました。
総理のどんなことにでも当意即妙にペラペラ喋る才能には舌を巻きますが、ただそれだけです。
結果的には、対応はすべて難局をより難局にしただけです。
わたしの想像ですが、宗男さんは総理から「北方領土ではあなたの力をお借りしたい」と言われたのでしょう。
だれでもそう言われたら舞い上がってしまいますよね。
総理はそれをよく知っているのです。
その甘い一言で、宗男さんのいままでの苦労は水泡に帰しました。
人間の弱さ、人生の虚しさを感じないではいられません。


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by michi-no-yuri | 2018-05-27 10:44 | Comments(0)

籠池さんの求道者としての別の顔。

籠池さんが10ヵ月ぶりに塀の外に出ました。
これは、安倍一強に陰りが出てきた証しなのでしょうか。
官邸が弱体化して潮目が変わったことを示すものなのでしょうか。
そうだとしたら、もうどんな手を尽くしてもその流れは変わらないでしょう。
籠池さんは会見でさっそく活動再開を宣言しました。
拘置は非常に苦痛でしたと言っていましたが、それは拘禁による生理的苦痛以上に言いたいことが言えない、したいことができないことの苦痛だったのではないかと思いました。
わたしが籠池さんの発言で注目したのが、憲法改正について今上陛下はそれを望んでおられないだろう、今上が望まれないことはしない方がいいのではないかと言ったことでした。
かっての籠池さんが熱心な改憲論者だったことは容易に想像できるのですが、それが変わったのは総理の裏切りへの怒りや恨みではないと思います。
もちろん、最初はそういう感情があったでしょうが、変わったのは、籠池さんの中に、揺れ動くもの、求めるものがあったことが大きいように思います。
籠池さんが求道者だったから変われたのではないかとわたしは思っています。


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それで思い出したのが、菅野完さんの「日本会議の研究」にでてくる、元は生長の家の青年部だった日本青年協議会の実態です。
「常に天皇陛下がどう考えておられるかを考えながら生活しろ」
「大御心がどのようなものかを想いながら生きろ」ということが合宿などで叩きこまれるそうです。
そして、かれらは何も考えずにそういう言葉に進んで支配されるのです。
お題目を唱えている無知な善男善女と変わりません。
だれだってそういう集団に入ると思考停止状態になるのがカルトの恐ろしいところです。
天皇の大御心を少しでも知ろうと思えば、天皇が改憲を望まれないことくらい分かるはずなのですが、かれらは内心で無意識にそれを拒絶するのです。
「日本会議」も分かっていても分かりたくないから故意に無視しているのです。
だから、ネトウヨの中には、天皇を反日とか左翼だと言い出す人間が出てくるのですが、しかし、それが軍国主義者、国粋主義者の本質というか正体です。
自分らの意に添わなければ天皇も殺しかねない連中です。

自ら率先して膿を出し切ると言っていた当人は、4日間も日本を留守にして妻と海外旅行に出かけています。
党内クーデターが起きないことが情けない。


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by michi-no-yuri | 2018-05-26 10:38 | Comments(2)

若い武士は藩(組織)を守るために抹殺されました。

危惧していたことですが、米朝会談が中止になりました。
しかし、これも想定内ということで一喜一憂することもないだろうと思います。
トランプ大統領がいくら脅しをかけても、中国がついている北を攻撃することは出来ないでしょう。
さらに、ロシアも控えています。
きのう、そのロシアに総理夫妻が旅立ちました。
昭恵さんは一段とまるまる、つやつやしていていつも感じることですが健康優良児のようでした。
これまでは変わった女性、理解不能の女性と思ってきたのですが、最近はかの女が時折見せる表情から相当な悪女ではないかと感じるようになりました。
北方領土の話は出ないそうですが、では何をしに行くのでしょう。
まさか、こともあろうにプーチン大統領に北への圧力を頼むよなことはないでしょうね。
それとも、「マサル」の贈呈式に出席のためですかw
帰国してタラップを降りたところで逮捕、と映画のようなことは起こらないものでしょうか。


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アメフトの件では、日大が監督の危険アタックの指示を認めることはあり得ないと思います。
宮川泰介さんの記者会見の翌日、わたしはBSでパソコンと同時進行で「蠢動」という映画を見ていました。
映画は一人の若い武士が藩のために人殺しの汚名を着せられて抹殺されるというようなストーリーだったと思います。
見終わったとき、今回のことでも、日大という巨大組織を守るために宮川泰介さんはその犠牲になるしかないのかなと思いました。
しかし、大きく違うことがあります。
映画では、すべてが秘密裡にことが行われ藩は守られました。
しかし、アメフトの件では、すべてが明るみに出ていて、ほとんどの人はだれが悪いかを知っています。
日大側が組織を守るために認めることはないと思われますが、現役のアメフト部員、在校生、さらにOBからも批判の声が上がっていることから、これからの展開は予測ができません。
組織には歴史もあり、卒業生による巨大なネットワークがありますが、いま、それを揺るがしかねない事態になっているのです。
若い武士は汚名を着せられたまま死んでいきましたが、宮川泰介さんは勇気を奮い起こして告発したことで、実行犯、卑怯者という汚名だけは自ら雪ぎました。

余談ですが、この映画で初めて平岳大という俳優さんを知ったのですが、風貌がどことなく吉右衛門さんと似ていて、次の長谷川平蔵は是非平さんでお願いしたいと思いました。


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by michi-no-yuri | 2018-05-25 10:50 | Comments(0)

人が人であるゆえんは省みて自分を恥じることだ、とあのニーチェが言っていました。

情も恥もどこかに置き忘れたかのような監督と、見るのも気の毒になる頭の悪そうなコーチ、二人は人間の質において宮川選手の足元にも及ばないことが一目で分かります。
監督は問題の指示を否定しましたが、責任は自分にあるとだけは何度も口にしました。
こういうところにも総理の体質の影響がでているのを感じます。
責任は自分に有ると言うことで、責任を果たしているつもりでいるところです。
また、財務省から大量の文書が出てきて、中に、明らかに昭恵さんの関与を決定つけるものがありました。
総理の後見人と言ってもいい森元総理がモリカケは司直に委ねる問題だと言っていましたが、だったらぜひ森さんの方からも司直に働きかけてください。
国には法律というものがあり、その法律がだれに対しても平等、公正に適用されないと、人は何を信じていいのか分からなくなるのです。
そうなると裸で路上に放り出されたも同然なのです。
朝日新聞の、学校は「安倍晋三記念小学院」の名称で申請されていたという記事を総理は嘲笑しながら否定しましたが、事実でした。
昭恵さんは、塚本幼稚園での講演で、総理を退いた後ならともかく、在職中にその名称は遠慮してほしいと言っていましたが、それは総理が言ったことだったのか、昭恵さんの考えで言ったのかは忘れましたが、そのときの動画を見れば分かることです。


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わたしが、総理の何が問題かと訊かれたら、学校に自分の名前を冠してもいいと思う感覚、神経だと言うでしょう。
薄汚い利権屋の政治家ならゴマンといます。
しかし、裸の王様や誇大妄想狂の指導者になるとその数は限定されるのではないでしょうか。
どんなに嘘をついても、その嘘がみんな嘘だとばれていても、まだ鼻の先で?含み笑いをしているような醜悪そのものの人間などそういるものではありません。
3日ほど前の「産経抄」にニーチェの言葉が引用されていました。

「歩みを止めて、省みて自分を恥じる。人が人たるゆえんだ。」

というものです。
20歳の宮川泰介さんは、歩みを止めるまでもなく、行為の直後に省みて恥じたのです。
取り返しのつかないことをしたという悔恨で泣いたのです。
総理には永遠に分からないことです。


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by michi-no-yuri | 2018-05-24 10:23 | Comments(2)

嘘で覆われていた日本の空の一郭に風穴があきました。

総理の天井知らずの嘘で世も末感がたちこめていたところに、日大のアメフト選手が記者会見で見せた勇気は青天の霹靂ともいえる衝撃でした。
前川さんが投じた一石と同じかそれ以上のインパクトがありました。
もう、嘘に我慢できなくなった日本の神が動いたのかと言えば大袈裟に過ぎるでしょうか。

かれはアタックの直後に事の重大さを思って泣いていたそうですが、
コーチはその優しさがいけないと言い、監督も相手のことはどうでもいい、オマエがそれで成長できるかどうかだと言ったそうです。
つまり、相手に怪我をさせても動揺しなくなることが「成長」だと、総理と同じように「情」のかけらも持ち合わせていないことがその風貌にも表れている監督は言ったということです。
どうやら人の上に立つ人間に「情」や「恥」は不要なようです。

わたしが思ったのは、かれと両親の関係でした。
会見の前に、すでに3人で相手の家を訪れて謝罪をしていたそうなのですが、しかし、そんな内々で済ませられる問題ではないと思われたのではないでしょうか。
こういう場合、たとえ息子がカメラの前に立つと言っても、親は息子の将来を思って悩むことでしょう。
しかし、この両親はここで顔と名前を出さないと、息子は一生影の人生を送ることになると思われたのではないでしょうか。
その決断にいたる苦悩はいかばかりであったろうと推察します。


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それにしても、二十歳の青年が会見で見せた思慮と分別には驚きを禁じ得ません。
かれは事実を語ることだけに徹していました。
監督、コーチについても事実だけを淡々と述べ、責めることも擁護することもありませんでした。
記者の質問には、記者の方に首だけではなく、体を向き変えて軽く会釈をしていました。
こういう落ち着いた態度は生来のものだとしてもスポーツを通じて身についたものであることも否定はできないように思いました。
かれにとっては、たとえ監督やコーチの指示とはいえ、自分で判断しなかったことが最大の悔恨になりました。
きのう、高プロ法案に反対して過労死の遺族も加わって抗議集会がありましたが、これからは嫌なことは嫌、できないことはできないと言えるような社会にしていかないと若い人がどんどん死んでいきます。
しかし、家庭でも学校でも嫌なことは嫌だと言いなさいとは決して教えないのです。
学校嫌なら休んでいいよと言える親はいないのです。

嘘で覆われていた日本の空の一郭に風穴があきました。
その穴を広げていけるかどうかに日本の未来がかかっています。


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by michi-no-yuri | 2018-05-23 10:38 | Comments(0)

ドテルテ大統領が理解した日本を理解できない人々。

ここにきて20年になりますが、その間わたしはほとんど本を読んでいませんでした。
そのわたしが一念発起し、ガンバって読もうと思ったのが「昭和天皇独白録」と迫水久常、半藤一利などの本でした。
知識としてということの外にデマについての研究wです。

ドテルテ大統領は、天皇を神のような存在として尊敬していると言いました。
そして、皇居を去るとき、「これまで多くの偉大な指導者たちの住まいや宮殿を訪れたが、こんな簡素な宮殿は初めてだった。」と言って、その簡素なたたずまいに驚きを隠せない様子でした。
ドテルテ大統領は天皇を「神のような」と言いましたが「神」とは言っていません。
また、だれも天皇を神とは思っていません。
それを、天皇を神として崇めている愚かな日本人と言って非難する人がいます。
天皇もただの人、同じ人間だと言うのですが、大人になれば、人間はその精神を初めとしてすべてにおいてみんな違うということが分かるのですが、それが分からないということは子どものときから成長が止まっているとしか思えません。
天皇について書くと、そういう人間がわっと湧き出てきます。
そして、なんどもなんども使って薄汚れた陰謀論のコピペを貼るのです。
自分でみじめになりませんか。


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天皇財閥って何のことですか。
天皇教って何のことですか。
皇室に財産があっても、それは皇室のものではありません。
皇室が自由にできるものは何もありません。
また、縁者に財閥がいたとして何の関係があるのですか。
そういう縁のある人たちはそれこそ正しく忖度して皇室に迷惑がかからないように生きているのではありませんか。
あの麻生太郎にしてそうなのです。(皇室に関しては)

ドテルテ大統領は皇居の簡素なたたずまいを見て、日本文化の神髄を瞬間で理解したのだと思います。
日本人が分かろうとしない、皇室が背負っている文化の重みと深さを理解したのだと思います。
日本の文化から皇室を消したら何が残るでしょう。
何も残らないと言ってもいいくらいです。
明治になるまで、御所がどれほど貧しい生活を強いられていたかはよく知られています。
それがいまも皇室の伝統なのです。


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by michi-no-yuri | 2018-05-22 10:31 | Comments(0)

天皇への誹謗中傷は愛情の裏返しでしょうか。

「阿修羅」のコメント欄で特徴的なのが、関係のない記事に対しても「天皇がー」とか「ヒロヒトは」とかと言わずにいられない人たちが常駐していることです。
十年一日、天皇への誹謗中傷を繰り返している人たちなのですが、愛の反対が無関心だと言われているように、無関心ではいられない何か根の深い思いがあるのでしょうか。
愛情と背中合わせの「思い」と言えば怒られそうですが、例えば、総理や「日本会議」系の人々がこころにもない天皇護持を言っているのがまさに「無関心」であってそれに比すればまだ誹謗中傷のほうが人間的だと言えなくはありません。
最近確信したのが、天皇への荒唐無稽なデマを流してきたのはフリーメーソンでもGHQでもなく、そういう誹謗中傷の中から生まれてきたものだということでした。
「かれら」をなんと呼べばいいのか悩むところですが「朕はたらふく食っておるぞ」で有名なプラカード事件からすでにそういう流れができていたと思われるので、共産主義者でいいのだろうと思います。
(ちなみに、今の共産党と同一視はしていません。)


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天皇は沖縄をアメリカに売ったと言うだけでは気が済まないのか自分の命と引き換えに売った言わずにいられないのがかれらの本性です。
しかし、終戦直後に、沖縄のことを思った政治家や日本人が果たしていたでしょうか。
天皇は共産中国やソ連の沖縄への侵攻を恐れるとともに、統治機構が機能していない状況の中で沖縄はどうなるのだろうと思われたに違いありません。
遠い沖縄には支援も届かず、復興も一番後回しになると思われたのではありませんか。
それには、マッカーサーとの個人的な信頼関係があったことが大きいかったと思いますが、だから天皇は沖縄の支援、復興をアメリカに委ねられたのではありませんか。
天皇のこの措置が今に禍根を遺しているというのは違うと思います。
明らかにそれは政治の責任です。
わたしも天皇に戦争責任はあると思っています。
しかし、責任を追及する人たちの最終目的は天皇制の廃止だろうと思いますので、わたしは同調できません。
それに、沖縄の件も含めて、天皇は全国行脚することで責任を果たされました。
歴史上だれも行わなかったというより行い得なかったことです。
広島を訪れた天皇を迎える広島市民の熱狂、歓喜のどよめきは大地も揺るがすほどだったそうです。
そのときの動画をみると涙が噴き出ます。

当時、軍も政治家も戦況について、天皇には嘘しか報告しませんでした。
今もそうです。
国会で嘘をつくということはそういうことです。


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by michi-no-yuri | 2018-05-21 10:43 | Comments(0)