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谷間の百合

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尼崎事件のこと。

橋下さん「喧嘩だけはゼッタイ負けませんよ!」と吠えていましたね。
これが、かれのイチバン言いたいことなのです。喧嘩がしたいのです。
そういう世界、環境で生きてきたという何よりの証明です。

わたしが、在日の人とトラブったとき、そこの奥さんがまったく同じことを言いました。
しかし、向こうは喧嘩と思っているのでしょうが、ただ喚いているだけですからほんとうのところは喧嘩にもならないのです。
こちらは黙って負けたふりをしてあげるのですが、もちろん降伏も謝罪もしませんw
(朝日も頑張ってほしかったw)

おかしいですね。全国で暴力排除条例が施行されているというのに、「やくざのなにが悪い」と言うような(思っているような)人間が国政に関わっていこうとしているのですから。
無視するか、あるいは、挑発して怒らせるか、どちらも有効だと思いま~す。


きょうは、橋下さんのことではなく、尼崎の事件について書きたいのでした。

読売テレビの「みやね屋」で、春川正明という局のコメンテーターが、この事件には、思想信条が絡んでいるようだということを警察の人からちらっと聞いたと言っていました。
普通に考えると、一般人の思想信条とは宗教だと思うのですが、春川さんは局の解説副委員長という立場でそこまで言ったのですから、うやむやにしないで、自分の言ったことに責任を持ってほしいと思います。

タブーの最たるものだと思われますが、もうそろそろそこにメスが入れられていいのではないでしょうか。
警察には、評判になったポスターの呼びかけの言葉で、「おい、〇〇! そろそろだ!」と言ってほしいところですが、警察もぐるだと言われていますからねえ。。。

しかし、この事件はぜったいに曖昧にしてはいけません。
もしかしたら、この事件が解明されることで戦後の日本の闇の部分にひかりが当たるかもしれないのです。この人間の皮を被った鬼畜のような女を徹底的に調べることで、社会の悪が、芋ずる式に、闇の中から白日の下に引きずり出せるかもしれないのです。
(そういうときが、ついに来たのだと思いたい。。。)

警察は、事件現場などを、ブルーシートで隙間なく覆い尽くしますが、何か隠蔽したいことでもあるのかと勘ぐってしまいます。
この事件だけは、ブルーシートで隠蔽されることがないように、国民は注視していかなければならないと思います。犯罪史上も例のない酷い事件です。









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by michi-no-yuri | 2012-10-23 11:07 | Comments(0)

なんどでも橋下徹。

四日ほど前に、橋下市長について、手負いの人間を追求したくないというようなことを書きましたが、その後、この認識が甘いというより間違っていたことに思い至りました。

「阿修羅」に投稿されていた「世に噛む日々」というブログの記事の冒頭に、

「何度も取り上げるのは、実はこの男の、ある種の実現に寄与することになるのではないかという危惧を感じつつも、どうも、黙っていられない。」

と書いておられますが、わたしもまったく同じ気分です。

最初に、出自が週刊誌で暴かれたとき、かれはすべてその通りだと認めたそうですが、わたしは、この潔いという印象は計算されたものだったのだと今にして思っているところです。

かれは、手負いの獅子になりたいのです。
満身創痍になり、傷つき血を流しながらも敢然と相手に挑んでいく自分の姿をイメージして自己陶酔していたいのです。
だから、そのために、挑発という撒き餌を撒いているのです。

同じブログに、かれがある一日に、ツイッターに80の書き込みをしたことが書かれていました。餌を撒いて、たくさん収穫があったからそれだけ書くことがあったということです。かれは攻撃されればされるほど闘争心を掻き立てられ、恍惚感に浸れるのです。
だから、かれにとっていちばんダメージを与えられるのは無視することなのです。

このブログには、佐野さんの記事で問題があるとすれば、被差別部落の所在地を書いたことだけだと言っておられるのも同意見です。その他、問題発言があったとしても、それはかれが言ったことの反映に過ぎません。

わたしは、かれについて書かれたものや佐野さんの記事も読んでいませんし、ブログやツイッターを開いたこともありません。
テレビで見るだけで十分ではありませんか。

子どもへの影響と言っていますが、かれは子どもへの影響など何も心配していないと思いますよ。
わたしは、多分、かれは得々として子どもに、おじいちゃんはやくざだったと言っているのではないかと思っているのです。
母親から聞いた父親のちょっとしたエピソードに尾ひれをつけて武勇伝に仕立て上げ、それを子どもたちに話してきかせているのではないかとさえ想像しているのです。
母親も、そういう人間と知っていっしょになっているのですから、父親の乱暴なところを強い男と言い換えていいように子ども(徹)に話していたのではないでしょうか。
大阪人、とくに芸人は自分の不祥事をお笑いにして誤魔化してしまうところがありますが、その心理とどこか似ているような気がしないでもありません。

普通の感覚なら、出自や親のことは隠したい、否定したいと思うのが人情ですが、かれはそれを武器にしているのです。
これが、差別や偏見を逆手にとって、権利や利権をかち取っていく解同のやり口であり、かれの体質そのものです。やはり、血は濃いということかもしれません。このやり口でかれは、日本を乗っ取ろうとしたのです。

わたしは、このことに限りませんが、もの分かりのいい、良識ぶったことを言う人が大嫌いです。そのもの分かりの良さが、例外なく、問題の本質を見失わせて不毛にしてしまうからです。
親子は別人格だとか当たり前のことを持ち出してきては良識ぶる人、
そんなヌルイ、寝惚けたことを言っていていいのですか。

手負いの獅子が、仮にも日本の首相になったらどういうことになるか、
もの分かりのいい人には想像もつかないでしょうね。









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by michi-no-yuri | 2012-10-22 12:44 | Comments(0)

十月二十一日 その二 What a wonderful world !

「徽宗皇帝のブログ」より。


≪What a wonderful world ! ≫

緑の木々に赤いバラが見える

それは僕たちのために花開く

僕はしみじみ思うんだ

なんて素晴らしい世界なのかと

青い空や白い雲を眺める僕

明るく喜びに満ちた昼

暗く神聖な夜

そして僕はしみじみ思うんだ、なんて素晴らしい世界なのかと

七色の虹が空に美しく映え、行き交う人々の顔を染めている

友人たちが握手をして「ご機嫌いかが」と挨拶する姿が見える

彼らは心から言うのさ「アイ・ラブ・ユー」と

赤ん坊が泣いているのが聴こえる

あの子たちが大きくなって

僕よりずっと沢山のことを学ぶだろう

思わず感動してしまう

なんと素晴らしい世界じゃないかと

そうさ、僕はしみじみ思うんだ

嗚呼、この世はなんて素晴らしい世界なのかと



ご存知、ルイ・アームストロングの歌です。
(訳は「文芸ジャンキーパラダイス」というサイトの管理人さんとのこと。)


アメリカにおいて、先ず、こういう世界が失われてしまいました。
少し遅れて、日本においても、そういう世界が失われてしまいました。
自然に失われていったわけではありません。
「だれか」が奪ったのです。

残酷な歌です。とくに、福島の人には。


「紙風船」の「冬がくる前に」という歌の最後のフレーズ
「冬が来る前に、もう一度、あの人と、めぐり会いたい」という旋律を知らず知らず口ずさんでいます。現実にそんな人がいるわけではないのですが、そういう季節になったということですね。
涼しくなって、午睡の必要がなくなり、一日が二時間ほど長くなりましたw


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by michi-no-yuri | 2012-10-21 11:56 | Comments(0)

日本は韓国を支持しました!

韓国の外相が、安保理の非常任理事国選挙で、日本が、韓国を支持しなかった可能性を問われ、「そのようなことは絶対に信じたくない。そんなことは考えたこともない。」と答えたそうです。
この外相の自信を裏付けるように、西田国連大使は玄葉外相から「韓国に投票することにする」との指示を受けて韓国に投票したとのことです。

沸々と怒りが込み上げてきます。
舐められても舐められても、それを屈辱だと思うことがない、まるで、こころを去勢された宦官のような政権です。アメリカの気持ちを忖度して、初めから支持を決めていたのでしょう。
もっとも、そこに高度な政治判断が働いたのなら、そういうことも有りかとは思いますが、端からそんなことは考えられません。

しかし、どうでもいいことですが、中国より韓国が数倍嫌いなわたしのこの気持ちを
どうしてくれるのかと言いたくなるではありませんかw

民主党は親韓政権だと言われていますが、元をつくったのは自民党です。そのまた元を大雑把に特定すれば、安倍晋三さんのおじいさんの岸信介ということになります。
そういう祖父を持ち、統一教会から絶大な支持を受けている安倍さんを、保守を自称する人たちや嫌韓に凝り固まっている人たちが熱烈に支持することの面妖さ、不可解さ。

先日、あるブログに、中野重治という人の、吉田茂は頑固ものと見せた軟骨漢で、岸信介は揉み手をした暴力団、卑俗に言っても岸の方がひどく卑しいという人物評が紹介されていました。当たっているように思いました。
血は争えないということか、わたしは安倍さんを見ると、薄汚い裏の顔が見え隠れしてしかたないのです。
安倍さんが総理にでもなった日には、わたしは舌を噛み切って死にたくなるでしょう。

話しが脇道に逸れましたが、
日本は韓国を支持したのです。日本はそういう情けない国なのです。
対北朝鮮(中国)への連帯が最重要とのことですが、また、拉致が遠のきそうです。やっぱりアメリカが邪魔しているのです。
拉致問題は拉致被害者だけの問題ではなく、日本の主権や外交が問われていることです。
しかし、今や「日本の外交」という言葉さえ眩しくて、恥かしくてまともに見れないではありませんか。とっくに死語になっているのですから。

もう、日本は地獄の底までアメリカに付いていこうとしているようです。
ここに至ってもなお「日米同盟の深化」と言っている政治家に、具体的にそれはどうすることかを個々に問いたくなります。
野田総理に「恥を知れ!」と言った石破幹事長から先ず答えていただきましょう。
どうすることですか?
これ以上の深化とは、日本がアメリカになるということしか考えられませんけど。









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by michi-no-yuri | 2012-10-21 10:32 | Comments(0)

十月十九日 その二 洗脳と支配。

尼崎の複雑で猟奇的な事件が話題になっていて、ほとんどの人が、人間ってそんなに簡単に洗脳されるものなのかという疑問を持っているようです。

「酔生夢人のブログ」様も同じような疑問を投げかけておられますが、わたしは、自分の経験から、人間ってそういうものですよと思っているのです。
人間社会には、搾取するものと搾取されるものがいるのですが、同様に、人間関係においても支配するものと支配されるものの二つに分類されると思っています。ほとんどの人が大なり小なり、あるいは、意識、無意識にかかわらずどちらかに属しているはずです。(たとえば、妻に支配されている夫は多いのではありませんか。身内にも典型的なのがいますが。)

いまでははっきりと「ノン」と言えるようになりましたが、わたしは、長い間下の姉に支配されてきました。
何かと人に指図する性格で、東京からでも遠隔操作wしてきました。冗談を言いながら電話を切ったあと、気がついたら結局何かを指示されているのです。

肌の浅黒い姉は、抜けるような白い肌wのわたしに嫉妬して、わたしを見てはそんな白いのは気持ちが悪いとか小麦色の肌が最高だとか言いました。言われてみるとそうだなとわたしは思ってしまったのです。
ある年の夏、わたしは海へ通って肌を焼きました。
あとのまつりでした。
姉の策略に気が付いたときは、悲しいかな、もう元の白い肌に戻れない年齢になっていたのです。(若いときならすぐ元に戻るのですが。)
それでも努力して75%くらいまで戻すことができました。

人を恨んだこともなく、何かを失って後悔したこともほとんどないわたしが、唯一、今も恨みに思っていることです。

人は無意識のうちに、洗脳されたり洗脳したり、あるいは、支配したり支配されたりしているのです。自分はそうでないと言い切れる人がはたしてどれくらいいるでしょうか。
                                                        つづく。








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by michi-no-yuri | 2012-10-19 14:54 | Comments(1)

十月十九日 その一 橋下市長のこと。

橋下市長の今回の件について、テレビや街頭では、やり過ぎ、そこまでやるか、あるいは、政治とは関係ないことというような良識ぶった意見がほとんどでしたが、しかし、
市長自身がすべてのことにやり過ぎて、そこまでもどこまでもやったのです。
自分のしたことが、いまわが身に降りかかっているだけのことです。

植草事件の後、かれが朝日テレビで、植草さんについて事実に基づかずに何を言ったか、わたしは見ていてよく覚えています。それは、出自や家系の暴露以上に酷い個人攻撃でした。人間の尊厳を情け容赦なく徹底的に踏みつけ、しかも、それをニヤニヤしながら喋っていたのです。
植草さんは、いまだ無罪を勝ちとっておられないから撤回も謝罪も不要だとでも言うのでしょうか。しかし、潔白が証明されたときに、はたしてかれは謝罪するでしょうか。

きのうの記者会見で、「週刊朝日」は「朝日新聞」の子会社であっても、別人格だと朝日の記者が言ったのにたいして、かれは、では、子どものしたことに親は責任がないと言えるのかと、まるで墓穴を掘るようなことを言いました。

佐野真一さんは、おそらく、かれの常軌を逸した言動に危機感と興味を持たれて、
人間ハシモトを知ろうと、血脈を遡られたのではないでしょうか。親と子どもは別人格であっても「関係」はあります。
だから、朝日に対してかれが言ったことは論理が破綻しているのです。

市長は、いつか、すべては自らが招いたことだと分かる日がくるでしょうか。

橋下市長は、酔いが醒めたような顔をしていますね。
手負いの人間を、もうこれ以上追及したくありませんので、もう書かないでおこうと思っていますが、先のことは分かりません。
かれが、武士の情けが分かるような人間なら、もう打ち切りにしたいところです。

かれが、他者にたいして激しく口撃する姿に、わたしはかれの負っている悲しみの重さを垣間見るような気がしています。









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by michi-no-yuri | 2012-10-19 10:38 | Comments(0)

十月十八日 その二 橋下徹・森口尚史さんのこと。

「週刊朝日」に、家系や出自にまで踏み込んで橋下徹という人間像に迫った佐野真一のノンフィクションが掲載されたことが問題になっています。

市長は「これは血脈主義や身分制につながるきわめて恐ろしい考えだと思う。」と言いました。もちろん、身分制に抵触するような言論は厳に戒めなければなりませんが、では、かれが次々と打ち出した政策、施策は恐ろしい考えではないと言えるでしょうか。

ここにきて、人気に翳りがでてきたのは、出自や家系の影響ではなく、かれの考えや他者への酷薄で露骨なやり方に対する違和感、恐怖感が少しづつ国民のこころに浸潤してきたからではないでしょうか。

政治家や芸能人は、暴力団との交際が発覚すると、国会やマスコミで追及されます。
このことと、交際どころか、父親と叔父が暴力団の構成員だという事実との整合性をどのように考えたらいいのでしょう。

アメリカの新聞で取り上げられ、マイケル・グリーンにキングメーカーの資質があると言われた橋下徹という超有名人が、ルーツを晒されるのは当然のことです。
この際、政権内の人間の出自も公表してほしいものです。
国のあり方、行く末に責任のある人間の出自を、国民が知るのは当然の権利だからです。
(わたしが言うのは、在日、帰化人のことで被差別部落のことではありません。)

なぜそれができないのでしょう。
皇室には人権がないそうです。
為政者もそれに準ずるものとして、人権や個人情報がある程度制限されてしかるべきではありませんか。

逆に、人権や個人情報保護の美名のもとで、国民の人権や言論の自由が着々と狭められ奪われていっているのです。

かれ自身が認識しているかどうかは分かりませんが、「ある人間たち」が、かれに目をつけ、後ろ盾になり、ここまで引き上げてきたのは、かれがマイノリティの出自だからです。日本の歴史や社会に、屈折したコンプレックスを抱くかれなら、日本を破壊して自分たちのために働いてくれると思われたからです。

人を罵倒すれば罵倒が返ってきますし、攻撃すれば攻撃されるのは、この世の法則です。



ips細胞で治療したと偽った森口尚史という人を、マスコミが追い掛け回し、取り囲んで口々に容赦のない詰問を浴びせていた声が、こころに突き刺さりました。
手負い?の人間に、ハゲタカのように群がるマスコミは、まるで、地獄絵図に描かれている「餓鬼」です。
相手が弱いと見るや、ここぞとばかり叩きまくるマスコミは、イジメの構造そのものです。そのマスコミはどんな顔で被害者の側に立てるのだろうかと思いきや、それが平気で立てるのです。

わたしは、森口さんの味方でもなく、好感も持っていませんが、それ以上にマスコミの醜さが堪え難いのです。

マスコミは、ほんとうに国民に知らせなければならない大事なこと、国民がこころから知りたいと願っていることを、一度でも知らせてくれたことがあったでしょうか!









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by michi-no-yuri | 2012-10-18 19:11 | Comments(0)

十月十八日 その一 ラガルドIMF専務理事

NHKで、 IMF緊急リポート「女性は日本を救えるか」というテーマの番組を見ました。30分ほど我慢して見ましたが、これほどムカついた番組はありません。
とっくに帰ったと思っていたラガルド専務理事は、この番組に出演するために日本に留まっていたのですね。

おかしいと思いませんか。IMFには、日本のことに干渉、介入する権限でもあるのですか。
彼女は何度かこう言いました。「わたしたちの研究では。。。」と。
研究って日本人奴隷化計画のことでしょう? それ以外に考えようがありません。

バカな日本人がいました。経済同友会の長谷川閑史なる人物が「このような提言をいただいて感謝します。」だって。
アホや! アホや! アホや!

そういえば、IMFの使いっパシリのような竹中平蔵が、過日、同じことを言わされていましたね。
多くの成人男子を派遣という身分に貶めておいて、女性の就労ばかり熱心に説くのは、あきらかに意図があるのです。つまり、奴隷を増やす意図が。

女性は学校を卒業してから社会に出て働き始め、子どもが生まれたら子どもを預けて働き、家族が病気をしたら病院に入れて働き続け、年寄りが動けなくなったら施設に入れて尚働き続け、そして、死んでいくのです。

先日、親戚のお葬式に行ったのですが、ベルトコンベアーに乗せられたように式が進行していくことに、違和感とともに屈辱感のようなものを覚えずにいられませんでした。
帰りに、紙袋に入った重くて分厚いカタログを渡され、香典のお返しの品をそこから選んでほしいということでしたが、何もほしいものがなかったのでそのままにしていたら、
代金が払ってあるのだから注文しないといけなかったのだと後で言われました。
何から何まで葬儀会社に決められていて、その通りにすることが当たり前だと思っている人たちを見て、わたしは少し恐ろしくなりました。

言ってみれば、IMFが研究していることもこういうことではありませんか。
決められたコースを、ただ黙々と働く奴隷をつくる研究です。
そんなおぞましい研究をしている人間が、テレビにでてきて、にこやかに愛想を振りま
きながら日本国民を煙に巻いて心底バカにしているのです。それを受けて、早速、なんとすばらしい提言でしょうかと涙を流さんばかりに有難がっている日本人!!


「がけっぷち社長」のツイッターより。

話は変わるが、いまやってるIMFに中国のトップが参加しないって件、あれこそが「日中関係悪化とやらを利用したしたたかな行動」だとみんな気づいていない。前にも書いたが、IMFや世界銀行は国際金融機関直轄の略奪機関でしかない。むしろ連中抜きで国どうしが手を組んだほうがマシなことも多い。

まともな頭脳のある国であれば、なんでもいいから理由をつけて、あんな搾取会議なんぞボイコットしたいと考えるはずでね。だから「アッチ側」であるメディアが中国はどうこう叩いた上に、日中で仲良くせえ、日本がどうにかしろと、余計なお世話なことを抜かしてるってわけだ。

国際機関と名のつくものを頭から信用しちゃならんのよ。国際機関なんてのは「ダシに使う」くらいにしておくのがいい。小沢が国連安保理がやると決めたら自衛隊派遣もありだと言ってるのは、どうせまとまることがないとわかってるから。いかなる情勢も利用して国益をつかむ、それが外交だろうさ。










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by michi-no-yuri | 2012-10-18 06:49 | Comments(2)

「がけっぷち社長」さんのこと。

「酔生夢人ブログ」には、別に「徽宗皇帝ブログ」というのがあったのですが、ブログを閉鎖しておられる間に忘れていました。

きのう久しぶりに覗くと、15日の記事で、崖っぷち社長のことが取り上げられていて、
社長のことを「日本の知性」の最上位に位置する一人だと書いておられました。
もちろん、異議はありませんが、「知性」というガラでもないのにと可笑しくなりました。(なまじ、知の巨人と言われた立花隆のイメージが強すぎて)
わたしに言わせれば、社長は「知」の圏外にいるからスバラシイのですが。

いつか社長が、飯山一郎さんのことを、何度寝首を掻きたいと思ったことか、と書いておられたことがあり、わたしは、いいねッ 社長!と思ったことがありました。
何が原因で寝首を掻きたくなるのかは知る由もありませんが(少しは分かるかな 笑)
わたしが言いたいのはそういうことではなく、とかく師弟関係と言われるものが、窮屈で、弟子は,御説ごもっともで何一つ師に逆らえないのが嫌なのです。(逆らうということが習性になっているわたしには我慢できないことです。)
だから、逆説的に言うと、寝首を掻きたくなるような飯山さんがすばらしいということになるのかもしれません。

世の師弟関係にあるみなさん、どうかもっと柔軟に、自由に生きてくださいね。

社長のブログで、「一韓国人」というHNの人間とちょっとした論争が展開されているのですが、(「一韓国人」のコメントは読むに値しません。)わたしは、社長が次のように言っておられることに深く共感しました。


≪前回のコメントからも感じてはおりましたが、まことに恐縮ながら、物事が一面的事実によって作られた事象と決めつけられている方とは、国籍・人種・民族・性別・信教等とは関係なく、まったく議論するに値しませんし、そもそも議論にもなりません。
私のところにいくらコメントいただいても構わないのですが、おそらくこれが最後の返答になるでしょう。

このブログ、および私は、日本でもマイノリティの分類に入る、多くの人間に邪教扱いされている類のものでありまして、一般的な日本人の思考ともまるで視点が違います。
そのような意味で、私のような人間を相手にするだけ時間のムダとも思います。

以下はひとりごとですが、世の中には人の数だけ違う視点、思惑があります。
私が見ているものは本当に私自身の視点なのか、また、私が行なっていること記していることは、果たして自分自身の思惑どおりのことであるのか…と、ふと立ち止まって考える瞬間が多々あります。
これは誰かに見せられてるものではないだろうか、誰かの考えに乗せられているのではないだろうか、という警戒を常に持っていないと危ないと、これまでに数多く騙されてきた一般庶民のひとりとして常に畏怖があります。≫



ここに書かれていることは、わたしもまた常に感じていることです。
何のためにブログを書くのかについて新たに分かったのは、バランス感覚を保つためということです。いつも正気でいたいという思いは強く、変だと感じたことを書いていくことによって正気が保たれるのではないかと思いました。

わたしは、ほぼ毎日ブログを書いていますが、書いたものは、その日一日だけの「いのち」だと思っています。一日しか持たない「いのち」なのだと。
だから、振り返ることはほとんどありません。
そんな時間がありません。世界は刻々と変化しているのですから。よく、自分でも、何をそんなに急いでいるのかと思うくらい生き急いでいる感覚があります。

「私が見ているものは本当に私自身の視点なのか。」

人は、自分で見ているつもりでも、ほとんどは誰かの目を通して見ているのです。
自分の目で見るためには、その誰かの目(影響)を除いていかないといけないのですが、除いた後に残るものは何だろうと思うと、それは感覚です。
知識も情報も持たないわたしは、その感覚だけを頼りにブログを書いているのです。









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by michi-no-yuri | 2012-10-17 11:25 | Comments(0)

日本にはもう「武士の情け」はないのでしょうか。

(きょう2度目のUPです。)

遠隔操作による犯行予告の件で、逮捕された無実の四人のうち二人が容疑を認めていたということです。
こういうニュースを聞いても、わたしはもう驚くことはありません。

現実の日常から切り離されて、取調室という非日常の空間に入れられた上に、理不尽な取り調べで責め立てられたら、大抵の人は異常な精神状態になることが容易に想像されるからです。
よほど精神的に強い人でないと、簡単に諦めて認めてしまうでしょう。

よくニュースで、事件を報じた後に、「なお、容疑者は犯行を認めているという。」という一言が付け加えられますが、そのたびに、わたしは、そうかな?と思って聞いています。

このごろ、教職者や公務員が痴漢やセクハラで逮捕されることが頻繁にあり、どうしてもそこに何らかの意図があるのではないかと勘ぐってしまいます。
先日は、元小学校の校長で、現塾経営者(講師?)の七五歳の男性が、小学女児へのセクハラで逮捕されるということがありました。男性は容疑を認めて釈放となったようですが、あきらかに、そこには、認めさえすればすぐ家に帰れるよという甘言や詐術が行使されたフシが窺えるではありませんか。

わたしは、こういうニュースが聞くに堪えないのです。
それは元校長がセクハラしたということよりも、子どもや家族への配慮がまったくないことが堪えられないのです。
とくに、教職者に対しては、子どもへの影響を最大限に考慮すべきなのです。たとえ、セクハラが事実であっても、公表することには慎重であってほしいと思うのです。

そもそも、痴漢やセクハラといっても、その様態は千差万別で、どのようにも解釈できます。それをひとくくりにして、痴漢というレッテルを貼るのは、あまりにも乱暴で残酷ではないでしょうか。

本人を庇うわけでも、痴漢という犯罪を軽視するわけでもありませんが、あまりにも子どもへの影響が大き過ぎます。子どもは、そういう年配の教育者を同じような目で見るようになるからです。

七五歳の元校長は、その後、家庭にあって家族とどのような時間をもっているのだろうと想像しては、なんともいえない索漠とした気持ちになります。

いま、「つむじ風ブログ」で、「NWO(ニューワールドオーダー)のおぞましき実態」が連載されています。
わたしは、教職員や公務員が痴漢で逮捕されるのは、日本の社会の教育制度や家族制度を崩壊させるための「かれら」のアジェンダの一環ではないかと疑っているのです。

昔の日本、(昔の警察)には、武士のなさけや温情や思いやりがあったと聞きます。
しかし、そういう「古き、よき日本」こそ「かれら」の排除、破壊のターゲットになったのだとわたしは思っているのです。









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by michi-no-yuri | 2012-10-16 15:54 | Comments(0)