ブログトップ

谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

カテゴリ:未分類( 2469 )

熱いフライパンの上で踊ることになるのはだれ?

予想通りというか予定通りの結果になりました。
わたしには結果の分析はできませんが、圧勝ではなかったということです。
今回の敗けると分っていた選挙にも意義もあれば収穫もありました。
自民党内の反安倍勢力が旗幟を鮮明にしたことです。
これからは党内はもちろん外に向かっても声を上げていってほしい。
ノーサイドにしてはいけません。(ならないでしょうが)
権力闘争で波風を立てるのです。
それが、社会や国民に活気と政治への関心を呼び覚ますことになるからです。
(小狡いことしか頭にない総理のことですから、懐柔に出たり、仲間割れを狙って石破さんに近い人を登用するのかもしれませんが。)
産経までもが、これからの政権運営は難題続きだと書いていますが、総理にとっては当選するも落選するも地獄しかないのです。
だからといって決して国民に天国が待っているわけではないのは言うまでもありません。
またすぐ訪米するそうですが、ご機嫌伺いですか。
バカにされ軽蔑されているのも分からない「みっともない」総理ですが、もう「ハダカの王さま」が通用しないことにも気付いていません


c0243877_958689.jpg


10月には中国へ、11月 12月にはプーチン大統領との会談が控えているのですが、プーチン大統領が投げたボールをどう投げ返すのか妙案はあるのでしょうか。
プーチン大統領には、念のために平和条約締結は領土問題が解決した後だと言ったというのは嘘だったのですが、もう病気ですね。
その発言だって、落ち着いて重々しく言ったのなら、聞く方としては何か思うところがあるのだろうと忖度するのですが、痛いところを突かれると電源が入った途端に激しくタンバリンを叩きだすおもちゃのサルのような反応だからどんどん信用を落とすのです。
このような人間は実社会では通用しないばかりか下手をすると刑務所へ入ることになるのですが、そういう人間が唯一生きられる場所が政治の世界でした。
なんの因果か、政治なら嘘が通ると思っているような人間が日本の総理大臣なのです。

政治に何を望むかというアンケートに、憲法改正は4パーセントしかありませんでした。
その4パーセントの内訳は、日本会議とそれに付和雷同している人間だけでしょう。
憲法改正は自分の生活と関係ないと思っているとしたトンデモナイ。
生活どころか「いのち」に関わることだということがどうして分からない?

加藤の乱のとき、橋本総理は、熱いフライパンの上でネコ踊りさせてやると言いました。
今回は冷や飯ですが、中國人なら食べないでしょうが、冷たいくらいなんてことはありません。
それよりも、今度は総理が熱いフライパンの上で踊ることになるかもしれません。
もっとも、総理に熱い冷たいを感じる感覚、感性があればのハナシですが。


c0243877_9582473.jpg










×
[PR]
by michi-no-yuri | 2018-09-21 10:12 | Comments(0)

風評被害はほんとうに風評なのですか。

「ネットゲリラ」さんが、むかし線量計を持ち歩いていたときに、新幹線を降りた途端に数値が桁違いに跳ね上がっていたので、怖くてそれ以来ほとんど東京には行ってない。煙草はすっているけどwと書いていて、最後の「煙草は吸っているけどw」に放射能は隠して、喫煙の害しか説かない国を皮肉っています。
また、キュウリが福島産ばかりで困る。絶対に買わない。消費者にも「物」を買わない権利がある。ということで、三島?地方にまで福島産が浸透していることを知りました。
この辺もキャベツは群馬産が徹底していて、地産地消を標榜する道の駅のようなところにも群馬産しかありません。
だから、わたしもキャベツは買いません、つまり食べません。
そう言えば、以前はよく目にしていたキャベツ畑をこのごろはまったく見なくなりました。
どこでどんな調整をしているのか、想像すると怖いものがあります。
ワールドカップのとき、日本選手の食事を賄う料理長が、食材はほとんど福島産だと言ったとき、わたしは大丈夫なのだろうかと思うと同時に、風評被害を大上段に構えた態度には不快感さえ覚えました。
風評被害はほんとうに風評なのでしょうか。
政府は安全宣言を出しましたか。
しかし、政府が出したとしても、もう信じる人はいないでしょうが。


c0243877_17371313.jpg


同ブログの別の記事に、フランスで、菜食主義者が肉屋を襲撃したというニュースを取り上げていました。
動物愛護団体はとかく過激になりがちですが、わたしも菜食主義ではありませんが肉食は反対です。
最近の肉の消費量の多さには恐怖さえ覚えます。
鶏のから揚げがこれほど食べられるようになってから、まだ10年は経っていないのではないでしょうか。
先日、パラ~ッと見ていた本に、明治のある地域では、年を取ったニワトリは神社の境内に持って行って放したということが書かれていました。
そのころには、まだどこかにニワトリは神の使いだという意識が残っていたのでしょう。
それがいまでは食材になりました。
畜産農家は、それ以前は普通の農家で、田を耕すのに牛はなくてはならない労働力だったでしょう。
その農家が、食材として牛を飼育し、その肉をいまでは宣伝してまで海外に輸出するようになりました。
(書いていても苦しくなるほどです。)
一二三神示が言う、肉食はするな、「共食いになるぞ」についてはさまざまな解釈がありますが、わたしは、生きものは同じ意識を共有する生命体だからということで共食いだと言っているように思っています。
形が違うだけで、意識、つまり、感情や意思は人間と同じなのだと。
わたしは、きっとごく近い将来に食べるものに困ることになると思っています。
その要因はいろいろあるでしょうが、いちばんの原因は、金儲けや自分の舌を喜ばすために他の生きものを「いのちなきもののように」扱いそのいのちを奪っていることです。
西部邁さんだったと思いますが、動物や植物からいのちを貰っているのだから人間はもっと賢くならなければいけないと言っていましたが、なるもんですか!


c0243877_1018302.jpg










×