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谷間の百合

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上川法務大臣は「法の正義」を守ったのだそうです。

きょうの産経新聞を開いて驚きました。
文化欄の見出しに「上川法務大臣の胆力に脱帽」とあったからです。
桑原聡という記者が自分の連載「モンテーニュとの対話」で上川さんは法の正義を守った大臣としてべた褒めしているのです。
一方で、モンテーニュが暴君ネロについて書いた次のような一節を紹介しています。

「残虐の標本ともいうべきネロまでが、或る日、例のように家来から一人の罪人の死刑の宣告に署名をしてくれと言うと『おお、字など学ばねばよかった!』と嘆息したとは、それほどまでに、人ただ一人を死刑に処することが、彼の心を悲しませたとは」

記者はどういうつもりでこの一節を紹介したのでしょう。
上川大臣はネロにもない胆力を備えていたと言いたいのでしょうか。
ネロでさえ躊躇した署名をしたことを褒めているのでしょうか。
わたしは先にも書いたように、今回の死刑執行は安倍晋三という人間が総理で、上川陽子という人が法務大臣だからできたことだと思っています。
実に、安倍晋三という人間の残忍性はネロをも信長をも超えていたということです。
父親の安倍晋太郎が「情がない」と言ったように、ネロでさえ持っていた「情」さえ持っていない人間が総理大臣なのです。


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上川という女性がどういう人間なのかは分かりませんが、安倍晋三という人間に出会わなかったら、死刑執行の命令書にサインできただろうかと思うのです。
「情」がないということは、人ではないと言っていいくらい決定的な欠陥です。
上川さんは自分のホームページに「腰の据わった政治を目指す」「難問から逃げない」と書いているそうですが、たとえ罪人といえども7人の同日死刑執行の代償は、上川さんだけに留まらず、日本にとって恐ろしく高くつくような予感がします。
慎重の上にも慎重に審査したということですが、多くの謎を残しての死刑執行でした。
たとえば、海外ニュースで、同日7人の死刑囚の刑が執行されましたと聞いたときの衝撃を想像してみてください。
総理にはその衝撃が分からないのです。
産経が上川さんを胆力のある女性だと持ち上げたように、ネトウヨたちは、さすが総理、やるときはやるんだと喜んだのでしょうね。
地獄へ導かれてもまだ目が覚めない連中です。
自民党には胆力を備えた女性が他にもいます。
丸川珠代さん、小野田紀美さん、杉田水脈さんなどですが、この女性たちなら鼻歌まじりに執行書にサインするのではないでしょうか。
総理に喜んでもらえることですから。


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by michi-no-yuri | 2018-07-20 11:07 | Comments(0)

「法の下の平等」がわたしの思う「正義」

きのうの「反戦の家づくり」ブログの「ネルソン.マンデラ生誕100年に思う」を読んで、初めてマンデラという人の凄さを知りました。
マンデラさんが来日したとき、聴衆が期待したのは28年間の獄中に繋がれていたことの辛さ、理不尽さへの怒りだったと思われるのですが、かれが語ったのはアフリカの人たちへの経済支援だったという。
そのとき高校生だった山岸さんは「その時私が感じたのは、獄中から出てきたばかりなのに南アフリカの人民の今を必死に考えるマンデラさんのすごさでした。」と言っています。
そして、もしマンデラさんが復讐に燃えて黒人の解放を叫んでいたら、それは正義ではあっても南アフリカは内戦状態になり、各国も干渉して泥沼状態になっていただろうと書かれていることはまったくその通りだと思いました。
菅原文太さんは政治家のすべきことは、戦争しないこと、国民を飢えさせないことだと言いましたが、その逆をやっているのが現政権です。


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ほんとうに「アイツら」はそれしか考えていません。
「アイツら」というのは、パーティ券の過小申告をしたと言われている古屋圭司であり、200万円の不正な政治資金を疑われている下村博文などのことです。
「創生日本の会」で壇上に居並んでいた連中です。
下村博文だって悪いことをしているだけならこんなに憎むことはないのに、そのツラでなんで教育や道徳を語るのか。
古屋圭司をみていると、単細胞で粗暴で進むことしかできない佐官クラスの軍人と重なってなりません。
山岸さんが正義より優先するのが国民の生活だと言っていますが、それが死んでも理解できないのが「アイツら」だと言えば分かるのではありませんか。
物量には限りがあるが精神(大和魂)は無限大だと当時の軍隊ではよく言われていたらしい。
それを実行したのが牟田口廉也なのでしょう。
山岸さんは正義の定義については言っていませんが、わたしにとって「正義」とは、精神論や机上の空論や観念ではなくはっきり形に見えるものです。
それは法の下の平等です。
だれに対しても法が厳格に公平に適用されることがわたしの思う「正義」です。
いまの日本に最もないものです。
国民も国土も疲弊させるだけさせて「世界の中心で輝く国にしよう」と言っている総理に、マンデラさんの偉大さは永遠に分からないでしょう。
死んでも死んでも分からないでしょう。


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by michi-no-yuri | 2018-07-19 10:23 | Comments(0)

静かな日本が帰ってくることはもうないのだろうか。

サッカーが終わったら次は高校野球が始まります。
一度でもいいから高校野球の無い清々しい夏を経験してみたいと思うのですが、半永久的にそういうときはこないでしょうね。
セミの声、風鈴の音、小川のせせらぎ、そんな夏、、
かって沖縄の少女が「わたしたちに静かな沖縄を返してください」と絶叫したように、わたしも「静かな日本を返して」と言いたい。
災害の対策もそこそこに政府はIR法案を何としても通したいようで、総理はその理由を観光客をたくさん呼び込めるからだと言いました。
そんな理由は後付けだし、それに観光客なんかもう来ないでほしいのです。
日本の風習やお祭りが半ば観光客のための見世物になっていて、わたしなんか情けないことだと思うのですが、日本人の多くはこれも「日本スゴイ」の範疇で捉えるのでしょうか。

きのう、参院内閣委員会で、いままでアンタッチャブルだった下関市長選事件に山本太郎さんが鋭く切り込みました。
安倍陣営は相手候補を落選させるべく暴力団を使って誹謗中傷のビラをばら撒かせたのですが、暴力団が期待した報酬が得られなかったことに腹をたてて、安部事務所や自宅に火炎瓶を投げいれたという事件です。


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総理の答弁を聞いて、今更でもないのですが、自分を被害者にし、さらに恐喝には屈しなかったということを強調するという問題のすり替えの手法には天才的なものがあります。
こんな人間、犯罪史をひもといても滅多に見つかるものではありません。
しかるにこういう人間を自民党はまだ総理に担ごうとしているのです。
みんな狂ってしまっているのです。

サッカーで優勝したフランスの選手にアフリカや中東系が半数くらいることを娘がまるでフランスは人種差別のないいい国のようにように言ったので、わたしはそうではないと思うよと言いました。
やっぱり、日本もそうですが、フランスも解体されつつあるのではないかと思ったからです。
世界統一政府を目指す前提として、国家はあってはいけないのです。
人種差別を撤廃し、国境を無くし、人の往来を自由にするのはなんと素晴らしいことかとかれらは言うのですが、そんなことを信じてはいけないのです。
本音はまったく逆のところにあるからです。
かれらは平和や平等や人権などにまったく関心がないばかりかそういう思想を敵視します。
日本の改憲派は知ってか知らずかそういう連中の言うことを実現しようとしているのです。
小泉進次郎の言う「改革」も「解体」だと思って間違いありません。


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by michi-no-yuri | 2018-07-18 10:17 | Comments(0)

みんな狂っていく。

「自民亭」の宴会での集合写真は多くの人の目に触れることになりましたが、「バンザイ」と言って会を締めたという上川さんが総理の隣で親指を立てている写真は余り流布していません。
開店から5年以上になるという「自民亭」ですが、総理はなぜこの日に初参加を決めたのでしょうか。
総裁選対策だと言われていますが、わたしは違うだろうと思います。
上川さんに声を掛け、自ら「獺祭」を持参して参加したのは、翌朝の死刑執行の前祝いだったに違いありません。
総理は翌日、日本が大騒ぎになるのを想像して内心ニンマリしていたのではないでしょうか。
自民党がこんな党になった淵源は小泉政権にあると思いますが、小泉純一郎は売国奴ではあっても決して戦争しようなどとは思わなかったでしょう。
限りなく近いかもしれませんが小泉純一郎はサディストではあってもサイコパスではなかったでしょう。
サディストにはまだ反省や罪悪感があるのに比し、それがないのがサイコパスだということで、そこに小泉純一郎と安倍晋三のわずかな違いがあるのかもしれません。
罪悪感がないのがサイコパスとは、まさに総理の本質です。
いくら嘘をついても良心が痛むことはありません。
警報が出ているさ中での宴会についても、まだ総理は何も説明責任を果たしていません。


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イチバン恐ろしいのは、サイコパスは他人の良心も眠らせることです。
上川さんにしても、もしかしたら、総理と会ったことでおかしくなったのかもしれません。
中山恭子さんもそうです。
常識と教養を兼ね備えた女性という印象でしたが、総理の近くに居たことでいまは単なる右翼婆に落ちぶれています。
驚くのが、小野寺防衛大臣が前言は嘘だったと言ったことです。
それを言っても辞任するでもなく平然としているのは狂っているからだとしか思えません。
河野外務大臣も狂っています。
総理に続けとばかりに世界を飛び回っていますが、していることは外交と言えるほどのものでもなく、地位を最大限に利用して楽しんでいるという感じです。
総理のサイコパスがみんなを狂わせたのです。
国民も狂うでしょう。
国がおかしくならないはずがないのです。


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by michi-no-yuri | 2018-07-17 11:18 | Comments(0)

志らくさんは何が言いたいのでしょうか。

立川志らくさんの発言が問題になっていたので読んだのですが、何を言いたいのかサッパリわかりませんでした。
だれもお酒を飲んだことなど問題にしていません。
「なぜ自民党の人が呑気に酒を飲むような状況になってしまったのか」を究明、解明しなければと言っていますが、究明とか解明とかそんな難しいことでしょうか。
何を言っているのかと思います。
「ナニをしてやがる、バカヤローが」と言うのが落語家だと思うのですが、談志さんの高弟?だから人とは違う学のあるところを見せなければとか思ったのでしょうか。
気象庁が会見を開いて、かって経験をしたことがないような雨に警戒するようにと警告を発し、すでに被害も出始めてていた時点で宴会に興じていたことが問題なのです。
それにどんな究明や解明が必要ですか。
バカも休み休み言ってほしい。
志らくさんは、官邸や総理の危機管理を問うていることを揚げ足取りだと言うのでしょうか。
有本香さんも同じことを言っています。
こんな大事なときに政権批判をしている場合かと。
こんな大事な時にあなたの支持、擁護する総理が何をしていたかが問題なのです。


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「阿修羅」にこんなコメントがありました。
「私も安倍総理には不満や怒りや危機感を感じている一人ではありますが、『安倍憎し』が先にきて、何でもかんでも安倍総理のやったことをけなすのはおかしくありませんか。」
わたしはこういう意見が大の苦手です。
ご本人は、中庸で是々非々で公正な見方をしていると思っているのでしょうが、もし、ほんとうに安倍総理に危機感を覚えているのならこういう書き方はしません。
危機感がホンモノならこういう書き方にはなりません。
「安倍憎し」が先に来てとは意味不明です。
白とも黒ともつかない人間を憎んだりしません。
個人的には何の関係もない人間ですが、憎むには憎むだけの理由があります。
なんでもかんでもけなすと言いますが、では総理のしたことで一つでも日本や国民のためになったことがありますか。
あったら教えてください。
再度言いますが、あなたの危機感がホンモのならこういう書き方にはならない。


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by michi-no-yuri | 2018-07-16 11:40 | Comments(0)

「見捨てたりしないから」の言葉に涙。

今回の大雨による被害は広範囲に及んでいてテレビに映っているのは針の先ほどの区域でしかありません。
そう思ってテレビを見ないと被害の甚大さが想像できません。

車に閉じ込められた人を助けようと必死にドアを開けようとしていた男性が他に助けを求めたのに、カメラを回し続けたことで批判を浴びた動画を見ました。
カメラマンの行為は別としてわたしが衝撃を受けたのは、沈んでいく車のなかで男性が慌てている様子がないことでした。
頭が真っ白になっていたのか、もう駄目だと思ったのか、間一髪のところで男性が窓からダイブしたのは、助けに行った男性の必死さに我に返ったからなのかもしれません。
3.11のときも、たくさんの車が津波に飲み込まれていきしたが、多くの人はこの男性のように抵抗しても無駄だと淡々と運命として受け容れていったのでしょうか。

真備町の広い範囲が水に浸かり刻々と水位が上がって多くの人が家にとり残されていたとき、消防でも警察でもない民間の人たちが手持ちのボートで救出に向かっていました。
男性の一人は20数回往復した果てに倒れたということです。
ある老人の証言ですが、近づいたボートに助け求めたものの、外にもたくさん救助を待っていた人がいて、そちらを先に助けてあげてと言うと、ボートの主が「見捨てたりしないから心配せんでいいよ」と励ましてくれたそうです。
わたしはこの話を聞き、男性が言った「見捨てたりしない」という言葉を頭の中でなんども反芻しては涙を流していました。


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大人は子どもに、若者は年寄りに、男性は女性にそういう「見捨てたりはしないから」という気持ちを持っているような社会だったらどんなにいいだろうと思いました。
しかし、現実はその逆へ逆へと進んでいます。
安倍政権は、守るべき人と守られるべき人を反目させ憎み合うように仕向けてきました。
奴隷には人を守ったり助けたりはできません。
そういう奴隷を増やそう