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谷間の百合

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「夢」は夢で見るだけでいい。

わたしが「ポツンと一軒家」という番組を見るのは、「生きる」ということの本質や原点を考えさせてくれるからです。
モチロン完全な自給自足などできないのですが、山の上で一人あるいは老夫婦でそれに近い生活をしている人の生きる姿には畏敬と憧憬を覚えずにはいられません。
伐り出した大きな木を一定の長さにカットし、それをL字型の背負子に3本積んで数回往復するという人がいましたが、ああ、この人たちはほんとうに生きるためだけに生きているんだと感動するのです。

「徽宗皇帝のブログ」の「『働くのは食うため』という当たり前のこと」を読んで連想したことですが、教育ではもっとも教えなければならない「生きる」ことの原点があまりにも疎かにされていることに改めて驚くのです。
記事に、たけしさんの次の言葉が引用されています。

ビートたけし「教育が悪いんだよ。夢を持とうとか自分しかやれない事を見つけようとか、いくら言ったってどうせ出来ないんだから。労働する事に違う事を言いすぎ。食う為に働く、でいいのに何で生きていく事の意義とか言ってるんだよ」

地球上のあらゆる生物はただ生きるために生きています。
なんで人間だけがその原点を忘れて生きることに目的を作るのでしょう。
人はパンのみにて生きるものに非ずというのは、何も夢や目的を持てということではないでしょう。


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先日、登山家の栗城という人のドキュメンタリーを見ましたが、わたしはこの人のことは訃報を伝えるニュースで初めて知りました。
この人の生き方にはいろいろ批判もあるようですが、わたしには分からないことです。
ただ、北海道にあるかれのお墓はそれはそれは立派なもので、石の名は知りませんが、光沢のある黒い墓石には「夢」の一字が刻まれていて、それがそぞろもの寂しさをただよわせていました。
かれの人生は「一場の夢」だったとでも言うように。
そういえば、姉の墓碑銘にも本人の希望で夢の字が刻まれています。
60数年生きたあとに、まだどんな夢があったのかと思いましたが、合理主義者だった姉が自分の一生は一場の夢だったと思うことはなかったでしょう。

もう、勉強しろとか夢を持てとかという教育は止めてほしい。
そういう教育がたくさんの「ヒキコモリ」を生み、しないでもいい悩みや苦しみを作り出すのですから。
考えてみれば、教育は欲望を持つことを教えているのですね。
どんな仕事もそれに没頭すれば苦ではなくなるということをわたしは母の看病で知りました。
(もっとも知ったのは母の死後ですが)
そこから逃げたいとか、他にしたいことがあるのにとかいう雑念が「苦」になっていることが分かったということです。
お釈迦さまが、欲が苦の元だと言った通りです。
夢は見るだけでいいのに、なんでそれが目的になるのでしょう。


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# by michi-no-yuri | 2019-01-17 10:20 | Comments(0)

高須克弥さんと竹田恒和さんのこと。

高須克弥さんが、辺野古の海を自分の目で見たいということで、グラスボートからサンゴ礁を見たあとさかんに涙を拭ったという。
わたしも場所は忘れましたがグラスボートで海の底を見てその迫力に驚いたことがあり、まして下がサンゴ礁ならその迫力、美しさは恐怖を覚えるほどの感動だったのではないでしょうか。
高須さんはサンゴ礁が生きていること、移植ができるものではないことを知り、それが土砂によって死んでしまうことを思って涙を流したのでしょう。
レイシストの異名を持つ高須さんにもこういうこころがあったのかとちょっと感動しましたが、これに騙されてはいけないと思ったのが、サンゴのいのちには涙を流せても、戦争にいくことになるだろう若者のいのちには無関心ということがあるからです。
実際そういう人間はたくさんいるのです。

トランプ大統領が「NATO」から撤退したいようなことを言っているようですが、それが沖縄の基地撤退に繋がらないものでしょうか。
アメリカは日本と中国を対立させ、半永久的に日本を支配することだけは諦めないかもしれませんが、歴史では、世界が急転直下の変化をしたこともあり、それに賭けたいと思わずにいられません。


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中國が麻薬を密輸入したカナダ人に死刑判決を下しました。
JOC竹田会長の事情聴取とゴーン逮捕は無関係だと言う人がいますが、先般、ファーウエイの副会長がカナダで逮捕されたことを受けて、中国は13人のカナダ人を拘束したばかりです。
国際関係ではやられたらやり返すのが外交の常道ではありませんか。
なぜ、フランスだけが例外だと思うのでしょう。
きのう、ゴーンさんの保釈請求が却下されましたが、それが今後どのように影響していくのかと不安を覚えます。

竹田会長の記者会見はお粗末極まるものでした。
以前、この件で国会に招致されて答弁しましたが、わたしはそれを見ていて、この人は無能というか何も分かっていないのだなと思ったものでした。
質疑に応じなかったのも無能を隠すためだったのかもしれません。
旧皇族だというだけで会長に据えられた人なのでしょう。
それにしても、旧皇族という肩書がいまでも通用していることが不思議です。
かれらは今の皇族とは何の関係もありません。
皇族の血を受け継ぐ子孫のすそ野の広がりはもしかしたらほとんどの日本人を網羅するかもしれません。
竹田さんもその一人に過ぎません。
「元大学教授」という肩書の名刺を見たことがあります。
人間ってそこまで肩書に依存する生き者なのかと思って人間の悲哀を感じました。
(息子の恒泰は、明治天皇の玄孫を名乗って恥ずかしくないのでしょうか。)


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# by michi-no-yuri | 2019-01-16 10:37 | Comments(4)

橋下徹の動向に注目です。

橋下徹について書いた記事が常に記事ランキングに登場しているのを不審に思っていたところきのうはついに一位になっていました。
最近、露出が多くなっていることと関連しているのでしょうか。
そう言えば、天木さんがポスト安倍に橋下を挙げていて、えっ!そんなアホなと思ったものの、今の自民党ならあり得るかも。
それも一興だと思ったのは、そうなったら世論は連日炎上で国民も黙ってはいないだろうと思ったからですが、この考えは甘いかもしれません。
いまの政治に倦んでいる多くの国民は、橋下の口だけ達者な弁舌が澱んだ空気を吹き飛ばしくれると期待するかもしれないからです。
細野豪志さんが自民党入りを画策しているそうですが、これも橋下徹の動きと連動していそうに思えてなりません。
細野、前原両人は定期的に橋下と会っているようだからです。
この二人が小池百合子さんと組もうとしたことでその正体が腐れ自民党員だと分かっていたのです。

片山さつきさんが、尊敬する政治家は圧倒的に安倍晋三首相です、官邸主導の政治運営には卓越したものがあると語っていますが、仮に総理が失脚したらなんと言うのでしょうね。
東大出て大蔵省に入った超エリートが選挙運動や猟官運動となると、傍目もあらばこそ土下座したり媚を売りまくったりできるのですから、それはそれで凄いことだと感心するのです。
もろもろ出ていた疑惑は結局スルーになったようです。


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きょうの「正論」は防大教授の神谷某ですが、北朝鮮が激動した際も野党の関心はモリカケや公文書改ざんだったと野党批判をしていますが、これって、昭恵さんが言った世界情勢が厳しいときに国内で争っていていいのでしょうかとまったく同じ文脈ですね。
では、世界(北)が激動したときに総理は何をしたのでしょうか。
モリカケで総理を辞任させていたら、外国人労働者の問題も水道民営化もなかったことを思うと、本当に取り返しのつかないことをしてしまいました。
「この6年間、安倍政権の下で、日本外交はそれまでの数年間の停滞が嘘であったかのような目覚ましい成果を挙げてきた」
嗤うしかありません。
この人の頭や目は何のためについているのでしょうか。
目覚ましい成果つて何ですかと訊いてもこの人ゼッタイ答えられませんから。
なぜなら、何もないからです。
自分の目で見、頭で考えたことではなく、どこかで聞いたり読んだりしたことをそのまま書いているだけなのです。

日露首脳会談が迫ってきました。
みんなで成果を期待しましょう。
総理はゴルフ三昧ですが、ゴルフをしているときに妙案が浮かぶのかもしれませんから無下に否定をしてはいけませんw


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# by michi-no-yuri | 2019-01-15 10:40 | Comments(0)

表示されなかったコメント。

しもべさま
下書きが残っているものと思って再投稿をお願いしたのですが、そうではなかったようでほんとうに申し訳ないことでした。
勝手ですが読み易いように一節ごとに改行させていただきました。

遅ればせながら、あけまして…うーん、あまりめでたくないかな。
安倍晋三が去年のうちに失脚&逮捕されていればおめでたかったんですが…。
言葉足らずということでしたが、先日の記事でしっかり言いたいことは伝わっていたと思いましたよ。
私も最近は本を読むようにしているんですが、読み方によって毒にも薬にもなること、それから読む人のレベルによって手に取る書物が違ってくることなんかはかなり共感できますね。
前者の最たる例は聖書やコーランでしょうか。
あれらはまっさらな気持ちで一字一句全文読んで肯定的に解釈していくと、人殺しや差別を決して肯定してはいないことがわかるのですが、実際はそんなふうに読まれていません。
部分的な表現を拾って拡大解釈し、それが悪につながるような読み方ばっかりされているように思うんですな。
後者の例は…まあ私の父はネトウヨ気味なんですが、今朝例のレーダー照射の番組をやっていたんですね。小野寺なんかが出てたな。
そんで私は「この一連の報道はおかしい。公平に見れば韓国の方に分がある」といったわけなんですが、そうしたら「なんでそんなこと言ってんだ」ってキレたわけなんですよ。
朝っぱらから気分悪かったですな。
というか、「なんでそんなこと言ってんだ」って、もうそこからおかしいですよね。
韓国に有利なことは言っちゃだめだと言わんばかりじゃないですか。
本当に、ああいう手合はただただ人種差別に根ざしたヘイトなんですよね。
女の裸を見ると勃起するのと同じレベルで、韓国と聞くとムカッとするんだと思います。
世の中には論理的に考えるってことができない人が一定数存在するんでしょうな。
まあ、言葉が通じないというか。
それこそ論理的に見ると、防衛省が出したあの映像などなんの証拠にもならないことが理解できるはずなのですが(防衛省が映像を出し渋った一番の原因はおそらくそれだと思います。あれではバカしか納得しない)、そういう考えをしない、できない。
うちの父は理系脳みたいで文字の本を全く読みませんが、こういう人に百田とかソッチ系の、所謂「言論モドキ」を与えたらそれこそキチ○イに刃物というか、考えただけでもおぞましいですね。


そういうことなのですか。
防衛省や防衛大臣が映像を出し渋ったのはあくまで両国の関係を慮ったものだと思っていたのですが。(そんなわけないかw)
それをあの人の鶴の一声で出したということですね。
戦場では愚かな上官のせいでどれだけの兵士が無駄死にさせられたことかと思うのですが、それを国のトップがするるのですから国民はたまったものではありません。
ここまで拉致を引き延ばしているのは、もしかしたら北との戦争を考えているのかなと思ったり、、


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# by michi-no-yuri | 2019-01-14 09:21 | Comments(2)

「あのころはお互い大変でしたね」という気持ち。

遠藤周作さんが、電車などで同年輩の女性を見かけると、あのころ(戦争中)はお互い大変でしたよねと声をかけたくなると何かに書いていました。
そんなことを思い出したのは、先日書いた伊丹万作の、戦争になってからはただ自国が勝つこと以外は何も望まなかったという言葉や昭和天皇の戦時中の戦局にたいする言動が公開されたことからの連想ですが、本当にあのころ国民は一丸になって必勝を祈願していたことがひしひしと感じられます。
ところが、戦争に敗けると、戦争映画を撮ったり、戦争画を描いたり、戦争の詩を書いたりした人たちが同じ日本人によって戦争協力者として摘発されパージされました。
しかもそれに対して抗議したり抵抗した人間はいなかったのです。
自国の戦争の必勝を願って創作したものが戦争犯罪に手を貸したということになったのですが、改めてその倒錯した心理に驚かされます。
戦争中の犯罪はあくまで犯罪ですが、自国の戦争を犯罪だと認めたのは日本だけではないでしょうか。
フランスではドイツ軍に協力した人間を市民が私刑にしましたが、日本はそれと逆でした。
むしろアメリカに協力した人間は戦後優遇されたのではありませんか。
戦争が人間を変えるということ以上に日本人は自ら変わったのです。


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わたしはこころのなかで、遠藤周作さんと同じ言葉を昭和天皇に掛けたくなるのです。
全国巡幸で天皇は熱狂という言葉が薄れるほどの歓迎を受けるのですが、それは、やはり戦争中はお互い大変でしたねという言葉を掛けたいという気持ちの発露だったのではないでしょうか。
あれは軍国主義の洗脳によるものだと分かったようなことを言う人がいますが、それなら、軍国主義から一夜にして民主主義に変わったときにその洗脳は解けていなければならないはずです。
みんなが必勝を祈願したのです。
それを後になって否定するのは人間としてハズカシイことです。
日本の戦争を犯罪だと認めたことから天皇の戦争責任論が出てきたのでしょうが、日本だけはそれを言ってはいけなかったのです。
旧ソ連や中国のようなことを日本だけは言ってはいけなかったのです。
世界で戦争責任などいまだかって問われたことはないのです。
日本の一部の天皇憎しに凝り固まっている人間がありもしない戦争責任という概念を創作したのです。

年が明けて初出勤の日、同僚が東京のお土産ですと菓子折りを上司にさしだしたとき、上司が間髪入れずに「一般参賀か」と言ったことに驚いたと娘が話してくれました。
同僚は一般参賀に行っていたのですが、社会の見えないところで、こういう精神が脈々と受け継がれていることにわたしも新鮮な驚きを持ちました。
(決して右よりの職場ではなくあえて言えば逆です)


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# by michi-no-yuri | 2019-01-13 10:12 | Comments(6)

これでオリンピックが中止になり、竹田親子が失脚すれば言うことはない。

ゴーンさんが逮捕されたとき、わたしはフランスがこの後どう出るか不安だと書きました。
意趣返しではないかという見方に対して、竹田JOC会長の贈賄容疑でフランスの検察が捜査を開始したのが2016年5月12日だからゴーンさん逮捕とは関係ないと言う人がいますが、では、なぜ3年近くも前のことを今持ち出したのでしょうか。
その後続報がなかったので捜査は打ち切られたとばかり思っていたのですがそうではなかったということでしょうか。
200万ドルはコンサルタント料だという竹田会長の主張が認められるかどうかというだけことですが、フランスがそれを賄賂だと立証するには何が必要なのでしょう。
それが立証されたら会長の逮捕となりそれで終わるのか、それともオリンピックも中止になるのか分かりませんが、その両方を望む国民は多いと思います。
そうなったら大変だと、ここは総理の出番となるのですが、ゴーン釈放にでもなるのでしょうか。
中國の海洋進出阻止で日本とフランスが海洋安保で連携を強化するということで、これは総理の強く望むことでもあり、フランスには譲歩するしかないでしょう。
ゴーン逮捕が11月19日、竹田会長が3年近く前のことで事情聴取を受けたのが21日後の12月10日です。
これでも無関係だと言えるでしょうか。


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きのう夕、総理夫妻が海外旅行から帰ってきました。
何のために行ったのか、それは総理が出向いていくほどのことだったのか、だれも何も言いません。
イギリスのEU離脱でイギリスに進出している日本の企業が不利益を被ることがないようにと言いに行ったようですが、それを言うためにわざわざ行きますか。
オランダ訪問にいたっては尚のこと理由が分かりません。
その間、妻の昭恵さんの買い物や食事に付き合わされることになる当地の大使館員は大迷惑でしょう。
総理夫妻がこれほど国家を私物化しているのは、アフリカの発展途上の未開国の酋長くらいではありませんか。
日本はついにそんな国になってしまったのです。
人が想像する以上に、日本は無法国家になっているのです。
厚生省の統計不正で与党の議員も怒り心頭だということですが、何を今更です。
公文書改ざんで怒りましたか。
公文書改ざんが罪に問われないということは、もう日本が国の態を為していないということです。
総理の嘘で始まり、総理の嘘で終わることになるのでしょうが、
早くその終わりが来てほしい。


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# by michi-no-yuri | 2019-01-12 10:23 | Comments(0)

言葉足らずでした。

先日の記事が言葉足らずでしたので補足します。
「本を読むことの弊害」ですが、本自体に罪はないのに読む人間によってゲスにも狂気(凶器)にもなるということです。
それほど世の中には読解力に欠ける人間が多いということです。(人のことを言えませんが)
また、本を読むことと人間性や教養は関係ないということが言いたかったことでした。
福田恒存が(以前にも書いたと思う)「教養について」書いていた中に、田舎のバスに乗っていたときのこと、途中から姑と嫁という感じのふたり連れが乗ってきて隣に座ったということですが、姑と思われる女性はエプロンをつけたままだったということですが、その女性が突然窓を開けてもいいかと声を掛けてきたのだそうです。
福田恒存が虚を突かれたように感じたのは相手が田舎の無学の女という先入観のせいなのですが、実はこれが「教養」というものではないかと書いているのです。
西部邁さんは「保守とは妻の看病をすることだ」と言ったそうですが、この二人の知識人の言葉もそこそこ読解力がないと理解できないのではないでしょうか。
余談ですが、西部さんの自死は、奥さまを亡くされたことに原因があるように思います。
江藤淳さんも奥さまに先立たれたことの喪失感、空虚感、孤独感に耐えられずに自殺しましたが、喪失感は恐怖にまでなっていたのだと思います。
お二人に共通しているのが、奥さまが最良の「話し相手」だったということではないかと推測していますが、「話し相手」としての妻の存在は大きかったと思います。


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本を読まない妻を無学(大学出)無知だと愚痴る兄が読んでいるのがゴミのような本なのです。
人間としてみたら明らかに妻が優れています。
百田尚樹はクラシックレコードを2万枚所蔵しているそうです。
高尚な音楽を聴いてもゲスはゲスだという見本です。
そもそもクラシック音楽はなぜ高尚なのでしょうか。
演歌やムード歌謡は人間の劣情を刺激するからというのなら、高尚な音楽は高い精神性と共鳴しなければなりません。
そんなもの爪のアカもないではありませんか。

福田恒存の言っていることは、「教養」とは配慮(こころ配り)ができる人間だということでしょう。
きのう書いたことですが、人権も尊厳も教えられるものではなく本来人間が持っていなければならないものだというのがかれの言う「教養」というものだと思います。
勉強と競争に明け暮れている人間は、その間に「配慮」するというこころを失っていくのかもしれません。
忖度されることに慣れている政治家や、強い立場の検事などに「配慮」を求めることの虚しさ。
暴言検事などヤクザと変わらないではありませんか。
どんな家庭のどんな親に育てられたらそうなるのですか。


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# by michi-no-yuri | 2019-01-11 10:35 | Comments(6)

法はどんな人間にも公正に適用されなければならない。

拘留理由開示手続きの法廷にゴーンさんは手錠、腰縄にサンダル履きという恰好で入廷したという。
人権や尊厳に対する一片の配慮もない非人道的な扱いにわたしは愕然としました。
経験がなくても、それがどれほど屈辱的なことかは想像できます。
外国人記者の質問も専ら長期拘留に対する人権問題に集中したということですが当然です。
日本で人権、人権と言われているのは特定の人のことだと思っているのか自分に当てはめて考える人はあまりいないようです。
しかし、人権も尊厳も教えられるものではなく、本来人間が持っていなければならないものではないのでしょうか。
自白するまで釈放しないといういわゆる「人質司法」一つとっても日本は先進国でも文明国でもありません。
「日本の刑事司法は中世」との指摘はその通りです。
わたしはゴーンさんに好感は持っていませんが、だからと言って辛い目に遭えばいいとはゼッタイに思いません。
どんな人にも法は平等に公正に適用されるというものでなければいけないのです。
法が、警察や検察や裁判所の恣意や裁量でどうにでもなるような社会は無法国家です。
文明以前の社会です。
世界から何を言われても、改革、改善しようという気運も兆候も感いられないことに絶望します。


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ゴーンさんの主任弁護人は大鶴基成という人で、わたしはこの名前と顔は忘れません。
陸山会事件で小沢一郎さんを立件し逮捕することに異常な情熱を傾けた人物ですが、なんであんなに熱心だったのでしょう。
その後、弁護士に転身して今回の件では検察の手法を批判しているというのですから、人間なんて立場次第だということです。

籠池諄子さんが著書の中で、取り調べの検事から「クソババア」「もういつ死んでもいい年だろう」と言われたと書いているそうです。
61歳の人間に、いつ死んでもいい年だろうと言ったというところに上級国民の心情がよく出ています。
自分たち以外の人間はもう人間とも思っていないのです。
だから社会保障費を削減したり年金受給年齢を引き上げることになんの痛痒も感じないのです。
大晦日の炊き出しを山本太郎さんが手伝っていましたが、以前ならニュースになったことがもうマスコミは見向きもしなくなりました。
炊き出しに来るような人間や下流老人といわれる貧しい人間はもう国民の数に入っていないのかもしれません。
麻生さんなら、「それでもまだ生きたいのか」と言いたいところでしょう。
検事の暴言ですが、わたしはそんな言葉を吐く人間はどんな家庭環境で育ったのだろうと思わずにいられません。
人にそんな言葉を吐ける人間は一度も自分のこころを醜いと思ったことなどないのでしょうね。


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# by michi-no-yuri | 2019-01-10 10:47 | Comments(0)

嘘つきには嘘つきしか寄ってこない。

産経を除く大手三大紙に、宝島社の「嘘つきは、戦争の始まり」という全面広告が載ったのは画期的なことでした。
こういう広告が新聞に載るというのは、警告を発せざるを得ない状況に来ているということです。
後世「総理の嘘で戦争が始まった」ということになるという警告でもあるのですが、どれだけの人がそれを感じ取ったかということになると絶望的です。
辺野古の土砂投入にあたっては、事前にサンゴを他に移植していたという総理の発言は、とても総理の脳内から出た嘘とは思えません。
玉城知事がだれからのレクチャーかと訊ねているように、総理に嘘の報告をした人間がいるのです。
その人間がなぜ嘘の報告したかと言えば、総理が嘘つきだからです。
総理が言葉に責任を持つような人間ならそんな大それた嘘をつく人間など出てくることはないのです。
本来なら、総理は自分の名誉wのためにも嘘の報告をしたした人間に厳しい処分を下さないといけないのですが、嘘の総家というか本家本元の総理にそれはできません。
嘘の報告を受けるほど自分が軽んじられているということが分からないようです。


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中島岳志さんがこう言っています。
「先行きの見えない時代に人々が望む政治家に、わたしが「断言型」と呼ぶタイプがいます。あやふやなことを言わず「断言」する。反対者を罵倒して「決定」する。国民は断言や決定が正解だと考えて安心してしまう。」
わたしはその「断言型」の人間を憎んできました。
石原慎太郎、橋下徹、それに亀井静香も加わりましたが、総理の周辺の人間は全部「断言型」と言っていいでしょう。
断言型の大元はヒットラーですが、断言が受け入れられるには、社会や経済が不安定だという背景があり、人々は断言や決定に安心を得るのだと思います。
ファシズムの入口です。
アヒルは生まれて最初に見たものを親だと思うそうですが、断言型の人間もそうで、最初に頭に入ったがものがすべてで他に視野が行くことはありません。
しかし、橋下徹はそう単純ではなく、悪賢く如才のないかれは即座にその場の空気や時流に合せます。
単純な断言型人間の石原慎太郎などはそれに翻弄されていましたね。
断言型の人間は他の世界を知ろうとしませんから、いまだにバカの一つ覚えで、憲法はGHQが9日間で作ったものだと言うのです。
きのうは小堀桂一郎さんが「正論」で憲法改正が緊急の課題だと書いていましたが、この素朴で敬虔?な尊皇主義者だと思われる人間も「大きな声」を出すわけではありませんが、本質的に断言型の人間と言っていいでしょう。
「素朴」にも当然悪い意味があるのです。


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# by michi-no-yuri | 2019-01-09 10:29 | Comments(0)

「戦争責任」という言葉は日本だけで通用する概念ではないでしょうか。

きのう天皇皇后両陛下は昭和天皇の墓陵である武蔵陵を参拝されましたが、余命半年といわれた母が最期のお願いだと言ったのが武蔵陵へ行くことでした。

天木直人さんが、「平成の終わりに昭和天皇の免責を目論む朝日の情報操作」の記事の中で、今上天皇の退位とともに昭和天皇の戦争責任を不問のまま終わらせようとしていると書いています。
わたしは「戦争責任」という言葉が当然のように、既成の事実であるかのように書かれていることに驚くのです。
わたしもかっては、陸海軍を指揮する大元帥なのだからその立場上の責任はあるだろうと簡単に考えていたのですが、いまはそう思っていません。
そもそも「戦争責任」とは何だろうと。
勝利していれば責任を問われることはないのですから敗戦の責任を問うているのでしょうか。
しかし、敗戦は軍人や政治家が招いたことで、天皇に直接の責任はありません。
結局、天皇が開戦を承認したということの責任ということになります。
天皇はすべての国民を敵に回しても戦争反対を貫くべきだったというその一事が問われているのです。

総理の靖国参拝について亀井静香さんと橋下徹が喋っている動画を少しだけ見たのですが、亀井さんって駄目ですね。
歴史観は総理とほとんど変わらないのです。
戦争は天皇の命令で始まった、天皇は明治憲法下で絶大な権限があったのだから戦争を止めようと思えば止められたとトンデモナイことを言っています。
それに対して橋下徹は「指揮命令は出さないという立憲民主制の中でのこと」とまともなことを言っているのです。


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あのころ、国全体が戦争に向かっていたのです。
そして戦争になると天皇初め国民は一人残らず日本の勝利を祈願したのです。
戦後、あらゆる分野で戦争協力者があぶり出されて追放されました。
これはGHQの命令だったのでしょうか。
それとも同じ日本人がGHQに媚びて率先して同胞を売るようなことをしたのでしょうか。
伊丹万作は戦争映画を撮らなかったことで、戦争犯罪者を指摘し追放する側に自分の名まえが勝手に使われていたことに抗議してこう書いています。(戦争映画を撮らなかったのはたまたまのことだったと)

もちろん、私は本質的には熱心なる平和主義者である。しかし、そんなことがいまさら何の弁明になろう。戦争が始まつてからのちの私は、ただ自国の勝つこと以外は何も望まなかつた。そのためには何事でもしたいと思つた。国が敗れることは同時に自分も自分の家族も死に絶えることだとかたく思いこんでいた。

これが、当時の国民みんなのこころではなかったでしょうか。
それが戦争が終わった途端、自分は戦争に反対だった、騙されていたと言い出したのです。
さらに、天皇の戦争責任まで言い出す人間が出てきたのです。
世界に戦争責任という概念があるのでしょうか。
いままで戦争の責任を問われた者(国) 謝罪した者(国)があったでしょうか。
侵略戦争を認めて詫びた国があったでしょうか。
わたしは寡聞にして知りません。


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# by michi-no-yuri | 2019-01-08 10:29 | Comments(0)

本を読むことの弊害。

帰省した総理が父晋太郎さんのお墓に参っている映像を見て、その墓地の広さに目が行ったのですが、わが家の墓のある霊園にも6畳~10畳はあろうかと思えるようなお墓が点在しているのですが、墓の主の名まえは例外なく朝鮮名です。
やはり、同じDNAなのかなと思うのはあくまでわたしの個人的感想です。
総理が頻繁に帰省するのは、なにか緊密な関係を維持しなければ不都合な事情でもあるのだろうかと勘繰りたくなります。
山口の人も、こういう人間を総理に担いでいては末代まで肩身の狭い思いをすることになるとは思わないのでしょうか。

きょうの「徽宗皇帝のブログ」に「バカの壁とはこころの壁」ということで、バカとは知識の多寡でも東大卒でもなく「世界の見え方」の問題だと書かれています。
では、その「世界の見え方」の「世界」とは何を指すのでしょうか。
先日兄にあったのですが、いつものことですが、子どもたち(もうみんな3.40代ですが)が本を読まないことを愚痴るのです。
結婚する前に妻の実家にいったとき、本の一冊もなかった、だから子どもも本も新聞も読まない人間になったと言うのです。
しかし、兄の言う本とは、「正論」に象徴される種類の本であり、新聞とは「産経」なのです。
もし、朝日でも読もうものなら、新聞を読まないこと以上に慨嘆、悲憤するのは明らかです。


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ウーマンラッシュアワー村本さんは本を読まないそうです。
わたしも読みません。
読んだと言えるのは、中学生のときと、皮肉にも子育てに忙殺されていたころだけでした。
三島由紀夫が、本を読む若者は嫌いだと言っていたと思いますが、わたしもその気持ちがよく分かります。
最初に出会った本、最初に出会った人の言葉が出発点にも通過点にもならず、それだけが世界になってしまう人がいるからです。
一生そこから脱け出せない人がいるのです。
わたしは、本を読んでいるという人に人間的魅力がないのはなぜだろうと思うことがよくありました。
(もちろん、わたしが一流の読書人を知らないからということもあります)
本を読む人は大体人の話しを聞きません。
そこにいる、目の前の人間に関心を持ちません。
ウーマン村本さんは、本からではなく、より多くの人から話を聞いて考えを広め深めて行っているように思います。
わたしはそうであるべきだと思います。
生きている世界、生きている人から学ぶことが「生きる」ということだと思うのです。
しかも、「生」は連続した世界ですから当然そこには過去も存在しています。
現実の中に過去があり過去もまた現実だということだと思っています。
「世界の見え方」の世界とはそういうことではないでしょうか。


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# by michi-no-yuri | 2019-01-07 10:18 | Comments(0)

野党こそ「保守」を名乗れ。

京都の東大路通りに観光客の女性目当てのキモノの店がたくさんできていて驚きました。
3000円からあるようです。
季節感の無い大漁旗か風呂敷を思わせるような絵柄や色彩のキモノです。
着物文化は時代と共に変遷するだけでなく、黒船の襲来のような外国人観光客の欲求に目を付けた商売人によって作られていくのだという現実を眼前に見て、もうこれは逆らえない流れなのだと思いました。
何千年も積み重なってきた文化も破壊は簡単です。
わたしが天皇制と元号を最後の拠りどころだと考えるのも、それがなくなるともう日本は日本で無くなるからです。
天皇制廃止を唱える人は、これから迎える移民国家で、何を以って日本、日本人だとするのでしょうか。
それとも、コスモポリタンがいいということですか。
コスモポリタンなんてそれこそお花畑脳の考えることではありませんか。

総理が伊勢神宮に参拝した同じ日に立憲民主党の枝野代表なども参拝しました。
保守層の取り込みが目的かと批判する声があったようですが、それのどこが問題ですか。
自民党は、保守はもちろん右翼でもナショナリストでもなく、保身のために売国しているだけの連中ではありませんか。
野党こそ「保守」を名乗れ。
日の丸を掲げて日本を守ろうと叫べ。


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自民党の移民1000万人構想というものがどこからでてきたのかと思っていたのですが、どうせそんなところだろうと思っていたのですが、やはりジョージ.ソロスが仕掛け人らしい。
CSIS抜きにしてそんなことを考える人間はいないのですから。
山本太郎さんが言うように、政権与党の政策はみんなCSISからのリクエストなのですから。
移民1000万人構想も例外であろうはずがありません。
一応、坂中英徳という「移民政策研究所」の肩書を持つ人間の提唱ということになっていますが、わたしは以前からこの人物にいかがわしさを感じていました。
この人物にそんなことを考える能力も力もあるとは思えません。
出所は全部CSISに決まっているのです。
なぜ、自民党の政治家がそれに従うかといえば、弱味を握られているということと利権のお裾分けに与れるからでしょう。

もし、ある国の数十万の移民が団結して暴動を起こせば政府に為す術はありません。
自衛隊をもってしても鎮圧はできません。
国民は腑抜けのようにただ見ているだけでしょう。


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# by michi-no-yuri | 2019-01-06 10:47 | Comments(0)

年が改まるということ。

2日の一般参賀に、去りゆく天皇と平成の御世との別れを惜しんで15万人の人が皇居に足を運んだということです。
天皇はお出ましを二回増やしてその気持ちに応えられました。
次はどんな元号になるのでしょう。
元号制は百害あって一利なしだと言う人がいますが、なんと勿体ないことを言うのでしょうか。
個人的に、形式的な慣習はことごとく排除してきたのは、天皇制という不合理の象徴のような文化への安心感があることが大きいと思います。
もし、年号が西暦だけになると、無機質でのっぺらぼーの顔のない人間のようで、わたしは想像するだけで気が滅入ります。
囚人は番号で呼ばれることで、基本的人権も人格も否定されますが、そんな感じだと言えばイチバン分かり易い。
元号は国にとっての人格なのだと思います。
天皇も元号も否定する人は文化というものを何と心得ているのだろうと思わずにはいられません。
天皇制という不合理こそがまさに日本の文化であり、守るべきものではありませんか。
世界はほとんど西暦だと言いますが、世界の潮流といえば、なんとなく正しいことのように言うのは止めてほしい。


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お正月気分というものがなくなりました。
きのう、うつらうつらしながらむかしのお正月風景を思い出していたのですが、それは全身が切なさと甘さに充たされていくような感動的な感覚でした。
年が改まるという感覚はとくに日本人に顕著だということですが、大晦日の24時と同時に気分が改まるというのはまさにミニ「革命」といってもいいくらいの日本の文化ではないでしょうか。
しかし、年は改まりましたが、厄病神がまだ居座っているのでこころが晴れることはありません。

ことしも一月から総理の外交日程が詰まっているようです。
いつまで国民は総理の外交しているフリに付き合わされるのでしょうね。

プーチン大統領が新年恒例の国民へのビデオメッセージで
「ロシアを助けてくれるものはないし、これからもない。そのため、我々は強く団結したチームにならなくてはいけない」と言いました。
わたしは、これは自国の国民へというより日本政府と日本国民にあてつけたものではないかと思いました。
まだ日本人はアメリカが日本を守ると思っているのかと言いたいのだと思いました。
総理が決然と同じことを言うだけで、米軍基地は不要になるかもしれないのです。
F35戦闘機を100機購入する必要もなくなるのです。
防衛というものを軍備面でしか捉えられないような愚かな総理で日本はいつ破滅してもおかしくありません。


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# by michi-no-yuri | 2019-01-04 10:30 | Comments(0)

日米合同委員会や郵政民営化とは何だったのかのをもっと国民に知らせてほしい。

きのう、TBSの「報道2018」を用をしながらチラチラ見ていたのですが、日米合同委員会や郵政民営化について踏み込んだ画期的な番組だと思いました。
日米合同委員会のアメリカ側の委員は一人を除いてみんな軍関係者であり日本側はみんな官僚でした。
なぜこんな勝手な秘密会議で決まったことが日本国憲法の上にくるのかということについて、出席したことのある森本敏さんによるとだれ一人異議を唱える者がいなかったということですが、あなたが言ってもよかったではありませんか。
何を他人事のように言っているのですか。
いまだにそのせいで日本というより沖縄がもがき苦しんでいることをどう思っているのかと激しく問い詰めたくなる。
委員会の合意書には、この合意は日本国憲法の上にあって憲法の制約を受けないと明記されているのでしょうか。
それとも明記されていないのに「忖度」でそういうことになっているのか、知りたいところです。


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郵政民営化とは郵便局の簡易保険をアフラックに売ることが目的だったという理解でよろしいでしょうか。
小泉さんへのキックバックはどれくらいだったのでしょう。
その中には息子を総理大臣にするという論功行賞も約束されていたのかもしれませんね。

一月下旬のプーチン大統領との会談について、総理が「具体的な議論を始めたい」と言って、いままで何も具体的な議論がなされていなかったことが分かりました。
ウラジオストックでは、プーチン大統領の突然の提案にニヤニヤするしかなかった総理ですが、その後の総裁選での討論会で、「何も進展がなかったではないか」との記者の質問にはキッパリと「ウニで合意した」と答えたということですw
あたしは最初「ウニ」の意味が分からず、地名か重要案件の略称かと思ったものでしたが、ただの「ウニ」でした。
次の会談では「カニ」、その次は「サケ」での合意となるのかもしれません。
こんなことは何も総理が出向いていくことではないのですが、「外交の安倍」の看板や世評を維持するためと遊び好きな妻を喜ばすためにどうしても出て行かざるを得ないのでしょう。
いつか、それにかかった費用を国庫に返してください。


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# by michi-no-yuri | 2018-12-31 10:41 | Comments(0)

いまこそ聞こえなければならない「軍靴の響き」なのに。

レーダー照射の映像の公開は総理のツルの一声で決まったということですが、IWC脱退もそうだったと思います。
きょうの新聞のあるコラムに「制御不能な韓国型民主主義」とありましたが、民主主義が制御不能に陥っているのは日本です。
灯台下暗しと言いますが、暗いのは灯台の下と言う前に、自分が盲目になっていることがなぜ分からないのでしょう。
韓国は、陸続きと海を隔てた二つの独裁国家に挟まれているようなものです。
まだ韓国は辛うじて民主主義を保っているのではありませんか。
総理のツルの一声で決まっていくと聞いても、もうだれも何も感じなくなったのでしょうか。
わたしには腰が抜けんばかりの驚きなのですが。
戦後民主主義もシビリアンコントロールも何だったのかと思う無力感はハンパではありません。
日本は総理のツルの一声で戦争になるかもしれないのに。
永田町も自衛隊もみんなバカになったのですか。
総理に意見しても北朝鮮のように死刑になることもないのに何をそんなに怖れるのだろうと思ったのですが、実際は怖れることさえなくてただ流されているということなのかもしれません。
一度立ち止まって、いったい自分はなにをしているのだろうと、はっと我に帰ることもなさそうですね。


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「しもべ」という人のコメントに
「来年度の代替わり前後から政府の皇室に対する卑劣な攻撃が多くなると考えます。」とありましたが、わたしもそう思います。
何百年と幕府の管理下、保護下にあった朝廷ですが、それはいまも変わっていないのです。
明治から天皇は担がれて表に出ましたが、本質は何も変わっていないのです。
政府(幕府)は天皇が自分に逆らうことを決して許さないでしょう。
しかし、わたしは国民の最後の最後の選択を信じたいと思っています。
天皇の、憲法は日本人の手に成るもので、それに知日派の米人が協力したと言われたのはいまさらですが凄いご発言です。
総理のみっともない憲法で,GHQが9日間で作ったという妄言を真っ向から否定されたからです。
そのとき、安倍支持者というより従来の自民党支持者の間から戸惑いや動揺が起きたということですが、わたしが最後に国民の選択を信じたいと思ったのもそこなのです。
天皇と総理のどっちをとる?と兄に聞いたとき、数秒おいて、「それは天皇や」と言いましたが、いまだに安倍信者です。(百田尚樹のファンです)
しかし、それでも最後は天皇をとるだろうとわたしは思っているのです。


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# by michi-no-yuri | 2018-12-30 10:23 | Comments(0)

天皇はそれが言えなかった。

「逝きし世の面影」の「前日夜に全員逃亡していた東電職員」を読んで、初めてその事実を知りました。
自分も、もし東電職員の家族なら同じ行動をするのだろうかという恐怖にも似た感情に襲われましたが、逃げた人の中に一人も住民のことを思った人はいなかったのでしょうか。
東電職員は逃げることで頭がいっぱいで自分が「東電」の看板を背負っているという自覚も失くしていたのでしょうか。
「人でなし」とはこういう人間を指して言うのでしょうが、自衛隊も例外ではなかったようです。
自衛隊員が一軒一軒回って避難を呼びかけていた映像がありましたが、あれはいつの時点のことだったのでしょう。
これほどの混乱のあと、そう時を経ずに人々から急速に恐怖が薄れていったのは、いうまでもなく政府とマスコミによる世論操作のせいでした。

きのう、こんなことを考えていてふと気が付いたことがあります。
天皇のお言葉の中で「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに心から安堵しています」と言われたのですが、フクシマは?という疑問です。
一つ一つ取り上げ語られた災害の中に東日本大震災の名はありましたがフクイチの原発事故は入っていませんでした。
戦争ではありませんが、国土の一部が汚染され、住民は時間をかけて人知れず健康を害し死んで行きます。
戦争なら山河は残りますが、放射能はその山河を人の住めない土地にします。


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天皇がフクイチのことを総理にご下問されないわけがないのです。
そのとき、総理が、まったく問題ありません、すべてはコントロールされていますと答えたら、天皇はもう何も言えなくなるのです。
(総理は、天皇を言いくるめることなどチョロイものだと思っていることでしょう。)
昭和天皇は、戦争中、上がってくる報告に「嘘ばかりだ」と激怒されたそうですが、こういうことも後からしか出てきません。
おそらく、数年、数十年後に平成天皇は総理に激怒されたという話が洩れてくるのではないでしょうか。
天皇には「言論の自由」も「基本的人権」もありません。
権力者による天皇への有形無形の圧力は国民の想像と理解を超えるものでしょう。
そういうことが分からない人間が天皇の戦争責任を言うのです。
自分たち国民も権力者といっしょになって戦争に賛成したくせに。

石垣島に自衛隊の基地がつくられつつあるそうです。
市長が積極的に誘致していたと思いますが、沖縄の今に続く悲劇の本質が何も分かっていません。
基地は最初の攻撃目標になり戦場になります。
そのとき、自衛隊は島民のことなど構わずに逃げるでしょう。


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# by michi-no-yuri | 2018-12-29 09:31 | Comments(2)

天皇は承認(サイン)を拒否することができる。

ジャーナリストの高野孟さんが「日刊ゲンダイ」のコラムで書かれたものらしいのですが、大変なことが書かれていました。
実は、わたしも長い間それを書きたかったのですが、法律の知識がない上に畏れ多いことでもあるので書けずにいました。
小山泰生著「新天皇と日本人、友が見た素顔、論じ合った日本論」という本の紹介なのですが、著者の小山という人は皇太子の学習院の同級生の中でもとくに親しかった人だということです。
天皇は国政に関する機能を持たないと憲法に規定されているのはだれでも知っていることですが、ところが、著者は次のような権限が天皇にあることを明かしています。
これこそわたしがずっと思ってきたことでした。

「「しかし、たとえば、あがってきた法律が憲法上の手続きに瑕疵の疑いがある場合は、第99条の憲法擁護義務によって、法理論上も法律の署名と交付を拒否することができるのです。さらに、国会で可決された法律ができたとしても、天皇がそれにサインをしなければ、その法律は成立しないというのが、この憲法の定めるところです。」


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今上天皇は、戦争の反省と昭和天皇のこころならずもの負の遺産、それに向き合うことだけが自分の務めだと思ってこられたのではないでしょうか。
わたしは、生前譲位は、自分にはできないが(自分の任ではない)皇太子ならそういう権限を行使できる、或いはさせたいと思って決断されたのではないかと思いました。
皇太子ならハッキリ言われるのではないでしょうか。
2004年の欧州訪問前の記者会見で、雅子の人格を否定するような動きがあるのは事実であり、自分は全力で雅子を支えていくと言われたことに世間は驚きました。
そのお言葉通り、皇太子の忍辱によって妃殿下が再び明るい笑顔を取り戻されたことは感動的ですらあります。
今上天皇はそういうことは言われませんでしたが、天皇としての最後の誕生日に国民に向けて皇后を労いたいと言われました。
新天皇は、憲法改正にサインされないでしょう。
日本を破壊し国民を不幸にする憲法をどうして認められるでしょう。
高野さんは記事の最後をこう締めくくっています。

「 本書では、これは著者の説のように書かれているが、副題にあるように彼が皇太子と「論じ合った日本論」が反映されていることは間違いない。となると来年5月以降、天皇と政治の関係は穏やかならざるものとなっていく可能性を秘めているとみなければならない。」

すでに、先の秋篠宮さまの発言でその兆しは見えています。


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# by michi-no-yuri | 2018-12-28 10:32 | Comments(2)

IWC脱退は序章に過ぎない。

経団連の審議委員会で、総理はニヤニヤしながら賃上げの要求をしていました。
要求は6年連続だそうで、自分は国民のために毎年言っているんだというアリバイ作りだからニヤニヤとふざけていられるのです。
多くの国民にとっては死活問題なのだという意識がちょっとでもあればあのようなふざけた態度はとれません。
自分たちの回りでは景気のいい話が飛び交っているのでしょうが、
国民の中には食費や暖房費を節約しなければ生活できない人もいるのです。
つまり、総理は自分の回りだけを見て景気判断をしているのです。

IWC(国際捕鯨委員会)脱退は、脱退のための脱退です。
これは序章に過ぎません。
次の国連脱退が見えてきました。
そのための河野太郎です。
かれは権力を持っていることが嬉しくてならない様子です。
専用機を要求していますが、あんたは仕事をしないのが日本のためです。
総理がどっしり腰をおちつけて内政に取り組んでいたら、河野さんも好き放題できないのですが、総理があれですから、、


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日韓関係がかってなく冷え込んでいるとテレビが盛んに言っていますが、バカも休み休み言ってほしい。
意図的に冷え込ませてきたのがまだ分かりませんか。
低能なネトウヨの機嫌を取るにはそれがイチバンなのですから。

辺野古への土砂投入についての質問に、菅官房長官がなんと!
「他国の施策について承知しない」と言いました。
これでプーチン大統領への答えが出ました。
「アメリカが日本のどこに基地を作ろうと、日本は他国の施策について承知しない」というのがその答えです。
同盟国というのは表向きの仮称であってほんとうは属国なのですから、アメリカのすることに日本は口を出せないのです、それが地位協定なのです、とプーチン大統領に言うしかないのです。
プーチン大統領はそんなことは分かっていて、「それでいいのか!」と言っているのですが。

株価下落で阿鼻叫喚となるのかわたしには分かりませんが、IWC脱退といいレーダー照射の問題といい、安倍政権が何を考えているのかがはっきりしてきました。
カタストロフィが迫っているのでしょうか。
国民は覚悟を持って自分を守る準備をするときかもしれません。
この73年間は何だったのでしょうか。
歯ぎしりしたくなるほど悔しく虚しい年の瀬です


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# by michi-no-yuri | 2018-12-27 09:51 | Comments(0)

平等や差別の名のもとに大切なものが失われていく。

インドネシアの津波災害に対して総理はお見舞いの電報を打つとか支援金を送るという話を聞かないのですが、わたしが聞き洩らしているのでしょうか。
来春、受け入れることになった外国人労働者は人口の多いインドネシアから来る人がたくさんいると思われるのですが、その国の災害に対してはもっと積極的に支援を申し出るべきではありませんか。
ネパール地震のとき、日本の支援金の余りの少額に驚いたものでしたが、安全保障とは、困ったときは助け合うという精神がおおきな意味を持つことが総理には分からないようです。
膨らみ続ける防衛費を削っても、そういうところにお金を回すことがどれだけ安全保障になるかということです。

天皇のお言葉のなかの「結婚以来、皇后は常に私と歩みを共にし、私の考えを理解し、私の立場と務めを支えてくれました」という箇所に「男が主で女が従」というニュアンスを感じる。天皇制は日本の男尊女卑の構図をも象徴している、と言っている人いました。
わたしはこういうことを言う人が嫌いです。
すぐに、身分制度や家父長制を天皇制と絡めてしか考えられない人が嫌いです。
皇室の始祖は天照大神という女性です。
身分制度は武家社会になってから必然的に生まれてきたものではありませんか。
人間社会をヒエラルキーでしか捉えられない人は、自らをそういう観念で縛っているいじけた哀れな人間としか思えません。
わたしは、天皇と自分の間にヒエラルキーなど1ミリも感じたことはなく、つまり、天皇との間に身分制などという夾雑物を感じたことはありません。
そういうところから天皇制廃止を言う人がいるのですが、そういう人は皇室なきあとの社会を想像したことがありますか。
(わたしが頭の悪い人だと思うのは、想像力に欠ける人です。)


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LGBTや青山の児相のこと、わたしは当初差別の観点から一も二もなく、反対する人を批判していました、
しかし、ここにきて、ちょっと立ち止まって考えてみたくなりました。
差別がよくないことは論を俟ちません。
しかし、差別主義者だと思われることを怖れてなんでも差別に繋がると考えて反対することで、何か大切なものが失われていっているのではないだろうかという思いがふと頭を過りました。
LGBTで苦しんできた人がいます。
しかし、LGBTでない人で結婚できない、したくない人や好奇心や手軽さから安易に同性カップルになっていけば、もうその流れを止めることができなくなります。
わたし自身は高級住宅地に住みたいとも住めるとも思いませんが、高級住宅地はそのまま高級住宅地であってほしい。
同様に下町もそのまま下町であってほしい。
今は違ってしまったのでしょうが、むかしはそういうところに住む人はそれなりの人格を自然に身に付けていたのではないでしょうか。
旧家や何代も続く老舗など、それを維持するためにはストイックな生き方が要求されたでしょう。
並み大抵の努力ではないと思います。(その究極に皇室があります)
そういう旧家や立派な家屋が相続税の代わりに物納されて壊されていくのはほんとうに残念なことです。
平等や差別を強調するあまり、大切な文化が壊されたり失われていっていないでしょうか。
わたしが立ち止まったのは、そういうことへの思いが甦ってきたからです。


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# by michi-no-yuri | 2018-12-26 10:33 | Comments(0)

ナミダのわけ。

天皇のお言葉を、天皇ご自身が述べておられるときは言うまでもないのですが、幾度となく読み返しているときも
「天皇としての旅を終えようとしている今」に続き、皇后が
「皇室と国民双方への献身を、真心を持って果たしてきたことを、心から労(ねぎら)いたく思います。」
の段になると必ず涙が溢れ嗚咽が込みあげてきました。
けさ、4時前に目が覚めてからもそのことを考えていました。
本来、「労う」というのは個人の気持であり、感謝するのも内内のことだと思われるのに、天皇があえて天皇として最後の誕生日に国民に向けて言われたのには並々ならぬ思いがあったからではないかと思いました。
天皇は国民にそれを伝えることが皇后への最大の「労い」だと思われたのではないかと。
皇后陛下はどんなに嬉しく思われたことでしょう。
60年間の言葉に尽くせないご苦労、ご心労がいっぺんに吹き飛ぶようなお気持ちだったのではないでしょうか。
平民美智子さまへの、旧華族の女性たちの拒絶感情は凄まじいものがあったということです。
そのころの写真で見る皇后は、そのまま儚く露と消えてしまわれるのではないかと思うほど極度に痩せておられました。
更に後年、マスコミのこころない報道で声を失われたこともありました。
皇后はそういうときでも天皇の愛だけを支えに乗り越えてこられたのだと思います。
孤独な天皇にとって皇后はただ一人の人であり、皇后は尚そうだったでしょう。
自分は皇后の犠牲的な献身を労いたい、ついては、よければ国民もどうか皇后を労ってやってくれませんか、と言われたのではないか、その天皇の思いに潜在意識が感応して涙になるのではないかと思いました。
(会見の場に居合わせた記者の中にも涙を拭う人がいたということです。)


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# by michi-no-yuri | 2018-12-25 10:26 | Comments(0)