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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

2019年 04月 21日 ( 1 )

「知性」が失われていくことの恐怖。

きのう、自党候補の応援に大阪入りした総理はその足で「なんばグランド花月」の吉本新喜劇の舞台に飛び入りしてG20の宣伝をしたということです。
わたしはたとえG20のためとはいえ選挙期間中にこういう行為は許されるのだろうかと思うのですが、抵触はしないのでしょうか。
総理が選挙の応援に来阪していることはみんな知っていることです。
吉本と「維新」は親しい関係にあり、おそらく「維新」の引きで飛び入りが実現したのでしょう。
自党の応援に行ったのですが、こころは「維新」なのです。
「お笑い」は庶民のもので、そこに権力との癒着や忖度があってはならないのですが、それとも、まだ反安倍への立場を鮮明に舌鋒鋭く総理批判を繰り返している芸人を解雇したり干したりしていないことを評価すべきなのでしょうか。
もし権力への忖度でないというのなら志位委員長や枝野代表の飛び入りも認めてほしいものです。
会場にはたくさんのSPや親衛隊のような人間が紛れ込んでいて反安倍のプラを妨害していました。
また、あんたは日本人か?とか、朝鮮人だろうといった言葉が飛び交っていて、関東大震災のときの朝鮮人虐殺のときから何も変わっていないことに慄然たる思いがしました。


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先日来、「知性」がなくなっていくことの恐怖を思っていたのですが、では、「知性」とは何かとなると答えは簡単ではありません。
たとえば、憎悪、嫌悪、差別などの感情を抑止、コントロールするのは理性だと思うのですが、ならば「知性」とはそういう感情の根源について考察することでしょうか。
問題解決能力ではなく問題発見能力がそうだと言う人もいてナルホドと思うものの、それを言うなら問題観察能力、問題認識能力だろうと思ったり、、、
流されないこと、付和雷同しないことが「知性」なのでしょうか。
荻生田さんが、消費税増税に絡めて、「崖に向かい皆をつれていくわけにはいかない」と言いましたが、心配しているのは「皆(国民)」ではなく選挙です。
もう十分崖に連れてこられていますから。
「知性」には、崖に連れて行かれることから逃げ、さらに崖に連れて行かれる人に、そっちに行くのは危険だと警告するという任務があるのでしょうか。
当時のドイツにも当然のこと「知性」はありました。
ただ、それは大きな流れに対して余りにも無力でした。
いま、日本を守ってくれるのは安倍総理だけだと言っているのと同じ人間がヒットラーに崖に連れて行かれたのです。
わたしは、アウシュビッツは繰り返されると思っています。
あの当時より人類は急速に劣化しています。
恐ろしいまでに「知性」が消滅しています。


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by michi-no-yuri | 2019-04-21 10:06 | Comments(0)