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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

2019年 02月 28日 ( 1 )

法も自浄能力もないのに調査など無駄なだけ。

金委員長とトランプ大統領とは年が倍以上違うのですね。
でも悪びれもせず、臆することもなく、背伸びもせず落ち着いて笑みを浮かべている金委員長はやはりただ者ではありません。
また、もし独裁者然としている人間なら訪問先の国民からあのような歓迎を受けることもないでしょう。
わたしが、ニュース映像で見るハノイの町並みに懐かしさを覚えたのは、人間を疎外し人間に冷たい街ではなく(平壌などその典型)人間が主役の街、人間が生きて生活している街だと思わせてくれるからでしょうか。
昭和の日本もそうだったなあと遠い日に思いを馳せたことでした。

金委員長を警護するSPで気になったのは、カッコよくあるべきかれらが、からだあっていないぶかぶかの安物のスーツを着ていたことでした。
目立つ存在なのですからピシッと身にあったスーツを着せてあげてほしかったと思いましたが、そこまで予算というか気が回らなかったのでしょうか。
むかし、大阪の地下鉄で、薄い生地のペラペラというよりヒラヒラの背広を着ていた男性がいて、日本人ではなかったのですが、いま思えば北の工作員だったかもしれませんw
わたしはその背広から経済格差の現実を見て悲しかったのを覚えています。


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統計不正を調査していた特別監査委員会が組織的、個人的な隠蔽はなかったとの結論を発表しました。
虚偽を説明したことは厳しく非難されるべきだと言うのですが、隠すことと嘘をつくことにそんな違いがあるものなのか、まったく意味が分かりません。
もういい。
日本にはもう法も自浄能力もないのは分かっているのですから、庇えば庇うほど恥の上塗りにしかなりません。

曽野綾子さんが「人間の見抜き方」について書いていました。
家庭環境や読書によって人はそういう能力を身に付けていくものなのに今は読書もしなければ親も学校も教えないと。

教育は「命が大切ということは教えるが、他人を押しのけて自分が助かる行動を取るのが当然なのか、相手に生きる機会を譲るべきか、そういう複雑で答えの出そうにない難問があることにも触れない」
ということですが、曽野さん、目の前に生きた見本があるではありませんか。
一国のリーダーが、国民を踏み台にして自分だけが助かる行動しかとっていないのがどうして見えないのですか。
こんな簡単な答えが目の前に広がっているのに、それに気が付かない曽野さんは小説家失格です。
政治家は利権のために働いていると言いますが、それより酷いのが曽野さんで、立場や経歴の上に胡坐をかいて精神を売りものにしている曽野さんは人間失格です。


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by michi-no-yuri | 2019-02-28 10:16 | Comments(5)