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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

2018年 04月 10日 ( 1 )

人と羊の違い。

ネットのニュースで、フランスの国鉄が3ヵ月に亘る大規模なストに突入したことを知りました。
5日ごとに2日間のストを3ヵ月続行するのだそうです。
組合は終身雇用や早期退職の権利をはく奪する改革案に反対し、さらに民営化への不安を募らせているようです。
国鉄のストに呼応するように、他の業種の組合も続々ストを決行するようです。
みんな改革に不満、不安を持っているのです。
わたしは遠い日本からエールを送りたい。
ここで引き下がったら日本のようになると言ってあげたい。
颯爽と登場したマクロン大統領ですが、「改革」を掲げることで小泉元総理と同じ主人の指示を受けていることが分かります。
主人は日本で成功したことで味をしめているのでしょう。
「改革」によって日本は終身雇用制が破壊され非正規労働者が社会の趨勢を占めるようになったのです。
民営化は大阪の地下鉄をもって最後にしてほしい。


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日本では、電鉄のストを最後にニュースで知ってからでも20年は経っているのではないでしょうか。
そして、その20年間で労組や日教組が急激に力を失いました。
自然消滅なのか、あるいはなんらかの外部の力が働いた結果なのかわたしには知りようがありません。
ほんとうなら、「子どもを戦場に送るな」というメッセージが発せられて当然だったときにも、どこからも寂として声がありませんでした。
それどころか現場では、粛々と戦前の教育体制の復活が進められていたのです。
「子どもを戦場に送るな」なんてスローガンは、もはや恥ずかしくて言えないような空気になっていたのです。

労組はもう潰滅したのですか。
同僚、仲間が一人づつ過労で死んでいくのを見ても、もう何もできないのですか。
こういう表現をするのは過労死した人に対して実に忍びないことなのですが、わたしは過労死のニュースを聞くたびに、一匹ずつ屠殺場に引き出されていく羊を想像してしまうのです。
仲間の羊はそれを阻止したり助けたりすることはできません。
抗議もできません。
しかし、人間ならできるのではありませんか。
それが人間と羊の違いではありませんか。

なぜ政治が語られなくなったのかを考えているうちに、労組や日教組が発言力を失ったことが作用しているのではないかと思いました。
(ちなみに、わたしは日教組が嫌いでした)


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by michi-no-yuri | 2018-04-10 10:49 | Comments(0)