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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

2018年 01月 17日 ( 1 )

冤罪を生む一因が偏見と差別感情。

55年前の狭山事件ですが、弁護団が「脅迫状の筆跡は別人」という新鑑定結果を提出したというニュースにわたしは意外な感を覚えました。
筆跡鑑定はとうに検証済みで黒白が付いていたと思っていたからです。
あらためて見た真犯人の脅迫状の字は、スピード感があるというか、さ~っと書かれた字ですが、石川一雄さんは当時、満足に字も書けなくて、上申書の字を見てもお手本を見ながら一字一字たどたどしく書かれているらしいことがよく分かるのです。
筆跡鑑定以前の問題なのに、だれもそれに注目する人はいなかったのでしょうか。
みんな決まったことしかできない頭の固い視野狭窄の人間ばかりだったのでしょうか。
また、いまは仮釈放の身で再審請求も受理されていない状況だということにも驚きました。
袴田さんの再審もまだ始まる気配はなく、名張毒ぶどう酒の奥西さんは再審の夢叶わずこの世を去りました。
裁判所や検察のメンツのために、法の平等、正義は簡単に踏みにじられます。
自分を守るのは自分だと言われるのは、あくまで心構えと予防のためであって、実際に事件に巻き込まれたら法に縋るしかないのですが、、その法が機能不全に陥っているという恐るべき社会が現出しています。


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先日、栃木女児殺害事件が久しぶりにニュースになっていましたが、
東京高検が殺害場所と日時の変更を地裁に請求したということの意味がわかりません。
勝又被告は、車で現場近くを通ったというだけの嫌疑で逮捕されました。
それ以外に何もないのです。
それなのに、なぜかれが疑われることになったかといえば、狭山事件(石川さんは部落出身)もそうですが、警察の根強い偏見、差別によるものです。
勝又被告は台湾出身で、骨董商を営む母親を手伝って、市が立つところで出店をしていたいわゆる香具師でした。
だから、あの辺の地理を知っていて不思議はありません。

自白主義から証拠主義に変わったはずなのに、いまだ自白偏重です。
しかし、証拠が絶対かと言えば、決してそうではありません。
証拠主義は証拠捏造主義の歴史でもありました。
証拠なんて簡単に作れるのです。


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by michi-no-yuri | 2018-01-17 11:11 | Comments(0)