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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

2016年 11月 19日 ( 1 )

「信仰の人」 副島隆彦。

たまたま、副島隆彦さんの放射能について書かれた記事が目に止まったのですが、5年前から少しは変わったのかと思いきや、ますますその安全への信念は病膏盲に入っていました。
「100ミリシーベルト以下ならまったく心配いりません。皆さん安心して下さい」と言っていた長崎大名誉教授長瀧重信さんの訃報を受けて書かれたものです。
「長瀧重信は確かにずっと体制側の人である。
しかし、体制側であれ反体制側であれ、前提としての学問上の諸事実(ファクト)を確認することから始まって思考を積み上げなければ、一体何に依拠して自分の思考をつくるのか。」

副島さんは、体制側であれ反体制側であれ、と簡単に書いていますが、体制側に身を置くということがどういうことかまったく分かっていません。
たとえば、自分の弟子たちが、自由にものが言えると思いますか。
「放射能タブー」という本を13人の弟子と書いたということですが、一人でも安全説に疑問や留保をつけた人がいましたか。
副島さんの、安全説の根拠は、直ちに現地に入って計測したこと、弟子の一人が原発から20キロの田村市に常駐して観察を続けたことを挙げていますが、線量は変動するものですし、その弟子も師の安全説に沿わないことを報告できたとは思えません。
しかも、いつのまにか撤収していました。


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副島さんがそれ以上に、決定的に安全説を信じたのは、長瀧、山下両人への信仰にも似た信頼です。
山下俊一さんはクリスチャンで清廉潔白な人格者だということですが、そんなことが安全説の根拠になっているのだとしたらトンデモナイことです。
クリスチャンは清廉潔白や人格者とイコールではありません。
そんなことも分からない人に、人のことを愚か者と言う資格はありません。
その山下さんですが、「政府の言うことには従うものだ」と言ったのです。
体制側に身を置くとはそういうことです。
自分が「権威」になりたい人は、自分もまた簡単に人の「権威」の信者になるということでしょうか。

しかし、そんなことはもうどうでもいいのです。
174人の小児甲状腺がんとその疑いのある子どもがいることは「ファクト」です。
その「ファクト」を副島さんはなぜスルーするのですか。
子どもやその家族の孤独や苦しみをだれも伝えてくれないのです。
子どもたちはどこにいるのですか。

あらためて思ったのが、人は白黒をはっきり言う人のところに集まるということです。
しかし、もっとも大事なことは白と黒の間にあるのです。
自分の頭で考えるということです。


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by michi-no-yuri | 2016-11-19 10:00 | Comments(0)