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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

2016年 04月 20日 ( 2 )

二十日 その二  日本人の知恵とやる気を殺してきた役人脳。

曽野綾子さんがきょうのコラムでこんなことを書いておられます。

「日本のマスコミには不思議な人が集まっていて、自国の政府の美点を言うと「お友達だ」とか、与党へのおべっか遣いだという。
国民が民主主義の原理に従って合法的に選んだ政府に関しては悪口しか言わない。」


事実誤認があります。
そう言っているのはマスコミの人間ではありません。
マスコミ自体が、総理や総理のお友だちに懐柔され、あるいは恐れてその支配下にあり、悪口など言えない状態です。
しかし、どうやら、マスコミのお偉いさん方が総理の「すし友」と揶揄されていることは曽野さんの耳にもはいっているようで、それが気にいらないのかもしれません。
自国政府の美点とは何を指して言っておられるのでしょう。
TPPで国を売り、自衛隊を米軍の下請けに出し、群発地震が起きても原発を止めない政府のどこに美点があるのですか。


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「ともかくも、被災者に食べさせ、飲ませ、医療にかかれるように配慮できていることを、なぜよしとしないのだろう。」

凄い人ですね。
曽野さんに一貫しているのは、お上に逆らうな、お上のすることをありがたく思えということなのです。
しかし、たとえ配慮が十分であったとしても、それは総理のおかげではありません。
日本には日本人が歴史的に培い積み上げてきた災害への知恵があったのです。
明治に来日していた外国人が、災害後、日本人がすぐに逞しく再建に取り組む姿に驚いたと書いていませんでしたか。
そういう文化?を殺してきたのが、政府の「役人脳」なのです。
非常時でも、すべてに役人が立ち合い、役人のハンコがなければ前に進めません。
そのことをいまわたしたちは熊本で見せつけられています。

国民が民主主義の原理に従って合法的に選んだ政府というのはその通りですが、あくまで公正に選ばれたということが大前提です。
また、たとえ国民が選んだ政権であっても、それに異議を唱え弾劾を求める権利はあります。


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by michi-no-yuri | 2016-04-20 10:54 | Comments(0)

二十日 その一  若葉が陽光に輝き、ウグイスの声をきくきょうこのごろ。

ブログ「水瓶座時代」を読んで。

人は永遠の意識体として生きている。
だから、死というものはないということがほんとうに分かれば、自ずと人間はどう生きるか生きなければならないかの答えが導き出されるのだと思います。
たけしさんは道徳に絶対はないと言われましたが、わたしはこれが分かることが究極の道徳ではないかと思っています。

死んだからといってチャラにはなりません。
「死んだら終わりだなんて、そうは問屋が下ろすもんか。」(稲垣足穂)ということです。
(だからあのようなストイックな生き方になったのでしょう。)
わたしは十代の終わりに、人間は死ぬときに人生の清算をさせられるということに気がつきました。
それなのに、そのときからわたしはなんと多くの間違いを冒してきたことでしょう。
しかし、それが幸いしたのだと今は思っています。
悔恨の涙を流してより内省を深めることができたからです。
これがわたしの「悪人正機説」の解釈です。

「すべての事柄は偶然には起きません。
意識が生み出すものとして現象は存在する。」


とマドモアゼル愛さまは書いておられます。
すべては必然です。
宇宙的法則のなかに人間の生もあるということです。
因果応報がそうです。

「何度も人は泥に飲まれて」と書いておられるのは、因果応報のことを言っておられるのでしょうか。
たとえ、今生を無事にやり過ごしても、因果応報に終わりはありません。

最後に、新緑の美しいことに触れておられますが、山が膨らみ、若葉が陽光に輝き、田に水が引かれ、ウグイスの声を聴くきょうこのごろです。
これに優る歓喜、幸福がまたとあるでしょうか。


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「水瓶座時代」より。

凄い春になりました。表に見えるものもそうですが、裏でうごめいているものの大きさが、また凄いです。

地震は表に見えるものですが、地殻深くになったら見えません。

見える結果と見えない部分が地震にもあるわけですね。

震源が東に移動しているようで、中央構造線を刺激しているということですが、その前に阿蘇山があるわけで、そこは地球のツボというか重要なポイントの一つであります。

阿蘇の火口は異例の大きさであり、九州全体が阿蘇山であるともいえるほどの大きな規模の火山です。

これが破局噴火をもたらしたら、九州はもとより世界全体の気候を変えてしまうような影響があり、大げさではなくて人類生存の可否にまで至る可能性がある山が阿蘇です。

のんきに原発は止めないなどと言っていますが、なんだか秀才の考えの限界を見る思いがしていやになります。

ともかく最大の注意を払わねばならないことは確かですが、では何に注意を払えばいいのか。身の周りのことや災害への備えはもちろんですが、それ以上に心の持ちようが本当は大事なのです。

すべての事柄は偶然には起きません。意識が生み出すものとして現象は存在します。

すべてのことは人間が創造しているからです。形のない無からしか本当のエネルギーはやってこない。

ビルを建てるのも、病気を作るのも、貧乏になるのも、幸福になるのも、意識が作ったものだとするなら、私たちの現実を見る目はかなり違ってくると思います。

人は永遠の意識体として生きているのですから、多少病気になろうが不幸があったところで、それが本当の幸福を決定するものにはならないのです。

幸福でありたいと願うのは、私ももちろん誰も同じように思っていますが、誰もが永遠の時を生きているとなれば、目の前の幸不幸のウエイトはそれほど大きなものにはなりません。

絶対に死ぬことのない人が、多少貧乏になったとしても、それは永遠の中の一様相であるので、すぐに損得を言う必要もないし、まして幸不幸などが決まるものではない。

私たちの大きな誤解の一つというか、唯一の誤解は、自分が永遠に死なないということを知らないところから訪れると思います。

意識がすべてを作り出す、、、そのことを認めさえすれば、現実への対処も対応も変わってくる。

大きな悲劇は本当になくしたいと、私ももちろん思うし、誰もがそう思っています。ただその方法がずいぶんと違ってくると思うのです。

現実しか存在しないと思えば、現実に働きかけることが優先されるのは当然です。

例えば、今の仕事を辞めたいが、辞めたら生活ができない、、、、これは正しい考えでしょうか。

私は違うような気がします。意識が現実を作ることを知っていたなら、違った対応ができるようになるかもしれません。

こう言ったら人をバカにするのかと、おそらく怒る人もいると思いますが、事実なので仕方ありません。

今の仕事を辞めたいが、辞めたら生活ができない、、、と思っているから実はそうなっているだけであって、辞めてどうにかなる人もたくさんいるのです。

と言って、不安を抱きつつ辞める、となれば、うまくいかないケースもまた出てくる。これも本当でしょう。

要するに意識がまだ変わっていないのです。意識が変われば、自分の幸不幸と会社やお金とはそれほど関係ない、、、という意識になるかもしれません。

不幸から抜け出すには、不幸であり続けている意識からまず脱却するしかない。なぜなら、意識がすべてを作るからです。

怖い、、、怖い、、、と思っている日々から抜け出すには、殺されるなら殺されろ、、、的な新たな意識でも良いが、何か、これまでの状況を支えている意識とは違ったものを、まず、自身の中で体験する以外にないのです。

すべては、そこから。心から、、意識から始まるからです。外部のものには、本当は意味がない。物や人や機構や国や組織には、本当は何の力もないのです。

自給800円を高給に思えば、それはそれでけっこうリッチな生活が実際に送れるようになる。意識がリッチだからです。

月給300万円稼いでも、借金に追われる人もいる。

芸能人やスポーツ選手などに、結構多いですよね。たくさん稼いでもずっと借金で追われるタイプの人が。

外部の事柄、現実には、本当は何の力もないのです。

火山も同じ原理です。地球が泥の海になっても、くにとこたちのおおかみまもりたまへさきはへたまへ、、と真剣に唱えれば、誰でも助けてやるぞ、、、というような記述を確かひふみで読んだことがある。

それが本当かどうかはともかく、同じ意識にならなければ、泥海にのまれることもない、、ということになる。泥を母のように感じる意識に対しては、泥は母ともなる。

すべてはそのような構造になっていると思うのです。では泥に飲み込まれて死んだ人はいけなかったのか、、、ということにもなりますが、そうした考えもがおかしいのです。

人の生き死によりも、どういう意識で生きてるか、、、こそが大事だからです。意識成長のためには、何度でも死んでやり直しさせられるほど、私たちはやらされてきている。

現実をどうにかしようではなく、意識をどうにかしなさい、、、ということがわかるまで、何度も人は泥に飲まれていくのかもしれない。

いよいよ究極の時代が近づいてきたなら、人はそのことを理解するようになっていくように感じます。

今が究極の時かどうかはわかりませんが、意識優先に気づくのは、いつだってかまわない。早い方がいい。

地震やめたまえ、、、と心から思う気持ちは誰も同じです。しかしそれ以上に、意識としてのありように関心を向ける時代。

それによって、奇跡と見えるような事柄を起こしていく時代、という気がします。

自然災害も停止させ、不幸も停止させる。その根源に自分の意識があることに気づく必要があります。

ところで、目に見える事柄の他に、パナマ文書隠しが日本では凄いものがあり、あくまでも国民には真実の目を向けさせないような動き。

しかし、安倍さんも本心ではどうなのでしょう。よくわかりませんが、以前プーチンに駆け寄ってニコニコ顔で抱き着いた映像がありましたが、意外に本音であるような気もします。

日本は本気で、アメリカからの影響を離れ、ロシアを含むアジア再構築の芽を、実は持っているのではないでしょうか。

これは今は決して表には出ないものですが、政治的なことはある日突然承知される形で表に出てきます。

これまでの日本の枠組みを取り外す、それこそ新たな意識が実は出始めていることを何となく感じます。

まだまだ、、、と思うでしょうが、意識が現実を生みだすのですから、もしそうだとしたら、それは必ず現実化します。

いくら旧勢力が脅してもテロ的なことで怖がらせても、新たに生まれてしまった意識は間違いなく現実を作り出します。

なので、社会も国も私は本当に変わると思っているのです。

2016年の春は特筆すべき意識の変容が、密かに進行した春ではなかったでしょうか。

新緑がきれいです。一本のケヤキの新緑を見て、ビル一棟以上の価値があると、毎年この季節になると思います。ケヤキではありませんが、新緑の動画をご覧ください。



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by michi-no-yuri | 2016-04-20 09:49 | Comments(0)