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谷間の百合

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2016年 01月 02日 ( 1 )

天皇の手紙。

いままでなんどか読んだことがありましたが、元旦いちばんに目に飛び込んできたのが、昭和天皇が敗戦の年の九月九日に、皇太子に宛てて出された手紙を紹介した記事でした。
その中でいつも深い感慨にとらわれるのが次の一行です。

「今度のやうな決心をしなければならない事情を早く話せばよかったけれど、先生とあまりにちがったことをいふことになるので、ひかえて居ったことをゆるしてくれ。」

天皇は皇太子の先生が自分の考えとは違うこと、そして、その先生の立場を尊重して自分の考えを控えていたと書いておられるのです。

わたしたちは子どもの前で先生の悪口を言って貶めたりすることを平気でしています。
しかし、親の代まではそうではなかったと思います。
父や母が先生のことを悪く言ったことはありませんでした。
「さすがにそれはダメだろう」ということには口を噤んでいました。
あらためて、先生という立場を尊重することが道徳の基本かもしれないと思ったりしました。
先生を貶めるような風潮が回り回って今の日本の道義の衰退を招いているということかもしれないのです。
先生の質が劣化したのも、元はと言えばそういうことに起因するのかもしれないのです。
(マスコミは先生の痴漢やセクハラ行為を特に取り上げて報道しているように思います。)

天皇でさえ、これほど皇太子の先生の立場を尊重しておられたのかと感動するとともに、わたしは自分を振り返って恥じ入るのです。


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天皇のツルの一声で戦争を終わらせることができたと思っている人がたくさんいるようですが、そうでないことがこの手紙からも分かるのではないでしょうか。
開戦のときもそうです。
軍部だけでなく、国民も戦争に加担したのです。
もし、国民の反対が多かったのなら、天皇が開戦に踏み切られることはなかったかもしれません。

いま、天皇が戦争を忘れてはいけないと言われるのは、国民がまた戦前のように戦争を望むようになることを非常に危惧しておられるからではないでしょうか。
そうならないように、戦争のことを深く考えなさいと言われるのだと思います。

政府は、天皇が科学するこころを疎かにしてはいけないと言われた反省を無視して歴史の修正、改竄に手を染めています。
総理が、アメリカの使嗾だとしても、自分のこころに背いてまでも慰安婦問題の決着を焦ったのは、これさえ押さえておけば、あとは歴史をこころおきなく修正できると思ったからではないでしょうか。
うれしいことに、どうやらそれが裏目に出たようです。


去年も天皇のことで「下僕の目に英雄なし」という箴言がどれだけこころを過ったかしれません。
下僕とはこの場合こころの賤しい人間を意味します。
こころの卑しい人間には、偉い人のこころを想像することはできないということです。
自分は利口だと思っている人でも、その時点で下僕なのです。
(天皇、天皇と言っている人の中にも下僕はたくさんいます。)
世間的に何一つ自慢できるものを持たないわたしが、唯一誇れるのがそれです。


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by michi-no-yuri | 2016-01-02 11:42 | Comments(0)