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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

2015年 12月 18日 ( 1 )

サムライの血は絶えてしまったのか。

「ネットゲリラ」さんが、武士はいまでいう公務員のことで、「公務員は責任の所在をはっきりさせる必要があるので、本人確認のために、苗字も必要になるし、切腹という作法も必要になる。」と書いておられます。

しかるに、戦後教育では「武士の責任の自覚」という視点がスッポリ抜け落ち、武士は切り捨て御免が許されていたという間違った歴史だけを子どもに教えてきたのです。

またコメント欄の次のようなコメントにわたしは目を引かれました。

「田舎に行けば、代々小作人の家柄でも必ず名字と屋号は持っています。
武士とはもともと独立自営武装農民です。徳川家や大名と専業的に軍事力を提供する道を選んだのが武士。年貢を提供する道を選んだのが百姓。どちらも古墳時代までさかのぼる各地の開墾団の血族集団の末裔です。

名字帯刀を許されていたのは、あくまで、「公式の場で使う権利を主として武家に限定していただけです。」
「明治以前の農民に名字がなかったというのはヨタ話です。」


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わたしはこれを読んでとても納得できるものがありました。
たとえば、百姓一揆を起こす原動力になったのも、かれらがもともとは武装集団だったとと考えれば分かり易いからです。

最近も、収穫量の半分を年貢にとられたということを表わす「5公5民」もウソだったことを知りました。
左翼史観の捏造です。
戦後の歴史は左翼が独占していたのか、江戸時代は封建社会で身分制が厳しく、人々は圧政に苦しんだというというようなことばかりが教科書で強調されていました。
だとするならば、文学や美術工芸が絢爛と花開いた事実の説明がつきません。
芝居や行楽を愉しんだ町民の姿を説明できません。


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話は変わりますが、わたしの従姉妹は、さる藩の家臣の末裔です。
明治になって没落したそうですが、従姉妹の父親は官僚になったものの40を目前に、4人の子どもを残して亡くなりました。
その後の苦労は並大抵のものではなかったのですがそれでも従姉妹は世間的には人生の成功者になりました。
わたしたちとは頭のデキが違いました。
姉は武士は頭がいいのだと言いましたが、違うのは頭のデキだけではありません。
内に「凛」としたものを窺わせるのです。
わたしは、それが「武士の覚悟」の血なのではないかと思いました。

いまの政治家や上級国民にサムライの末裔はいないのか「覚悟」や「責任」は微塵も感じられません。
わたしは、ほんとうのサムライ(身分ではなく)はやはり市井に埋もれて生き続けているのだと信じています。


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by michi-no-yuri | 2015-12-18 12:54 | Comments(0)