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谷間の百合

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2014年 08月 18日 ( 1 )

恐れていたことが、、

きのう飛び込んできた、シリアで日本人男性拘束というニュースに心臓がダメージを受けたといえば大げさでしょうか。

しかし、もっとも聞きたくない、もっとも恐れていたニュースでした。

イスラム武装勢力による拘束だと言われても、ああ、そうですかと簡単に納得できないのは言うまでもありません。

かれらを背後で支援しているのはだれかということはもうバレバレだからです。

かれらもそれを隠そうとはしません。

もう隠すことにエネルギーを割く余裕もないということかもしれません。

すべてのことには終わりがあるということが近づいているということかもしれません。

(終わりに待っているのは恐怖、、?)

わたしが恐れていたのは、日本をイラクに誘い込むためになんらかのきっかけが作られるのではないかということでした。

イラク北部のアルビルには石油関係の日本人駐在員が多数在住しているそうです。

早く脱出することが自分の身を守るとともに、日本を危険にさらさないことだということを知ってほしいと思います。

政府も撤退を呼びかけてほしい。


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サンケイに「鈍機翁のため息」という連載エッセイがあります。

「ドン・キホーテ」の中から、箴言や気の利いたことばを抽出してエッセイにしているもので、わたしは読んだことはなかったのですが、「平和こそ戦争の真の目的」という見出しに興味を引かれてはじめて読みました。

尚、著者の桑原聡という人は元「正論」の編集長だったということですが、わたしははじめて知る名前でした。

セルバンテスがドン・キホーテに語らせている言葉を引用しながら次のように書いておられます。

「『たしかに平和は、それなくしては地上にも天上にも、いかなる幸福も存在しえない宝石と言えましょうぞ』と平和のいとおしさ、貴重さを宝石にたとえて強調したうえで、キホーテはこう言葉を継ぐのである。

『この平和こそ戦争の真の目的ですから』

平和への希求が戦争を生む、なんたるパラドックス。

しかし、これが現実ではないか。

平和を求めなければ、つまり他国の奴隷でもいいというのであれば戦争など起こらない。

平和を脅かすものとは断固戦うという気概が国民にない限り、平和はその国民にほほえんでくれないだろう」


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桑原さんは、集団的自衛権容認の論拠としてキホーテのことばを引用し、だから、閣議決定を非難するものは「卑怯者の屁理屈」だと言われる!

わたしはドン・キホーテを読んだことはありませんが、想像でいえば、かれは平和に絶対的価値をおいていないのではありませんか。

平和よりも自由や自尊自立の精神に最高の価値をおいているのではありませんか。

そういうことも分からずに、集団的自衛権賛成の論拠にされるのはどうかと思います。

要は、奴隷の平和か死(戦争)かということですが、桑原さんには日本が奴隷の平和を享受してきたことへの認識が欠如しています。

奴隷の平和がいやなら、それこそ、本当の意味での「戦後レジームからの脱却」しかないではありませんか。

わたしたちは戦後ず~っと欺瞞的平和を享受してきたのです。

集団的自衛権はさらなる奴隷への道です。

そこにはもう欺瞞的平和もありません。

いままでは生産に従事してきたのですが、これからは使い捨ての傭兵という奴隷になるのです。

イギリスは傭兵を逃亡しないように鎖で繋ぎました。

目に見えない鎖が集団的自衛権です。


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「卑怯者の屁理屈」という言葉は、これから戦争反対を言う人を弾圧するときに使われることになりそうです。

きのう「少年H」を見て、またあの時代が再現するのかと思って、身が凍るようでした。

やっぱり人間は反省も進歩もしないのですね。

だれが戦うのか。

だれが血を流すのか。

自分が戦わないものが人を卑怯者呼ばわりすることに、わたしは怒りで震える思いがする、、


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by michi-no-yuri | 2014-08-18 12:12 | Comments(7)