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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

2013年 12月 05日 ( 1 )

時は過ぎ、そして、すべてが終わる。

やっぱりトラベルブルーという言葉はあったのですね。

しかし、それは二週間以内の旅行には当てはまらないということで、一泊の旅行でさえブルーになるわたしには、また別にナントカ症候群とかの病名が必要になるのかもしれません。

その乗継駅の改札を出るとすぐ左に、いまはもう姿を変えましたが、ちょっとレトロな喫茶店があり、そこを通るときは必ず立ち寄りました。

店内には、これから旅行に出る人の興奮や、旅行から帰ってきた人の旅の余韻が充満していて、わたしはその非日常的な雰囲気が好きでした。

もうそれだけでよかったのです。

どこにも行かなくてもそこで始まりそこで終わるような旅行の気分が味わえるんですから。。。

ひねくれているというか、哲学的というか、わたしはこういう気持ちでした。

わたしが旅行に行くのと、人が旅行に行くのとどう違うのだろう。

わたしの代わりに外のだれかが行っていると思えばいいのではないかと。

「胡蝶の夢」となんか似た感覚とでもいうのでしょうか。

どうせ、すべてに終わりがありすべてが過ぎていくだけなのだから
何もしなくていいのではないかと思うのは、良くない考えでしょうか。


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若いとき、冬の早朝、ひとり山陰の県庁所在地の駅に降り立ったことがありました。(わたしはいつもひとりでした)

早朝にもかかわらず、駅構内の喫茶店が開いていたことがどんなに嬉しかったことでしょう。

コーヒーにクロワッサンをとり、町が目を覚ますのを待ちました。

カウンターの奥の厨房には湯気が立ち込め、やがて、高い窓から陽が差し込んできました。

そのころロシアの小説に嵌っていたわたしは、その立ち上る湯気から「サモワール」を連想し、まるで小説の一場面みたいだなと思ったことをきのうのことのように覚えていますが、

雪の白さ、白いポットとコーヒーカップ、ボーイさんの白い制服などによって、視覚の記憶は白い霧のヴェールに包まれたように幻想的で茫洋としています。

わたしが朝が好きで、一日が午前中で終わってしまうような生活をしているのは、このときの経験によるところが大きいかもしれません。

こんなことを書く気になったのは、きのうの岩下俊三さんの

「時は過ぎそして、、、すべてが終わる。プルーストへのオマージュ」

の記事に眠っていたむかしの記憶を呼び覚まされたからです。


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by michi-no-yuri | 2013-12-05 17:30 | Comments(0)