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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

2013年 11月 09日 ( 1 )

「愛の経験」

わたしが記事のなかに書いた足穂の「地上とは思いでならずや」からの連想で、「酔生夢人」様がかれの小説「山ン本五郎左衛門只今退散仕る」にある「愛の経験は、その後ではそれが無いと物足らなくなるという欠点がある」という言葉を抽出して書いておられる文章にあらためて気付くことがありました。

小説は、ひとりの少年が山ン本五郎左衛門というお化けの大将率いる集団と数か月に亘って戦うというものですが、戦い終って少年が

「・・・アノ心細サガ、今デハ何カ悲シイ澄ンダ気持ニ変ワッテイル」

と述懐するくだりはいつまでも余韻をひく美しくも不思議な文章です。


以下に「酔生夢人のブログ」からの抜粋

『家族と共に暮らす、毎日の平凡な日々も、お化けとの大騒ぎの戦いの日々も、すべては愛の経験かもしれない。
ひいては、見上げた空に、光に縁取られた雲を眺めた時の感慨、それに伴って思い出す、幼い頃、心をかすめた思い、すべて愛の経験だと言える。』


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ところで、きょう書きたいのは別のことです。

足穂の全集からその小説をさがしていたら、どこにいったのだろうと思っていた金の栞がでてきました。

24kの刻字のある栞です。

わたしがこっちに越してくるときに、親しい喫茶店のオーナー兼マスターが餞別にくれたものです。

そのときに、かれの目の奥に涙があるのを感じましたが、それをはっきり思い出したのは、大分後になってからでした。

わたしには男性の知り合いが割りとたくさんいます。

一介の主婦がなぜ?と思われるかもしれませんが、今も行きつけの喫茶店が三軒ありますが、当時もそうでした。

そこで、オーナーやマスターやお客の男性と自然と親しくなるからです。

それ以外に、雑誌や新聞の投書欄に感動する投書があるとすぐ新聞社や出版社に住所を問い合わせたりして知り合った人もいました。

男と女の間に友情は生まれないと言われますが、わたしはそうは思いません。

わたしの経験は、もちろん男と女の関係ではなく、きょうだいのようでもなく、友情に近いようでそうでもないといったもので、最近思ったのが、いずれかの前世で出会った魂(そのときは女性だったかも)だったのではないかということです。

いま思い出すのは、愛されたとか好かれたではなく 「大切に想ってもらった」 という感覚であり記憶なのです。

それが、少年が感じのと同じ「何か悲しい澄んだ気持ち」となって自然に涙が滲んできます。

少年は最後にお化けの大将に

「気が向いたらまたおいで」と言いましたが

わたしはただただ涙にまみれて「ありがとう」を繰り返すだけです。


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by michi-no-yuri | 2013-11-09 12:39 | Comments(0)