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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

2013年 10月 30日 ( 1 )

平然と嘘のつける人

わたしは、兄とのこともあって極端に人から影響を受けることが嫌いです。(負けず嫌いという面が大きいのですが)

しかし、いまわたしが何かを書いているのは、すべて誰かからの影響で、知らず知らずのうちに身についた影響は良しとしなければ何一つものが言えなくなります。

酔生夢人様が「読書というものは本来、人間にとって危険なものである」と書いておられてなるほどと思いました。

「本に読まれている人」が結構たくさんいるようです。

そういえばそんな人が実に多いことに気がつきます。

本を読まないことの言い訳ではありませんが、わたしはそれよりも大事なのが「観察」とくに「人間観察」ではないかと思っています。

小説家は人の心理を書くことが仕事ですが、いったん小説を離れて政治を語ったりするととたんに頭が「お花畑」になる人がいます。

政治は特別なものになってしまうのでしょうか。

政治を動かしているのが人間だという視点が欠落してしまうようです。

人間観察といえば、あら探しをすることではありません。

ちょっと口はばったいのですが、基本は「愛」です。


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人は間違いをおかすものです。例外なく。

同様に、人はウソをつくものです。

しかし、両者には決定的な違いがあります。

間違いをおかそうとして間違いをおかす人はいませんが、嘘はそうではありません。

嘘をつくのは(病気でなければ)あきらかに人為です。

よく嘘も百辺つけば真実になるといわれますが、それは洗脳する側の論理であって、嘘はどこまでいっても嘘です。

わたしもいっぱい嘘をついてきましたが、ほとんどがつまらない自己保身から出た嘘です。

だから、社会的弱者が弱者ゆえに嘘をつかざるを得ない背景は良く分かります。

最近は社会的強者の嘘があまりにも酷いとはいえ、どちらも自己保身からでていることは同じです。

もっとも罪深いのは人を貶めたり、陥れるための嘘ではないでしょうか。

福沢諭吉は嘘をつくのは卑劣なこととは言わずに悲しいことだと言いました。

わたしもそう思います。









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by michi-no-yuri | 2013-10-30 15:37 | Comments(0)