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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

2013年 08月 16日 ( 1 )

支配層に連なる醜い人たち。

きょうの「正論」は曽野綾子さんの「靖国参拝するしないは心の問題」。

支配層に連なる人間が支配層の視点でものをみるようになるのは致し方ないとしても、文学者、あるいはクリスチャンとしてはそれでいいのでしょうか。

記事は初っ端から「安部内閣のスタート以来、世間に活気が戻ってきたような気がしてきたのは喜ばしいことである」ですからびっくりします。

たとえ、それが実質を伴わない「気」だとしても、病は気からということもあるように、幸福の実感の半分は「気」なのだからということらしいです。

どこかで聞いたと思ったのは山下俊一さんのことでした。
わたしもそれを否定するものではありません。
「気の持ちよう」ということは確かにそうなのです。

しかし、政治家や医者がそれを言ってはおしまいです。
たとえば、貧しいのも気の持ちようだと政治家がいったとしたら、それは政治家失格です。
国民の生活を少しでもよくしようとこころを砕くのが政治家の仕事だからです。

曽野さんが批判するのはいつだってわたしたち(美しくも清くもない)名もない庶民であり、怠けるな、働かざるもの食うべからずだと言って叱咤されるのです。
これもだれかに似ていると思って、だれだっけと思い当たったのがあのワタミの会長でした。
案外、ふたりは同じ文脈のなかで生きている同種の人間なのかもしれません。

日本の閣僚が靖国参拝するのは個人の心の問題だと言われるのも間違いです。
個人の問題なら、個人として一般人と同じような参拝をすることです。
何の資格があって昇殿するのですか。

わたしは政治家の靖国参拝は100%政治利用だと断言して憚りません。
心の問題って、かれらにどんなこころがありますか。

また、全体主義国家というのはそういう個人の心にまで踏み込もうとするから始末が悪いと言われることも、えっ?!です。
中国を指してのことでしょうが、中国のことはいざ知らず、日本が個人の心の自由を保証する国家だとでも思っておられるのですか。
この無法、無責任、無秩序の国が。。

そうでした。あなたは原発賛成なのでした。
それは一個人の意見として尊重しますが、いつも日本の無責任体質を批判するあなたがなぜ、政府や東電のこの世のものとも思えない無責任という「「悪」を放置されるのですか。
これほどの「悪」に不感症なのはあなたがかれらの仲間だからではないのですか。

大戦後、身に染みて知ったのが、植民地主義などやっていたら、今の国家は身が持たない。配慮も手間もお金もかかる。欧米ももし支配を続けていたら自国が破産していただろうということだったと曽野さんは言われる。

配慮や手間やお金をかけたのは日本だけです。

他の欧米が植民地にどんな配慮をしましたか。

損を承知で手間やお金をかけたとでも言われるのですか。

配慮など一かけらもありません。
奴隷の中からものになりそうな奴隷を抜擢して、その人間に管理と責任を押し付け、自分たちは涼しい木陰でパイプをくゆらしていただけです。
ときどき、気晴らしに子どもの奴隷の手首を切り落としたりしていたのです。
(そういう写真がありました)

あなたのような効率主義者によって植民地は機能していたのです。

それを
配慮だなんて、、 配慮だなんて、、


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by michi-no-yuri | 2013-08-16 13:25 | Comments(0)