悪夢の2月8日から、わたしのこころを離れないものがあります。
上皇、上皇后さまのことです。
戦争を忘れてはいけないと、さらに踏み込んで満州事変からの歴史を学びなさいと言われた上皇さま。
2013年の80歳の誕生日には
「前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです」と述べられ、さらに自ら強く望んでペリュリュ―島に慰霊に行かれた時は、「このような悲しい歴史があったことを私どもは決して忘れてはならない」と国民に訴えられました。
ところで、上皇后さまが五日市憲法について書かれた美しい文章があるのですが、その文章は思い出さなくてもたえずわたしのこころあります。
以下がその全文です。
「かつて、あきる野市の五日市を訪れたとき郷土館で見せていただいた『五日市憲法草案』のことを、しきりに思い出しておりました。 明治憲法の公布に先立ち、地域の小学校教員、地主や農民が、寄合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障、及び教育を受ける義務、法の下の平等、さらに言論の自由、信教の自由など204条が書かれており、地方自治権等についても記されています。 当時、これに類する民間に憲法草案が、日本各地の少なくとも40箇所で作られてきたと聞きましたが、近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。 長い鎖国を経た19世紀の日本で、市井の人々の間にすでに育っていた民権意識を記録するものとして世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います。」
わたしは、「近代日本の黎明期に生きた人々の政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願い」の「くだり」になると涙が噴き出すような思いになります。
それが、おととい「「れいわ」はどこにいくのか」で取り上げた「X」の投稿、支持者の気持ちを代弁するようなコメントと重なるものがありました。
「私が守りたいのは「れいわ新選組」という組織ではありません。
この国の不条理に抗おうと、消えかかりそうな希望を絞り出した人々の心です。
これ以上、この国を諦めたくないと願う人々の心を、身内の傲慢さで踏みにじらないでください。」
「れいわ」はそういう支持者のこころを甘く見ていたのでしょうか。
自分たちが訴えることだけに夢中になって支持者のこころを置き去りにしていたのでしょうか。
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