裁判が終わったことを受けて、安倍昭恵さんが「被告は自分のしたことを正面から見つめー罪を償ってほしい」とのコメントを出しました。
今さら驚きませんが、わたしには歴史に残る「おまゆう」に思えました。
この人には何を言っても無駄なのだなという虚しさしかありません。
彼女が自分のしたことと向き合ったことは一度も1ミリもありません。
モリトモでも、ちゃっかり自分は被害者になっています。
世間から批判されると、親しい男性のところに駆けつけて「わたしは虐められている」と言って泣いたそうです。(その一人である立花孝志さんが言っていました)
モリトモは彼女の嘘から始まりました。
口利きなんかしていないと言っているのですが、だれも口利きしたとは言っていません。
あなたが「いい土地なので前に進めてください」と言ったことが口利きに当たるのです。(こんなことも分からないくらいの頭脳なのです)
なぜなら、あなたが総理大臣の妻だったからです。
そうでなければ、安倍昭恵という個人には何の利用価値もありません。
あなたが嘘をついたことから公文書の改竄が始まり、それに耐えられなくなった官僚の一人が自殺(?)しました。
あなたにとっては、一介の役人の死は、夫である総理大臣の安倍晋三の死とは比較にならないくらい軽いものだったようです。
軽いどころか眼中にもなかったようです。
100万円の寄付もしていないと嘘をつきました。
籠池さん夫婦は貰ったことは事実だと言いましたが、決して昭恵さんを嘘つきなどと言って責めることはありませんでした。
森友学園の名誉校長になってもらった人間を、噓つきとは言えなかったのでしょうか。
思想も思想だし、少し品位にも欠ける人間のような印象ですが、やはり教育者としての矜持がそれを押し留めたのでしょうか。
人の道に外れるようなことだけはできないと。
それが事実なら、わたしはそれこそが教養というものではないかと思いました。
「恥の観念」や「思いやりのこころ」のないところに教養はありません。
籠池さんは今も獄中なのですね。
昭恵さんは山上徹也に自分と向き合えと言いましたが、彼はず~っと自分と向き合って生きてきたのです。
裁判員の一人が「自分に不利になるようなことまで」と言っていたのは、かれが良心に照らしてできるだけ真実を述べようとしたからだと思いました。
それだけ苦しんできたということです。
苦しみが中途半端で何かでごまかせるようなものなら、やはり自分に不利なことは言えなかったのではないでしょうか。
菅野完さんは、いいカウンセラーに救済されることを望むと言っていましたが、わたしは、彼を救えるのは彼自身しかいないと思っています。
それよりも、ほんとうに血の出るような思いで望んでいるのは母親が救済されることではないでしょうか。
そこだけは、いくら諦めようとしても諦めきれないものがあったのではないかと。
法廷で、母親を「決して悪い人間ではない」と言ったことにもそういう思いがにじんでいるように思いました。
しかし、彼が本当に望んだのは、母親だけではなく、だれ一人として統一教会のような邪教に騙されないでほしいということではなかったでしょうか。
彼にとって統一教会は、決して存在してはならない社会悪そのものだったはずです。
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