大学進学率が60%近くに達しています。
高校くらいは出ておけ、ついでに大学も行っておけというのが、社会の風潮であり価値観になっています。
そういうことで大学に行った若い人たちは、徴兵制になっても反対することもなく政府の決めたことだからと黙々と従うのではないでしょうか。
きっとそうでしょう。
戦前の学生には、時勢を客観的に見るだけの教養と精神的基盤があったように思います。
親の始めた戦争に、子どもが協力しないわけにはいかないという冷めた諦観のようなものがあったのではないでしょうか。
今の若い人たちから何も感じられないのは、おそらく何も考えていないからだろうと思います。
そもそも彼らは戦争を知りません。
知ろうともしません。
戦争は映画やアニメの世界のことだと思っているのでしょう。
もう20年近く前になると思いますが、日本とアメリカが戦争したことを知らない若者がいたことに驚いたことがあります。
しかし、わたしだって戦争を知っているわけではありません。
それでも何十年も生きている間には自然にいろいろな情報(知識)が入ってきます。
戦争に関する断片的な資料や写真をたくさん見てきたように思います。
写真は正視できないほど凄惨でむごたらしく嘔吐感が突き上げてくるようなものが多かったのですが、わたしは目を背けてはいけないと思いました。
そのときに感じたのが、これで終わりではないということでした。
戦争になれば理性などどこかに吹っ飛んでしまうということへの絶望感でした。
あまりにも戦争を知らないというか、それに無関心です。
感受性の問題でしょうか。
わたしが、関心をもったのは、わたしが専業主婦だったからでしょうか。
仕事をしている人にはそんな暇もないのでしょうか。
しかし、わたしがもっとも知りたいという欲求を持っていたのは、4人の子どもを育てているときでした。
だから、忙しいというのは理由になりません。
無関心のままかれらは羊のように戦場に連れて行かれるのでしょう。
未来に何の希望もない彼らは、「希望は戦争」と言った赤木智弘さんの心境なのかもしれません。
権力者は、そのために国民から希望を奪ってきたとも言えそうです。
菅原文太さんは、政治家の仕事は戦争をしないことと飢えさせないことだと言いましたが、高市政権は真逆のことをしようとしています。
悲しいのは、そういう高市政権を支持する国民が多いことです。
ヨーロッパでは徴兵制を導入する国が増えました。
それに抗議する声が聞こえてこないのは、すでに報道管制が敷かれているからでしょうか。
それとも、もうそれに抗しきれないほどの流れになっているのでしょうか。
日本が徴兵制になるのもそう遠いことではなさそうです。
支持率が高いうちにやりそうです。
「維新」という反社集団、ゴロツキ集団と組んだのは、そのためでしょう。
山本太郎さんは竹中平蔵が高市さんの師匠だと言い、高市さんは当然それを否定しましたが、わたしはすべてのシナリオを描いているのは竹中平蔵だと思っています。
それにしても。この80年間の平和教育はなんだったのでしょう。
虚しいです。

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