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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

国民は「悔恨と反省」を天皇一人に押し付けたのか。

NHKの「拝謁記」のニュースと映画「ひろしま」を観てから、明け方まで頭が冴えて眠れませんでした。
きょうのNHKスペシャルが楽しみです。
どうか、虚心坦懐に観てほしい。
自己弁護だとか保身だとか責任転嫁などと思って、あなたの魂を汚さないでほしい。
この超一級資料の出現に、衝撃を受けたり、震えた人がいたようですが、決して不遜な気持ちで言うのではありませんが、わたしに衝撃はなく、自分の想像力が間違っていなかったということに感謝しています。
「拝謁記」はなぜ今まで秘匿されていたのでしょう。
宮内庁長官の田島さんは世に出すタイミングを失っていたということでしょうか。
それが令和の世に入ったところで陽の目を見ることになったのには何か大きな意味がありそうです。
天皇は「下剋上」を早く止められなかったことへの悔恨と反省を、自身を始め政治家、軍人、国民にも求めています。
ここですべての責任は自分にあると言ってしまってはいけないのです。
嘘になるからです。
天皇は判断を誤ることはあっても、嘘をつくということを知りません。
それが分からない人がたくさんいる。
天皇の高潔な精神を想像できない人がたくさんいる。
帝王学が分からない人がたくさんいる。
原爆投下を天皇が「しかたなかった」と言ったことに怒りを覚えた人がいました。
しかし「しかたなかった」というのは血のにじむような真実です。
天皇の意思には何の価値もありませんでした。
祭り上げるだけでだれも忖度しませんでした。
明治に担ぎだされた天皇は「お飾り」でしかありませんでした。
いまも、天皇の憲法を守ろうという意思を政治は完全に無視しています。
当時も今も何も変わらないのです。


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反省するにはいつごろまで遡ればいいのでしょう。
下剋上は軍部だけではありませんでした。
例えば、中学校や高等学校では生徒がストを決行したり教師を吊るしあげたりすることがよくあったということですから、当時は常に下剋上の空気を孕んんだ社会だったとは言えないでしょうか。
よくも悪くも当時の日本人は元気だったということです。
今こそ下剋上が必要なのに、必要なときにはどこを探してもありません。
みんな家畜のように飼いならされてしまったのです。
いかに開戦を止めるのが困難であったか、いかに戦争を終結させるのが至難であったか、それを想像力を駆使して追体験してほしいと思う。
とくに、歴史家にはそれが求められます。
字面だけを追っても歴史は分かりません。
天皇は「悔恨と反省」の言葉を繰り返したと。
開戦の一年後にも夕食の席に侍従や武官を集めて終戦のタイミングの重要さを繰り返し言ったということでした。
天皇は、強く思うことを繰り返し言っていたのです。
それが胸に届いた人がどれだけいたのかと、、
天皇の戦争責任を言う人は、都合上天皇を絶対君主に仕立て、そのくせ実際の天皇はそこらの町内会長くらいの人間にしか思っていないのです。
カニは自分の甲羅に合わせて穴を掘るということです。
そこには一片のこころもありません。
一人の人間としての、天皇の絶対的苦悩。
ず~っと胸の中で慟哭がさざ波のように続いています。


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by michi-no-yuri | 2019-08-17 10:28 | Comments(0)
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