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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

前川喜平さんへの違和感。

靖国神社が天皇陛下に「行幸請願」を行い、宮内庁に断られていたということですが、こういうことは初めてのことだったようです。
それが、安倍政権や「日本会議」の憲法改正の動きと連動していることは容易に想像できることです。
宮内庁の判断で断ったとしたら、日ごろから天皇の参拝拒否の強い意志を知っていたからかもしれません。
靖国の前宮司は天皇は戦跡に行って慰霊はするが靖国には来ないという不満をぶちまけていましたが、なぜ天皇が参拝しないのかは考えたこともないようです。
(考えてもどうせ分からないでしょうけど。)
靖国を政治に利用しようとしている政権への天皇の抵抗、怒りが、かれらには通じません。
だから、いつまでもなぜ参拝に来ないのだという疑問と不満を持ち続けているのです。
A級戦犯が合祀されているとか、中韓への遠慮だとかは事の本質ではありません。
二度と戦争をしてはいけないというのが天皇のこころではありませんか。
あきらかに安倍政権は靖国を戦争に利用しようとしています。

前川喜平さんのツイートに気になる書き込みがありました。
以下がそのツイートです。

「修学旅行は広島に行くべくだ。伊勢神宮に行くべきではない。2006年教育基本法にだって「日本国憲法の精神にのっとり」と書いてある。平和を希求し戦争を放棄すること。天皇は神の子孫ではなく主権者国民の総意に基づくこと。国と宗教は分離すること。それが憲法の精神だ。」



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広島に行くべきというのはほんとうにそうだと思いますが、伊勢神宮に行くべきでないというのが理解できません。
伊勢神宮に行くことが平和を希求し戦争を放棄することに抵触するとでも?
最近の右傾化、戦前の皇民化教育を憎むあまり坊主憎けりゃ袈裟まで憎いということになっていませんか。
皇民化教育が否定されるべきは当然ですが、伊勢神宮にその責任があるとは思いません。
政治や軍事に積極的に利用されただけではありませんか。
伊勢は伊勢であり、「なにごとのおはしますかはしらねども、かたじけなさになみだこぼるる」と西行が詠んだ伊勢の伊勢です。
天皇は神の子ではなく、主権在民の総意に基づくというのもいまや共産党でさえそんなことは言わないでしょう。
(最近は共産党がもっとも保守的に思えます。)
皇室が神代から続いていることに何か不都合なことがあるのでしょうか。
続いているのは厳然たる事実で、神代に理屈に合わないことがある、つまり科学的でないことがあるというだけで否定されていいものではありません。
子どもが中を見たくてなんでも壊してしまうようなことを科学と言っていませんか。
フィクションと嘘は違います。
神話は民族が創造した文学でありロマンです。
それこそ民族の総意によるものです。
こんな荒唐無稽なことを信じるバカと言う人がいますが、バカなのはどっちでしょう。
そういう本人は明治天皇すり替え説などを簡単に信じているバカではないのですか。
前川さんにはいつごろからか少しづつ違和感のようなものを感じていたのですが、こういうことが原因だったのかもしれません。
神話(歴史)を否定する人が文科省の事務次官だったのですね。
政教分離の「政」とは政治の政ではなく国家のことを指します。
法をつくる者、人を裁く者、治安を守る者、税を徴収する者など国の機関に属する者は(宗教的)中立を守らなければいけないということであって宗教が政治に参加してはいけないことではありません。
宗教と言えば、特定の、あるいは新興の宗教をイメージしがちですが、わたしは教育に宗教的なものは絶対に必要だと思っています。
広島にも伊勢にも行ってほしいと思います。


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by michi-no-yuri | 2019-08-14 09:48 | Comments(0)
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