時間が経つほどに、犯行への怒り、悲しみが大きくなっていきます。
気が付いている人も多いと思いますが、
以前なら、マスコミは事件直後から犠牲者の名前や顔写真を入手するために走り回っていたのです。
翌日かその翌日の新聞には名前と顔写真が載り、経歴や人柄、遺族や友人のコメントが載ったのです。
今回はそれがまったくありません。
(それともわたしが知らないだけでしょうか)
彼彼女たちの死は名前ではなく「1」あるいは「34分の1」という扱いで処理されました。
こんなむごいことがあるでしょうか。
アニメが好きで、そのアニメを作れるという仕事に就けてどんなに充実した日々を送っていたかと思うと、この非情な仕打ちがことさら残酷に思えます。
警察は異常なまでに何でもブルーシートで覆いますが、それも個人情報保護だと言うのでしょうか。
個人情報保護という名のもとに逆に人権や個の尊厳がどんどん軽んじられてきたのではありませんか。。
すべてが秘密裡に事務的に進められ処理されます。
日本はすでに警察国家になっていました。
今回の事件のニュース量が少ないことがそれを物語っています。
マスコミは権力に従順です。
警察に、あの家にひきこもりがいるという電話をかけてくる人がいるそうです。
このことの恐ろしさが分かりますか。
野次を飛ばした人間を警察が取り囲み、排除するのもそうです。
その場にいた人はどうか抗議の声を上げてください。
騒いでください。
社長はいつか記者会見をするのでしょうか。
それともどこからか止められているのでしょうか。
以前ならこれだけの大事件が起きれば、マスコミは数日このニュース一色になったのです。
その扱いのあまりにも淡白なことが逆に不信感を呼び覚まします。
事件の闇を想起させます。
彼彼女たちは焼死させられた上に、名前も知らされないままに短い人生を終えました。
こんな不条理があっていいものでしょうか。
災害で亡くなった人は必ず名前が公表されます。
つまりは、そこにはなんの隠すべきものがないからでしょう。
ヤマユリ事件のときは犠牲者の名前を出すことについて遺族の間で意見が分かれたということでした。
隠したい事情は分からないではありませんが、やはり出した方が良かったと思います。
今回の事件ではそういう事情も存在しません。
名前と個の尊厳は切っても切れない関係です。
なぜ、名前が公表されないのですか。
遺体の照合ができていないということですか。
ほんとうに恐ろしいことが進行しています。
日本は公然と名前も顔も抹殺されてしまうような国になりました。
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