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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

すべての魂の解放のために。

安富歩さんの女性装は、親とくに母親の長く苦しい支配から逃れることができた開放感の表現なのかもしれません。
そのインタビュー記事を見失ってしまったのですが、奇しくも軌を一にするかのように「水瓶座時代」に「母殺し」という記事が連載されました。
母殺しとはブログ主の造語だそうですが、よく知られているのがフロイトの考えだした概念の「父殺し」ですが、簡単に言えば、親からの自立、解放だと思います。
いままで、母殺しという視点、指摘がなかったことが不思議なくらいです。
一部の上級国民を除いて父親の権威なんてとっくに失墜しているのですからいまさら殺すこともありません。
過日の事務次官の息子殺しは、父殺し、つまり父から自立できなかった息子が逆に父から殺された事件だったとは言えないでしょうか。
マザコンとは、母親への愛着、執着を指す言葉だそうですが、愛着は愛されたいという感情だとは言えても愛情とは何の関係もありません。
とくに、男性に多いのが、母親について語るときにありきたりの上っ面しか言えないことです。
つまり、上っ面の母親しか見ていないのです。
いつまでも見られる関係であって見るということはまったくと言っていいほどなかったのです。
有名人が母親について語るのもおおむねそんなものです。
しかし、1人だけ例外がいました。
稲垣足穂です。
本を読まないわたしが足穂の「愚かなる母の記」というエッセイを何度読んだかしれません。
内容はひどいもので、というか事実だけを書いているのですが、読んでいるうちに悪態の言葉からじわじわと愛情が滲みだしてくるのを感じるのです。
わがままでおおざっぱで投げやりなところが自分と重なって最初は悲鳴を上げたくなりましたが、欠点、短所はまた美点や長所でもあるのだと自分に言い聞かせて慰めたものでした。
心配性なわたしは同時に底抜けの楽天家でもあるところも共通しています。(矛盾はしません)


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足穂の母親はガンになって姉に引き取られて行き3年の闘病の末に亡くなるのですが、そのあいだ一度も見舞いに行かなかったばかりか、死を知らせる封筒に入っていた交通費はさっそく酒代に化けてしまいました。
しかし、最後の方でこう書いています。
「見て下さい。この愚かなりし老婆は、いまや私に涙を以て、次のような幻を描かせているではありませんか」と、死後の母親が孫や愛犬と感動的な会話をする場面を書いています。

「水瓶座時代」には、いかに母親の支配によって子どもの精神が圧迫され歪められているかが書かれていますが、子どもの自立、開放は同時に母親の解放でもなければなりません。
母親も苦しんでいるからです。
社会の同調圧力によって教育にのめりこまざるを得ないところに追い込まれているからです。
しかし、それももう終わるのではないでしょうか。
自分たちも不幸だけど、上級国民も決して幸せでないことが少しずつ分かってきたと思うからです。
ほんとうの幸せとは何だろうと、立ち止まって考える時期になったのではないでしょうか。
ブログ主は、何かと強要する母に対して「ババア、うるさい」と言えていたらと書いていますが、わたしもそこまでいけたら最高だなと思います。
(誤解のないように言っておきますが、「ババア、うるさい」はあくまでも象徴として言われていることです。)
6月29日の「『母殺し』あなたは母殺しを終えていますか?」という「水瓶座時代」の記事をぜひ読んでください。


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by michi-no-yuri | 2019-07-08 10:12 | Comments(5)
Commented by ツユクサ at 2019-07-09 06:37 x
フロイトの弟子から自立したユングは「母殺し」を強調しました。英雄が怪物を退治する神話は「グレート・マザー」の暗黒面からの解放を象徴するというのです。これは面白い考え方です。
Commented by michi-no-yuri at 2019-07-09 10:37
ツユクサさま
コメントありがとうございます。
ユングはともかく、母親は「聖域」になっていて余り取り上げられないと思っていたのですが、そうでもないのでしょうか。
安富さんは離婚するとき両親、とくに母親から猛反対されたということですが、こんなはなしは世間ではほとんど耳にしませんので、よほど立場や世間体を気にする人だったのでしょう。
女性装はそういう母親への抵抗のシンボルなのでしょうか。
Commented by ツユクサ at 2019-07-09 18:48 x
稲垣足穂の『愚かなる母の記』では、足穂が組み立てた望遠鏡で月を覗いた母が「せめて百五十円も費ったらもっとよく見えるものが出来たであろうに」というセリフが好きです。田中角栄と佐藤昭(昭子)の娘、佐藤あつ子(敦子)の『昭・田中角栄と生きた女』も「母殺し」の名作と思います。
Commented by michi-no-yuri at 2019-07-09 20:05
ツユクサさま
コメントありがとうございます。
「愚かなる母の記」は文庫の中に納まっているのでしょうか。
安富さんの本を本屋さんに注文しようと思って価格をみたらみんな高くて手が出ません。
わたしはこの20数年以上本屋ではパズルの本だけで単行本を買ったことがありません。
どうしても読みたいというか必要な本はアマゾンではなく本屋さんに注文します。
図書館にも行きません。
バカみたいに同じ本を読んでいます。たまにですけど。

Commented by ツユクサ at 2019-07-09 21:40 x
私が持っているのは1987年(昭和62年)河出文庫の『弥勒』で、表題作のほか『白昼見』『愚かなる母の記』などが入っています。足穂は研究者泣かせの改作が多く、執筆年によってタイトルも変わっていたりします。図書館は只で読めるので私は重宝しております。
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