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谷間の百合

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子どものことを本気で考えている人が現れた。

安富歩さんは親鸞を研究していると言いました。
仏教は学問として勉強しようと思えば気が狂うほど難解なのだそうですが、そういうことは学者に任せるとして、その神髄というか要諦は案外だれもが知っている簡単なことではないでしょうか。
輪廻転生と因果応報だけでいいのだと思います。
上皇后さまが推薦された新美南吉の「でんでんむしのかなしみ」はお釈迦さまの説法に題材を得て書かれたものだと思いますが、こういう話は子どもには理解できないとしても、いずれ理解できるときのために話して聞かせるということはとても大切ことだと思います。
わたしは子どものときに、たとえば人に為したことは必ず自分に返ってくるということや自分にとって嫌なこと痛いことは相手にとっても同じだということを周りのだれかから繰り返し聞かされていたら、その後の人生も大きく変わったかもしれないと思うことがあります。
こんな道草、周り道をして迷子になって恥や罪を作ることもなかったのではと思うのです。
しかしものは考えようで、さ迷える羊だったからどこからか救いの手が差し伸べられたということも考えられます。
親鸞の悪人正機説もそういうことではありませんか。
安富さんは子どもを守ろうと言いました。
いまさらに驚くのが日本の子どもがだれにも守られずに放置されているということです。
国にとっても親にとっても子どもは学校に行っていればいいのです。
その学校は校内で問題が起きれば握り潰すことしか考えません。
安富さんは学校が嫌なら行かなくていいと言いました。
こんなことを言われるとこれから愛国心教育をしようと思っていた国は困るのです。
権力を使ってでもそういう考えを潰そうとするかもしれません。
わたしは子どもには勉強ではなく、周りのものを見る、観察することをさせてほしいと思います。
観察のなかからすべての生きものが同じ意識体だということが分かり、もっとも大切な「憐れみのこころ」が生まれます。
それこそスマホを捨てて外へ出ようです。


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by michi-no-yuri | 2019-07-05 10:30 | Comments(0)
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