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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

わたしたちは今山本太郎という生きている歴史的人間を見ている。

山本太郎さんが、蓮池さん安富さんに続き身体障害者の木村英子さんという人の擁立を紹介しました。
知名度がどうのこうのと言った自分が恥ずかしい。
太郎さんは知名度なるものを一瞬で粉砕してしまいました。
虚を突かれたというか度肝を抜かれました。
そもそも知名度なんていうのは所詮浮世での虚名でしかありません。
言い直します。
「純烈」にうつつを抜かすような女性層でも知っているではなく、そういう女性層の琴線をも震わせるような人選だったのではないかと。
安富さんのあの格好は、世間の常識なるもののまやかし、社会の同調圧力を常識としてその中で安住している人間への揶揄、挑発なのかもしれません。
女装では変態しか連想しませんから女性装とはいうのは苦肉のネーミングだったのでしょう。
安富さんの本を読みたいと思います。
木村英子さんは知的な雰囲気のある人で、話の分かり易さが「考える人」であることを窺わせます。
いつもいつも考えている人なのではないでしょうか。
太郎さんはほんとスゴイ。
わたしたちは今、生きている歴史的人間を見ているのだと思います。
革命を見ているのだと思います。
政治はいま生きているすべての人のためにあることを太郎さんは分からせてくれました。
太郎さんのすべての人々に光を当てようという政治姿勢に、他の政治家は顔を上げられないのではないでしょうか。
しかし、顔を上げられないような恥を知っている政治家もいないでしょうが。


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太郎さんを支持する人の中でも、ほんとうに信じていいのだろうか裏切られるのではないかと思っている人がいるようですが、人を騙す人間は口先だけで騙します。
声を涸らし、駆けずり回るような詐欺師はいません。
失敗することで人は成長すると言われますが、人を信じて裏切られるのもいい人生経験です。
騙されるのではないかと不安に思う人は、そういう人生の貴重な経験を自ら放棄しているようなものです。
わたしはいままで裏切られ失望を味わってきたのも人間を知る上での学習だったのだと思っています。

G20に来日した首脳の夫人のなかで、わたしがマクロン夫人のブリジットさんに親近感を覚えたのは、ファースト.レディ然としたところがなく、どこかオドオドした感じの風情に惹かれたからです。
わたしは子どものころから、仲間に入れず隅のほうでオドオドしていた子に近づいては友達になろうとしました。
つまり同類だったからです。
今問題の「ひきこもり」もそういう人間なのだと思いますが、太郎さんはそこにも光を当ててくれるのではないでしょうか。
(「ひきこもり」のなかから候補者が出てくるかも)
人間はみんな同じ権利を有しています。
社会は助け合うためにあるのだと思います。
やさしさや思いやり、助け合うこころや姿ほど美しいものはありません。
簡単なことではありませんか。


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by michi-no-yuri | 2019-06-29 08:55 | Comments(2)
Commented by louisx2 at 2019-06-29 12:07 x
昨日の木村英子さんの公認は、本当に衝撃でした。
山本太郎さんの本気を徹底的にみせられました。
木村さんは私と同じ1965年・昭和40年生まれです。50年以上も体が不自由とはどんな精神状態になるのか想像もつきません。
私はずっと肉親の愛情薄く、貧困の中に生きてきましたが、五体満足で、経済的に不自由なりに好きなことをできました。

山本太郎さんのボランティアをしていて、戸惑うのは、「多様性を排除しない」ということです。
人間・日本人は皆平等だと頭では分かっているこのことになぜ戸惑うかというと、やはり自分の中にも社会の中にも差別する、分断する、価値観の違いを認められない気持ちがあるからなんですね。これを昨日打ち砕かれました。
逆に今、日本の人々が木村さんによって問いかけられたのです。
これでも選挙に行けない国民なら、日本は滅ぶべくして滅ぶのだと思います。
そして選挙はネット世界の中では進みません。
ネットの外の人たちに呼び掛け続けなければならないのです。

PS. 安冨氏は満州国の研究者です。旧・満州国を今だ夢見る者たちや李氏朝鮮に繋がる今の政権の
流れを知る人でしょう。
山本太郎さんには、大きな役目があるのでしょう。
Commented by michi-no-yuri at 2019-06-29 20:18
Iouisx2さま
コメントありがとうございます。
自分の中にある差別、分断、価値観の違いを認められないこころというのは、大なり小なりだれにもあるものだと思います。
わたしもまだ途上ですが、随分時間をかけて自分の中のそういうこころと戦ってきたように思います。
だれもそれがよくないことだと分かっていても変えられないのですね。
しかし、人間は変わろうと思えば変わります。
生きるということは変わることだと思っています。
右の人、とくに「日本会議」系の人間に無いのが、いのちに対する共感、想像力です。
だから、国のために血を流せなどと平気で言えるのです。
自分にとって一番大事ないのちは、だれにとっても一番大事なものだということへの想像力がないのです。
先日、わたしは鳩山さんにポンと10億円くらい出してもらえばいいなんて書きましたが、仮に鳩山さんがそうしたいと言っても太郎さんは断るのではないかとなと思いました。
これが自分に出せるぎりぎりの金額だと3000円を寄付した人の話を聞きましたが、Iouisx2さまがそうであったように1000円の寄付も多いようですね。
太郎さんはきっとそういう小口の寄付をしてくれた人のこころを大切に思うでしょうからね。
1000円を出すのがやっとだという人がたくさんいるということを、上級国民は想像もできないでしょう。
木村英子さんの擁立は衝撃だったということですが、ショック療法ではありませんが、多くの人も衝撃を受けてほしいと思います。
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