人気ブログランキング |
ブログトップ

谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

わたしが牛肉を食べない理由。

コメントで紹介していただいた日月神示ですが、なぜかどのサイトも開きませんでした。
わたしは日月神示と言えば、共食いになるから肉食してはいけないということと、いつか、すべての生きもの、人間も動物もみんな手を繋いで「うれしうれし」の世がくるという二つを思い出します。
いえ、思い出すどころではありません。
それがこころの支えなどという陳腐なことではなく、わたしの中の人類の最後の救いであり希望なのです。
誇張して言えば、それがあるから生きられると言ってもいいかもしれません。
どんな生きものにも感情も意思もあります。
姿かたちが違うだけで意識(たましい)は同じだから共食いになると言っているのです。
(しかし、共食いの対象を四足だけに限定しているのは大きな矛盾です。)
当たり前に動物より優れていると無条件に思い込んでいる人間はそれほど立派なものでしょうか。
食べて寝て奴隷のように働いているだけではありませんか。
基本的に不安に支配されているので他人と同じでないと生きていけません。
人間の顔から急速に知性が失われて行っていますが、動物の中には哲学者のような顔をして人間を睥睨しているものもいたりします。
テレビはスポーツとグルメ一色です。
そのグルメ番組が女性にストレスを与えます。
外で働いて、家でもそこそこのグルメを、夫からではなく社会から要求されているという圧力の中にいるからです。
雨ニモマケズの一日に玄米4合と味噌と少しの野菜というのはそれがいいと言っているのではなく、当時の日常の食事を言っているだけだと思います。
野菜があるだけまだましで、毎日ご飯に菜味噌だけだったと聞いたことがあります。

壺阪寺
c0243877_10161762.jpg


わたしは牛肉を食べませんが、絶対にということではありません。
なんとか「イズム」に縛られるような人間にはなりたくないからです。
牛肉を食べない理由はわたしに流れている百姓の血だと思います。
(もちろんわたしは農業を知りません)
むかしは牛馬なくして農業は成り立ちませんでした。
農家には玄関を入ってすぐ横に牛小屋があるのが普通で、つまり、家族だったということです。
むかし家族だった牛を用済みになったからと殺して食べられるものでしょうか。
瀬戸内寂聴さんは牛肉が大好物で毎日食べているということです。
その言い訳が、お釈迦さまは殺生はいけないが食べてはいけないとは言ってはいないと。
食べる人がいるから殺生する人がいるとは思わないのでしょうか。
ニワトリは料理やお弁当に欠かせないタマゴをうんでくれます。
わたしが豚肉だけ食べるのは、屁理屈かもしれませんが豚には恩義もなければ恩恵も受けていないからです。
もちろん、食べないにこしたことはありません。
日本の和牛が世界に輸出されているそうです。
わたしは日本のいのちが売られているようで辛くてやりきれない思いです。

人間は動物や植物から復讐されるときがくると思います。
飢餓です。
それも、そう遠くないときに、、、


c0243877_10164613.jpg










×
by michi-no-yuri | 2019-04-18 10:23 | Comments(0)
<< 「万全の準備」には外遊も入って... 国民を選挙に行かせないために安... >>