ブログトップ

谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

「国破れて天皇あり」

パリサイ人という言葉は突然降ってきたのですが、まさにそうだ!とわたしは我ながら感じ入りました。
聖書を読んでいなくても、パリサイ人がどういう人たちでイエスがかれらを何と言ったか(マムシの子と言ったのです)くらいは知っています。
落ち葉に埋まったようになっている庭の手入れをしたせいで腰を痛め、きのうはベッドの上で過ごしました。
パソコンを枕元に置いて、なんということもなく昭和天皇の全国巡幸の動画を繰り返し見ては胸を熱くしました。
向こうに原爆ドームの見える広場を埋めた群衆の中から、天皇があらわれると大地を揺るがさんばかりのどよめきが起きましたが、わたしには「天皇陛下、よくもご無事で」という喜びが爆発してあの熱狂になったように思えました。
「日本は戦争に敗れました。われわれも言うに言えない苦労を味わいましたが、天皇陛下のご辛苦には及びもつきません。」という共感のようにも思えました。
こういう思いやりや労わりのこころが天皇と国民の紐帯なのだということを知らない人が増えました。
わたしには「国やぶれて天皇あり」の思いが、あのどよめき、熱狂になったように思えてなりません。
ましてその後に、同じ日本人から、天皇の戦争責任を追及したり、「保身のため」という言葉が出てくるとは想像もできないことでした。


c0243877_10134250.jpg


吉田兼好は、天皇は我々人間とは違う存在だと言いましたが、こう言うと身分とか階級という言葉しか頭に浮かばない人のために言っておくのですが、例えば、平気でウソをつき恥も情もない人間と、無私、利他、仁慈、慈悲のこころで生きている人とは違うということです。
精神性の問題です。
(天皇カースト制とか笑ってしまいます。)

靖国神社の宮司が職を辞しましたが、あれが戦前の軍人の本音の姿だと思えば分かり易い。
かれらは天皇を担ぎ、祭り上げて利用し尽くしました。
あくまで「外交で」という天皇の考えを憎み陰に陽に圧力を掛けたのです。
立憲君主としての戦前の天皇も今の象徴天皇と同じように憲法の制約を受けそれを順守していました。(昭和天皇は立憲君主の立場を逸脱したのは2.26と人間宣言の2回だったと告白しています。)
憲法を守ろうとまでは言えても、今上天皇に憲法改正を阻止する権限も力もありません。
同じ意味で昭和天皇も戦争を阻止することはできませんでした。


c0243877_10135666.jpg










×
[PR]
by michi-no-yuri | 2018-10-15 10:19 | Comments(4)
Commented by しんのすけ at 2018-10-16 03:10 x
天皇が 軍人達および国粋主義者に利用された立場である事に異論はありません

が、しかし 天皇にだって大きな責任は 有るというのが私の意見です

軍部の暴走 これを止める事の出来る唯一の存在 これが天皇だったからです
天皇が自らの意思で国家の舵取りに 大きく関わったのはたったの二回
226事件と終戦時のみ これだけだったからです

「満州事変に始まるあの戦争を・・・」 こう述べられたのは今生陛下です

そう、、まさしく 日本が道を誤ったのは いわゆる満州事変からで
大陸への明らかな侵略行為を始めたキッカケ これが柳条湖事件という出来事ですが
この事件が 関東軍が起こした謀略である事は 昭和天皇は当初から把握していた
なのにこの事件の首謀者であり、中心人物であった石原莞爾を 陸軍参謀本部という
文字通り帝国陸軍の中枢へ 事変後に栄転させている事実が有るのです

この時代の 軍の中枢への人事には、天皇および皇族方の影響力は絶大で
ほんのちょっとでも不快感を示せばたちどころに 「お上の心証を害する人事」 として
覆されるのは必定で 昭和天皇がこの人事に 目を通さぬ訳はないのであります
下っ端の役人や軍人の人事ではないのです 陸軍参謀本部とは文字通り
帝国陸軍の中枢だったのです

つまり 軍部の暴走のキッカケを作った石原莞爾に お咎めどころかご褒美という
この事実が 後の軍人達の行動に 大きく影響を与えたであろう事は確実で
「結果的に領土を拡大すれば 陛下は喜んでくださる」 こう考える根拠となったのです。
Commented by michi-no-yuri at 2018-10-16 11:19
しんのすけさま

コメントありがとうございます。
おっしゃっていること、基本的に異論はありません。
人間だれにも毀誉褒貶あり例外はありません。
神でも判断を誤るのですから、神ならぬ天皇が誤るのに何の不思議はありません。
わたしは決して昭和天皇はいい人だったと言いたいのではありません。
その誤解を避けるために、あえて敬語も謙譲語も使いません。
指摘や批判はすべきだと思います。
わたしが書いているのは天皇というより、国民を書いているつもりです。
わたしが求めているのは客観的事実だけです。
歴史家や学者の考えを知りたいわけではありません。
だから公文書が重要な意味を持つのですが、その公文書にさえともすれば歴史家は手を加え色を付けがちです。
たしかに皇族方は大きな権限と影響力を持っていたのかもしれませんが、天皇が易々と聞き入れるとは思えません。
(なかには竹田恒泰のような人間がいたかもw)
石原莞爾の評価が変わったのは、2.26で反乱軍の鎮圧に功があってからだと思っていたのですが違うのでしょうか。
柳条湖事件の首謀者として天皇は信用ならない人物だと思っていたのではないでしょうか。
歴史に正しい評価があるのでしょうか。
見る角度、見る人の能力によって歴史は千変万化します。
また、読む本にも左右されます。
アヒルの子が最初見たものを親だと思うように、最初読んだ本に一生捉われる人もいるかもしれません。
わたしは影響を受けるのが嫌いで、そのつど影響を棄ててきたように思います。
腰痛が酷くてやっとここまで書けました。
書きたいことは山ほどあるのですが。
Commented by しんのすけ at 2018-10-16 16:40 x
ブログ主様 丁寧な返信を頂いて恐縮です

私も誤解なきように申し上げておきますが 天皇の責任を糾弾せよという立場ではありませんし また天皇に必要以上の馬鹿丁寧な言葉を使う人間も大嫌いであります

あの戦争の責任者は誰だ こういう論議を戦後はたびたび巻き起こる事が絶えなかったそうですが 私の戦争観に大きな影響を与えたのは 旧満州で、地獄のような体験をし命からがら生還を果たし、戦後も筆舌に尽くし難い苦難を味わった
私の伯父から直接聞いた事なのです

その 満州で地獄を見た伯父から教えられた戦争観は
「あの戦争 誰の責任だという議論がたびたび耳にするが、伯父さんに言わせれば あの当時の日本国民すべてが戦犯なのだよ そのくらい当時の日本人は自惚れていた思い上がっていた 特に満州における日本人は不遜だった バチが当たったとしか言い様はないのだ」

※ いいか、お前ら この満州で一番偉いのは 我々日本人だ
 その次がロシア人 そして満人 漢人 一番卑しいのが朝鮮人だ
 日本人の親たちは 子供たちに平気でこう教えていたという ※


つまり 我々が一番大事にして議論しなければならない事は
「あの戦争を 二度と繰り返してはならない」 という事に尽きるのではないでしょうか
【責任者の断罪】ではなくて【再発の防止】こそが最重要と考えるべきで、ただ単に感情的に責任追及に徹すれば 国家の最高責任者として主権者である天皇に行きつくのは当たり前の事でしょう

しかし、言うまでもなくそれは 「形式的な責任」 でしかなく
感情的な責任者の吊し上げが 再発防止に役立つとは思えないのです
ならば 東條英機以下 軍部や指導層にばかり断罪しても片手落ち
なぜなら 軍部の暴走を 支持したのは国民そのものなのです
煽った右翼や国粋主義者はもちろん 裏で暗躍した財閥も、嘘を垂れ流したマスコミも、もちろん大きな責任はあるのですが 最大の責任は言うなれば 全ての日本国民、ここへ行きつくのです

再発防止を最重要と考えるならば、右も左も関係なく 【日本の社会すべて】で反省せねばならない もちろん あの当時 この世に生を受けていなかった我々だって 反省すべき人間達に含まれると

これが私の戦争観です。

Commented by 谷間の百合 at 2018-10-17 09:01 x
しんのすけさま

コメントありがとうございます。
きょうのブログに転載させていただきました。
<< 静かに広がる「終活」「墓じまい... 日本のなかのパリサイ人へ。 >>