ブログトップ

谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

風評被害はほんとうに風評なのですか。

「ネットゲリラ」さんが、むかし線量計を持ち歩いていたときに、新幹線を降りた途端に数値が桁違いに跳ね上がっていたので、怖くてそれ以来ほとんど東京には行ってない。煙草はすっているけどwと書いていて、最後の「煙草は吸っているけどw」に放射能は隠して、喫煙の害しか説かない国を皮肉っています。
また、キュウリが福島産ばかりで困る。絶対に買わない。消費者にも「物」を買わない権利がある。ということで、三島?地方にまで福島産が浸透していることを知りました。
この辺もキャベツは群馬産が徹底していて、地産地消を標榜する道の駅のようなところにも群馬産しかありません。
だから、わたしもキャベツは買いません、つまり食べません。
そう言えば、以前はよく目にしていたキャベツ畑をこのごろはまったく見なくなりました。
どこでどんな調整をしているのか、想像すると怖いものがあります。
ワールドカップのとき、日本選手の食事を賄う料理長が、食材はほとんど福島産だと言ったとき、わたしは大丈夫なのだろうかと思うと同時に、風評被害を大上段に構えた態度には不快感さえ覚えました。
風評被害はほんとうに風評なのでしょうか。
政府は安全宣言を出しましたか。
しかし、政府が出したとしても、もう信じる人はいないでしょうが。


c0243877_17371313.jpg


同ブログの別の記事に、フランスで、菜食主義者が肉屋を襲撃したというニュースを取り上げていました。
動物愛護団体はとかく過激になりがちですが、わたしも菜食主義ではありませんが肉食は反対です。
最近の肉の消費量の多さには恐怖さえ覚えます。
鶏のから揚げがこれほど食べられるようになってから、まだ10年は経っていないのではないでしょうか。
先日、パラ~ッと見ていた本に、明治のある地域では、年を取ったニワトリは神社の境内に持って行って放したということが書かれていました。
そのころには、まだどこかにニワトリは神の使いだという意識が残っていたのでしょう。
それがいまでは食材になりました。
畜産農家は、それ以前は普通の農家で、田を耕すのに牛はなくてはならない労働力だったでしょう。
その農家が、食材として牛を飼育し、その肉をいまでは宣伝してまで海外に輸出するようになりました。
(書いていても苦しくなるほどです。)
一二三神示が言う、肉食はするな、「共食いになるぞ」についてはさまざまな解釈がありますが、わたしは、生きものは同じ意識を共有する生命体だからということで共食いだと言っているように思っています。
形が違うだけで、意識、つまり、感情や意思は人間と同じなのだと。
わたしは、きっとごく近い将来に食べるものに困ることになると思っています。
その要因はいろいろあるでしょうが、いちばんの原因は、金儲けや自分の舌を喜ばすために他の生きものを「いのちなきもののように」扱いそのいのちを奪っていることです。
西部邁さんだったと思いますが、動物や植物からいのちを貰っているのだから人間はもっと賢くならなければいけないと言っていましたが、なるもんですか!


c0243877_1018302.jpg










×
[PR]
by michi-no-yuri | 2018-09-19 10:19 | Comments(0)
<< 熱いフライパンの上で踊ることに... 日本という滅びゆく国に生まれた... >>