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谷間の百合

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国を当てにしていたら死んでしまう。

国を当てにしていたら死ぬしかない。
そんなところに来ているように思います。
総理は「自民亭」での宴会の件を問われても、政府は一丸となって全力で取り組んでいると言うし、菅官房長官も初動の対応についてはまったく問題ない、指摘は当たらないと言いました。
いったいこの人は何を考え、何がしたいのだろうとつくづく考え込んでしまいます。
いつも「問題ない」と「指摘は当たらない」の二つを言っているだけなのです。
記者もこんな会見をされて屈辱に思わないのでしょうか。
ボイコットしようとは思わないのでしょうか。
「自民亭」での件ではだれも責任をとりません。
竹下さんは非難は甘んじて受けると言いましたが、言うだけですか。
むかしは、こういうときは辞めることが責任の取り方だったのです。
だれも責任をとらないのは当然です。
総理が平然と居座っているからです。
みんな上を見習うのです。
それに、自分が責任をとって辞めると総理の立場がなくなると、きっとまだそんな忖度をしているのでしょう。
視察のときの総理の表情からは、大変なことになっているという現実感は微塵も見て取れませんでした。
ヘリコプターの窓からも、ただ漫然を見ていただけです。
つまり、何も感じていないのです。
国土があり国民がいて国なのに、どんなに国土が荒廃しようとどんなに国民が死のうと総理はほとんど何も感じていません。
おそらく、国土のほとんどが住めないような状況になってもまだ尖閣を守ろうと言っているのでしょうね。

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ハザードマップは各家庭に配布されていてみんな避難場所は知っているはずなのです。
問題は避難のタイミングなのです。
大丈夫だと思っている人に訊くと、そんなことはいままで一度もなかったと言うのです。
経験のないことは起きないと思っている人がいるのです。
自分だけは大丈夫だと思っている人がいるのです。
わたしはと言うと、われながら恥ずかしいと思うほどにいの一番に避難するでしょう。
自分だけは死なないと思っている人とは反対で、自分だけは死ぬかもと思っているからです。

フクシマでは震災後、2万か所に井戸が掘られたそうです。
その井戸は今も生きているのでしょうか。
わたしは、水道民営化に腹がたってならないので井戸を掘ってやろうかと思うことがあります。
災害が起きるたびにいかに水が大変かと言われるのに、なぜ井戸を掘ろうという話にならないのでしょうか。


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by michi-no-yuri | 2018-07-14 10:29 | Comments(0)
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