山桜さま、コメントありがとうございます。
ブログの紹介ありがとうございます。
稿を改めて、長文なので序文の部分を転載させていただきます。
魂のこもった文章が多くの人の琴線に触れるものと思います。
これを読んでも尚被害者家族への批判だという人がいたら、もう相手にしないだけのことです。
山桜さまが あそこまで家族会に容赦のない厳しい批判を書かれたのも、それだけ拉致をわがこととして取り組んでこられたからでしょう。
わたしも含めて外野がとやかく言えることではないと思います。
わたしは、文中引用されている神学者ラインホルト.ニーバーの「平和の祈り」の言葉に強い感銘を受けました。
「神よ、変えられないことを受け容れる心の平静さ
変えられることを変える勇気
変えられないものと変えられるものを
見分ける知恵を授けてください」
わたしも言葉にはなりませんでしたが漠然と考えていたことがそういうことだったからです。
横田早紀江さんがいつだったか教会で、めぐみが亡くなっていても、あの世で必ず会えると信じているからと明るく話しておられるのを聞いたことがありました。
その頃は、そう思うことでこころの平静さを保っておられるのだなと思って聞いていました。
拉致被害は日本だけではなく、韓国を筆頭に東南アジア、中東、ヨーロッパにまで及んでいました。
しかし、どの国の政府も取り上げることはなかったようです。
だから、家族は「変えられないことを受け容れて」心の平静さを取り戻していくしかなかったのだろうと思いました。
変えられるというより変えるしかないのだというところにこころが収斂していったのでしょうか。
きょうの記事にフクシマのこと、とくに小児甲状腺がんの子どものことを書いたのは、今現在、苦しみと恐怖の中にいる人に一日も早く救いの手を差し伸べてほしいと思ったからです。
今現在貧困や病気や過労で苦しんでいる人をまず助けてあげてほしいのです。
皮肉っぽく言うのを許していただけるなら、、家族会は16年も待てた上に、まだ急ぐべきでないと言っているのですから後回しでもいいではありませんか。
横田早紀江さんの顔に諦観を感じるのはわたしの勘違いでしょうか。
変えられないことを受け容れて平静な心でいようと思っても周りが許してくれないということかもしれないなと思ったりします。
あの息子たちにガンガン言われたら逆らえませんよね。
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