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谷間の百合

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続 セクハラ考 

惜しんでも余りある米山知事は潔く辞任してしまいました。
米山さんのことを思うと、なぜかわたしは悲しくなります。
女性に縁のなかった人が、何とか女性とお付き合いできないものかと思いあぐねてやっと見つけたのが「出会い系」だったのでしょう。
記者会見での米山さんは、どこまで正直なの、どこまで誠実なのと驚くほどの対応でした。
「自分は(相手の女性が)好きでした。」の一言が本当に悲しく胸に響きました。
米山さんに限らず、女性に縁のない男性はゴマンといるでしょう。
むかしならそういう男性(女性)を地域のコミュニティーは放ってはおかずに相手を見つけて救済していたのではないでしょうか。
社会からそういう風習や慣習がなくなって若者は見捨てられたも同然になりました。
こういうことからも少子化の根が深いことが分かります。
米山さんは最近までツイッターで橋下徹を批判していましたが、その橋下徹はコスプレ不倫が露見したときなんと言ったか。
これでもう娘に制服を着ろと言えなくなったと開き直ったのです。
わたしはその発言に心底驚き、こんなことを言う人間は世界に二人といないだろうと思ったものでした。


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セクハラの問題は本筋ではありません。
そんなことに時間をとらせてはいけません。
きのうは福島瑞穂さんなどが黒い服を着て「me too」のプラを掲げながら財務省に抗議に押し掛けていましたが、あまり見たくない光景でした。
辻元清美さんも「女を舐めているのかと思いました。」と言っていましたが、舐められていることを前提に言っているようで感心できませんでした。
幸い女性には母性があることになっています。
男はほんとうにいつまでも子ども(バカ)なんだからという母親の視線で男性を見るというのも一つの手ではないでしょうか。
セクハラを糾弾することで社会がよくなるとは到底思えないのです。
現実には、逆にミソジニー(女嫌い)ミサンドリー(男嫌い)が急激に増加しているのを感じます。
わたしはそれが悲しく且つ恐ろしいのです。
笑われるかもしれませんが、わたしはセクハラ問題も男女を敵対させるための、支配形態の一つである「分断して統治する」の一環だと思っています。
時代が変わったのだと言う人がますが、日本自らが変わったのではありません。
外国で興った思想や運動を有難く押し戴いているということです。
そして、わたしはそういう思想(セクハラ、禁煙)を胡散臭く思っているということです。

キュウリやナスはすこしでも形が悪いと規格外だということではねられます。
人間界もそうなってきたというか、とにかく規格外になって仲間外れになることを極端に恐れる社会になりました。
それがまた新たな差別の温床になります。


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by michi-no-yuri | 2018-04-21 10:53 | Comments(0)
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