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谷間の百合

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「自白偏重」が改まらない原因。

きのうは「吉野」に花見に行きました。
カーラジオでニュースは欠かさず聞いていたのですが、加山雄三さんのクルーザーが燃えたことが繰り返し報じられ、こんなことにニュース性があるのかと一人ブツブツ言っていました。
嘘でも爽やかなさっぱりした顔でコメントするのではと思いきや、これ以上はないというような沈痛な面持ちで、辛い悲しいと言ったのは意外でした。
クルーザーが加山さんの分身のようなもので、ある意味家族以上の存在なのだろうとは想像できますが、津波や地震で家族や家を失った人のことを思えばとるに足らないことです。
この一事だけでも、加山さんが社会の出来事に無関心だということがよく分かるのです。
いつまでも「若大将」の気分で自分の世界以外のことには関心がないのです。
吉野では、杉良太郎さん寄贈のサクラの幼木を見ましたが、杉さんだったら恐らく違った反応になったことでしょう。


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車の中では、きのう見た名張毒ぶどう酒事件のドキュメンタリー「眠る村」のことを思い出していました。
「眠る村」とは、事件現場になった村のことかと思っていたら、同時に裁判所や司法も指していることを最後のテロップで知りました。
まさに裁判所は閉鎖的、排他的、独善的な村社会そのものです。
その村は三重県と奈良県にまたがっているのですが、事件後は断絶しているということでした。
奈良県側に住む事件の年に生まれたという男性が、慎重に言葉を選びながら口にしたのが「力関係」というキーワードでした。
あくまで、わたしの勝手な解釈ですが、奥西さんは村社会での力関係によって犯人にならざるを得なかったのではないかと、そういう意味だったのではないかと思いました。
社会はすべて隅々まで力関係で成立しています。
容疑者が自白すると、本人が言ったことだからこれほど確かなことはないというのが社会一般の見方です。
しかし、わたしは一度もそう思ったことがありません。
なぜなら、容疑者と検事の間には圧倒的な力関係の差があります。
権力を持つ人間に、弱い立場の人間の心理が分かるはずがありません。
どういう心理状態で自白に追い込まれていくかが分からないのです。
権力を持つ人間の前で、シドロモドロになったり震えたりすれば、それだけで犯人に違いないと思われてしまうのです。
そういうことが理解できない人は、自分がいかに社会や世間や上の立場の人間にモノが言えないかを思い出してほしい。
そういう人間がある日突然逮捕されたらどうなるかということです。


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by michi-no-yuri | 2018-04-03 10:25 | Comments(0)
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