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谷間の百合

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死者の無念のために。

安倍総理やその妻のしたことで仮にも死者が出るようなことはあってほしくないと思っていたのですが、その願いは叶いませんでした。
山本太郎さんの呼びかけは届かなかったのでしょうか。

「この国に生きている官僚のみなさんは、この国をもう一度立て直すために必要な人材なのですよ。今持っている情報があったら、是非出していただきたい。そして、ちゃんとした国作りのために力を合わせていただきたい。決して、自分の命を無駄にするようなことはしないでいただきたい。」

わたしは、野党やマスコミがもっと連帯し徹底的、重点的に安倍総理を追及していたら、こんなことは起きなかったのではないかと思っています。
官僚たちに、もしかしたら野党やマスコミは自分たちの味方になってくれるかもしれないと思えるような強いメッセージを発していたらこんなことは起きなかったのではないかと。
総理はモリカケから逃げ回っていました。
意味のない外交をし、必要のない選挙まで行いました。
それをマスコミと野党は指を咥えて見ていたのです。
そして、官僚たちはその間生殺しの状態に置かれていたのです。


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自殺したとされている赤木管理官は、去年の秋ごろから体調を崩して休職中で、自殺の前日に大阪地検の聴取に応じていたということです。
翌日の自殺はいかにもという印象です。
なんでも疑ってかかるというのはわたしの好むところではありません。
しかし、わたしも「相棒」の右京さんではありませんが細かいところが気になるタチです。
といって自殺の否定の根拠になるというものでもありません。

通常と言うか、こういうニュースを報じるときには、第一発見者の存在は欠かせません。
自殺しているのを家人が発見して警察に届けたとか、独り暮らしの場合は、連絡がつかないのを不審に思った会社の同僚が自宅を訪ねて発見したとかなるのが通例なのですが、今回そこが抜けているのです。
ただ、自殺しているのが見つかったと報じただけなのです。
こういうことって「あり」なのですか。
また、遺書があった=自殺となるのですが、サスペンスドラマでは、多くの場合、そこから謎解きが展開していきます。
遺書があったということを簡単に信じてはいけないのではありませんか。
真相は闇の中です。
ただ、わたしは自殺であろうがなかろうが死者の無念を少しでも晴らせるものなら晴らしたいとの思いで、疑問に感じたことを書き留めておきたかったのです。


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by michi-no-yuri | 2018-03-10 10:06 | Comments(0)
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