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谷間の百合

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日本は「退屈な国」

外国人観光客の多くが「日本は退屈な国」だと思っているのだそうです。
これだけたくさんの観光客が来るのは、日本が憧れの国であり素晴らしい国だからだと何の疑いもなく思っている日本人には冷や水を浴びせられた気分でしょう。
「退屈な国」の国とは抽象的概念ですから、では実体は何かということですが、言うまでもなくそれは国民です。
それならよく分かるのです。
日本人は退屈なのです。
何も考えていないからです。
フクシマ モリカケ、山口敬之のレイプなどのニュースは多くの国に配信されているのに、日本に来てみるとまるでそんなことはないかのようで、いったい日本人はどうなっているのかという印象を持つのではないでしょうか。
退屈以上に不気味に感じるのではないでしょうか。
だれも生活の不満を言わないし政治の話もしない。
かっての旧ソ連圏の国がそうでした。
政治的発言はタブーのようでした。
そんな国を旅してなにが面白いでしょう。


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美しい風物、きれいな街、、歴史的遺物などよりもその国を印象付けるのは、人々が自由に生き生きしているかということではないでしょうか。
それに、旅先でハメをはずしたくても、日本には大人の遊ぶところがありません。
それでいま気が付いたのが、ナイトクラブ、ダンスホール、ディスコ、キャバレーなどが次々と廃業に追い込まれていったのは、IRというカジノを含む統合型リゾートをつくるためだったのかということでした。
利権のためならどんな深慮遠謀も厭わないのですね。

退屈な人間だと言われるのは最大の侮辱なのですが、日本人はそれさえ感じなくなってしまっているのでしょうか。
かれらから見ると、日本人はおとなしくかたまって黙々歩いている羊のように見えるのかもしれません。
そう思われて悔しくありませんか。
わたしは悔しい。
みんな政治に関心を持ちましょうよ。
これほど分かり易い悪党、犯罪者が日本を牛耳っているのに、、
籠池さん夫婦が不当に拘禁状態におかれているというのに、、
この時代に生きていて、そういうことから目を逸らせてやり過ごすのですか。


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by michi-no-yuri | 2018-02-20 11:06 | Comments(2)
Commented by 一読者 at 2018-02-20 20:05 x
こんばんは。
「退屈な国」まさにそうですね。
この間歩いていたら前方にやけにイキイキと歩いている一団がいました。おしゃべりをかわしながら振り返ったり、動きが自由なのです。
近づいてみると果たして言葉の感じからベトナムの方の様でした。
東アジア系の方でも、表情豊かで意志的な目をしている人は大体中国か韓国人で、日本人ではないのです。
父の若いころの写真を見ますと、職場の方々が明るく笑って写っていて、今の日本人とは違い、自由闊達さがあります。
いつのまにこんなに表情のない人ばかりになったのでしょう。
前川喜平さんのいう教育の失敗でしょうか。
一人一人が自分で考え、それを語るという教育をしてこなかった、ただ大人に都合の良い従順な人間ばかりを作り続けてきたその結果。
ますますその傾向は強くなっているようです。
もう落ちてゆくしかないのかもと思ったりします。
Commented by 谷間の百合 at 2018-02-21 12:35 x
一読者さま

コメントありがとうございます。
まったく同感です。
表情豊かで意志的な目をしている、そんな人を見たいとず~っと思ってきました。
意思的な目は知的な目でもあります。
知的というのは何も特別なことではなく、自分の頭で考えるだけのことです。
そのためには、見ること、感じることがもとになるのですが、見ることが決定的に欠けていると思われませんか。
目は開いていてもなにも見ていないのです。
関心がないからです。
わたしもむかしの写真をよく見るのですが、それらの写真には、道行く女性たちの華やいだ感じ、はじけるような笑顔、屈託にない笑顔がたくさんあります。
日本から失われた最大のものがそういう笑顔ではないでしょうか。
日本人は元来自己主張しないとか政治的ではないとか言われますが、そんなことはありませんよね。
明治、大正と政治運動が盛んでしたし、戦後も学生は元気でした。
外国では学生も若い人も普通に政治に関心をもち議論を戦わせているそうですね。
日本もそうなってほしいものです。
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