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谷間の百合

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新しい血を入れることの意義。

きのう、テレビ朝日は2時間の特番を組んで貴乃花のインタビューを流しました。
貴乃花側の、よほどマスコミに顔の利く人間がお膳立てしたのだと思いますが、貴乃花の一方的な言い分を聞くためだけの2時間はないだろうと思いました。
わたしは、番組の予告で、貴乃花が暴行の現場に同席していた人間が場所に出ているのはおかしいと言っているのを聞いて、白鵬への個人的な恨みが根底にあるのだなと思いました。
貴乃岩があそこで怪我を負ったのは、貴乃花にとっては白鵬を追い落とすための千載一隅のチャンスだったのではないでしょうか。
この機を逃してなるものかという、、
相撲は日本の文化だ、国技だ、神事だと力説するのは、つまりはモンゴル力士への当てつけなのです。
貴乃花の、よくもうちの若いもんをかわいがってくれたなという怒りが、ここまで話題を引きずってきたのです。
それを相撲道とか改革とかいう言葉で取り繕っているのですが、本心を隠してきれいごとを言う人間ほど障害になるものはありません。
飛躍するようですが、かって日本を誤った道に引きずり込んだのがこういう人間です。


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角界に新しい血(外国人力士)が入るのが望ましいと思うことと同列に論じるつもりはありませんが、わたしは皇室にもどんどん新しい血が入ってほしいと思っています。
眞子さまと小室圭さんの結婚が延期になったのは、眞子さまが発表された文書にある通りだと思いますが、それを小室さんの母親のスキャンダルと絡めるのは、隠れた思惑、意図があるからだろうと思います。
相手の男性が、自分の恥になるような、たかが400万円くらいのことで、積極的に週刊誌に売り込むでしょうか。
眞子さまには旧宮家の男子と結婚してほしいという強い願望を持つた人々がいるようです。
おそらく、「日本会議」系の人たちなのでしょうが、わたしは旧宮家など論外で、新しい血が入ってほしいと思っています。
そして、庶民の中にこそ相応しい人がいると思っています。
「血」がすべてだと言う人がいますが、わたしは、血とは物理的なものではなく象徴的なものだと思っています。
いままでも血が断絶しそうになったことは度々あって、そのつど
当時の人々の思いと知恵でその危機を乗り越えてきたのではないでしょうか。
わたしは、その繋いでいこうという人々のやむにやまれぬ思いが皇統なのではないかと思っています。


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by michi-no-yuri | 2018-02-08 10:46 | Comments(0)
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