「ファシズムは止まらない」と書いたばかりですが、この一両日のニュースを見ていると、その釣瓶落としの早さに息を呑む思いがします。
28日に開催された自民立党60年の記念式典の挨拶で、総理は「憲法改正初め、占領時代に作られたさまざまな仕組みを変えていくことが立党の原点だ。」と述べたそうです。
驚愕するような発言です。
わたしも、占領時代に作られた仕組みを変えたいことにかわりはありませんが、宗主国に日本を売り、これ以上はないというほどの隷属をしながらどうしてそのようなことが言えるのか、みんな頭がどうかしてしまったのでしょうか。
よく、戦後憲法を変えなかったのは日本だけだと言われますが、たとえば、アメリカなどは条文の修正はしても基本の理念は当然のごとく受け継がれているということです。
ところが、総理は基本の理念である「戦争放棄」を変えたいがために改憲を言っているのです。
9条を変えるということは、必然的に基本的人権などが制限されるということです。
まさかと思っていた集団的自衛権が呆気なく成立してしまったように、改憲から戦争という流れもあッと言う間なのでしょうね。
若い人たちには真剣に考えてほしいのですが、政府と戦争屋は手回しよく、若い人たちの生活を追いつめ、考える習慣も時間も与えないようにしてきたのです。
戦争になったら逃げるといっている人がいますが、国は逃がしてはくれないと思いますよ。
それどころか、いま海外にいる人たちにも帰国命令がでるかもしれません。
稲田朋美さんが、ポツダム宣言や極東裁判の判決は受け入れるが、それにとらわれる必要はないと言っています。
自分でも何を言っているのか分からないほど、すっかり「戦前回帰」して熱病に浮かされているみたいです。
わたしが不思議に思うのは、この日本の動きに対して、アメリカや世界の支配者たちが沈黙していることです。
かれらにとっては、日本に戦争させることが最重要目的ですから、それまでは好きに言わせておけということでしょうか。
それで日本の国民を煽って戦争に誘導できればシメシメということでしょうか。
ここは名を捨て実をとろうと。
そうなのです。アメリカはいつも「実」をとってきたのです。
「実」というのは戦争経済で軍需産業が儲かることです。
とにもかくにも、戦争させようということなのでしょう。
日本はそうとも知らないで、いい気になって「飛んで火に焼かれる虫」になろうとしています。
先の大戦のように、日本には孤立し自滅する運命が待っているのでしょうか。
よく日本は包囲網を敷かれて生きていけないようにされたのだから戦争に打って出たのは正当防衛だという人がいますが、問題はそうなるまでの日本外交です。
周りが見えずに、(見ようとせずに)みすみす陥穽にはまっていったのではありませんか。
もう、気が狂っているとしか思えません。
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