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谷間の百合

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天皇という存在

先日、天皇皇后両陛下は大神神社に参拝され、その後奈良県立美術館で古事記展をご覧になりました。

美術館では案内役の知事が、緊張の余りか手に持っていた紙が汗でくしゃくしゃになっていたというようなエピソードも洩れ伝わってきましたが、それで思い出すのが、以前にも書きましたが、わたしの好きな次のエピソードです。

昭和天皇の地方巡幸のときの話なのですが、ある筋金入りの共産党員が敵意からの好奇心だと思いますが「見てやろう」と群衆の最前列で待っていたところ、いよいよ天皇が目の前を通過されようとした瞬間、かれは我を忘れて「天皇陛下バンザイ」と叫んでいたというのです。

我を忘れるということの意味の一つに、本然の自分に還るというのがあると思います。

その本然の中に、日本人の遺伝子(伝統)があるのではないでしょうか。

人間は普段自我や自意識に囚われていて我を忘れることがありません。

その共産党員が我を忘れて「天皇陛下バンザイ」と叫んだ瞬間だけ、天皇への敵意や憎しみがアブクのように消えていたのでしょうが、それもその時だけでかれはまた元の自我や自意識に戻っていったのでしょう。


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天皇は同じ人間だということにわたしは異存ありません。

しかし、天皇をヒエラルキーで捉えたり、贅沢な暮らしができるいい身分だという批判に対しては、以前は「それは違うよ」と思っていましたが、今は、何を子どもみたいなことを言っているのですかとほほえましく思えるほどになっています。

わたしは天皇がお金持ちかどうか知りません。

しかし、たとえお金持ちだとしても、一円も自由に使えるお金はないのです。

お金だけでなく、時間もそうです。

でも、天皇はいまの地位を降りて楽になりたいと思われることはないでしょう。

そんなことが思えるような存在ではないということです。

たとえ全国民が天皇は要らないと言っても、では終わりにしましょうというわけにはいかないのです。

そんなものではないのです。


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嘲笑と侮蔑を込めて「天皇信者」と言う人がいます。

天皇をそこらの新興宗教の教祖のレベルに貶めたいのでしょうか。

わたしは、そういう人たちは、なぜ日本人の多くが天皇を敬愛するかが分からないのだと思います。

分からないことにコンプレックスを持っているから、嘲笑し侮蔑するしかないのだと思っています。

わたしはもちろん天皇その人もそうですが、それと同等に天皇を敬愛する日本人が好きなのです。

その日本人の一人であることが嬉しいのです。


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by michi-no-yuri | 2014-11-23 11:44 | Comments(0)
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