大阪市の出直し選擧は過去最低の投票率だったようですが、わたしはそれでも高いくらいだと思いました。
まして、まだ橋下市長を支持する人が37万人もいることが信じられません。
かれの目的はなんでしょうか。
わたしはかれの都構想への拘りに、小泉さんの郵政民営化への執念と同じものを感じます。
やはり、二人には秘められた共通点があるようです。
仮に、小泉さんのそれが個人的な怨恨から発したものだとすれば、橋下市長の場合は、日本という国へ向けられたものではないかと思われてなりません。
いつごろからか、日本は日本に恨みを持つ人間が権力を恣(ほしいまま)にするようになっていました。
橋下市長が出直し選挙を発表したとき、さすがにそれはできないだろう、きっとかれの暴挙を諌め、思いとどまらせる人物がでてくるだろうと思ったわたしは甘かった!?
文楽に対して自助努力をするよう説教した人間が、6億もの大金をドブに捨てるようなことをしてもなにも思わないのですから、もう異常人格だとしか思えません。
今回のことも含め、わたしが今の日本に絶望という言葉では表現しきれないものを感じるのは、世の中から良心や正義が消えて、「無法、不法」だけが大手を振って跋扈してしていることが許されていることです。
橋下市長の異常が許されている世の中に対してです。
しかも、その無法や不法は法律に抵触しないのです。
なぜなら、仲間内で法律を作り、仲間同士で庇いあい、違法すれすれのところで生きていく術を知り尽くしているからです。
かれらは、いつだって法律に則って無法なのです!
しかし、「倫理」という人の道は、しばしば法を冒すことがあります。
「倫理」は法を超えて存在しているからです。
だから、いつの世も「正義」や「良心」は生き難い。
植草事件などはその典型。
支配階級の人間にとっては、それらは憎悪の対象でしかありません。
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