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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

歴史は歴史に語らしめよ

テレビは連日猪瀬都知事を追及していますが、あきらかにかれは「いけにえ」としてマスコミの前に引きずりだされたのでしょう。

もうこうなったらじたばたしても無駄なのです。

すでに国民もこういうことには必ずウラがあることを周知しています。

そこで思い出したのが、小沢一郎さんとの違いです。

マスコミは小沢さんを取り囲んでマイクを突き付けることはしませんでした。できませんでした。

これが人間としての格の違いというものかもしれません。

もちろん、小沢さんはいかなる場合でも黙っておられました。

猪瀬さんも黙っていればいいものを、後ろ暗いところがあるからいちいち反応しては墓穴を掘っています。


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小澤さんは無罪になったとき、それまでを大変辛い日々だったと述懐されました。

わたしのような縁もゆかりもない人間でさえ辛かったのですから、その忍辱は想像を絶するものだったことでしょう。

ほんとうに凄まじいネガキャンの嵐でした。

そのたびに、わたしたちはほんとうのことを言ってほしいとどれだけ願ったかしれません。

しかし、小沢さんは「男は黙って・・・」とばかりに沈黙を貫かれました。

その姿勢は小沢さんにとって男の美学以上に人間の哲学だったのではないでしょうか。

相手は事実や真実なんか知りたいわけではないのです。

なにか一言言えば、それが燃料となってさらに憎悪の炎を大きくするだけだということが分かっておられたのだと思います。

人間のこころを持たないものに掛ける言葉はありません。

真実は自分の胸にあるという確信があるから沈黙を貫けるのです。

そうでない人間がうわずった声で汗をかきながら言い訳を繰り返しています。


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いつだったか、いろいろな分野の著名人が三島由紀夫の死についての感想を語っているものを読んだことがあります。

みんな見事に自分自身を語っていました。

司馬遼太郎なんかひどいものでした。

歴史の真実は、愛憎を超克し、時の風雪に耐え、自らその姿を現すときがくるでしょう。

想像力の中にしか真実はありません。

想像力とは何でしょう。

照れずに言えば「愛」です。









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by michi-no-yuri | 2013-11-27 12:04 | Comments(0)
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