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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

生生流転

おとついのサンケイ「朝の詩」から。

「生生流転」


手乗り文鳥の

メロディに

きみが いつか

人間であったことが

あるのかを訊いてみる


幾度 訊いてみても

メロディは

愛らしい仕草で

首を傾げるばかりだ


ぼくは たしかに

今 人間で だけど

何番目の「生」だろう


わたしもよくいぬやうさぎやにわとりやインコに訊きました。
おまえはどこから来たのかと。

庭にブルーシートを広げて、その上で朝顔のたねを取り出したり、とうがらしの葉を摘み取ったり(このつくだ煮がおいしい)していると、小さかったトモ(いぬ)が、わたしの膝から這い上がろうとしたり、なにかと仕事のじゃまをしたものでした。

そのとき、あゝ、きっとこの子は人間だったときにこうしてお母さんに甘えて仕事のじゃまをしていたんだなと思いました。

これから貧困が社会を覆うようになると、いちばん先にそのしわ寄せがいくのがペットなどの動物たちではないでしょうか。

(それを想像するのは余りにも苦痛なので考えないようにしていますが。)

生きもののからだに触れてみてほしい。

温かい体温を感じてみてほしい。

息遣いを感じ表情をみていると人間とどこが違うのかと思います。

行きつけの喫茶店のママは、いぬの話になると

(人間と)「いっしょ、いっしょ 言葉が話せないだけ」というのが口癖です。

みんな同じように生きています。


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by michi-no-yuri | 2013-10-19 10:30 | Comments(0)
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