人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

八月二十八日  その一

きのうアップした写真はわたしが撮ったものではありませんが、いい写真だなあと思います。わたしが、求めているのはこういう写真なのですが、目にする写真のほとんどは、きれいな景色や花やグルメばかりで、何の感興も湧きません。

写真展など見にいったことはありませんが、銀行や市役所のロビーなどに展示してある写真はどれもこれも息をのむような美しい景色や花なのですが、わたしは、ついぞ、一度としてその前に足を止めたことはありません。

毎年、恒例のように、梅と桜の花見にいくのですが、目障りなほど年配のアマチュアカメラマンがいます。そういう人は、梅だけを、桜だけを写そうと、人の流れが途切れるのを待っているのですが、わたしは、なぜか、このときばかりは意地悪な気持ちになって、わざとカメラの前に背中を向けて立つてやるのですw
花だけ撮ってなにが面白いの?!人間も入れなさいよ!と背中に言わせているつもりなのですw

きのうの写真ですが、店の中にいる男性のズボンが、女性のロングスカートのように見えて笑ってしまうのですが、わたしは、こういうのが見たいのです。
時代が感じられるからです。
梅や桜だけ写して、時代が感じられますか。生活が感じられますか。

わたしは、写真を撮るのも撮られるのも嫌いなので、多くもない写真のほとんどが俯いています。
しかし、これからは、嫌いとばかり思わずに、永遠の一瞬ともいえる日常や人間の表情を撮ることに挑戦してみようかなと思わないでもありません。(まあ無理でしょうね)

十代のころ、少しだけ絵を習いに行ったことがあります。(何を習いに行っても、半年もてばいいほうです。)
あるとき、真っ黄色に染まった御堂筋のイチョウ並木をパステルで描いたのですが、そこに、黒いカブトムシのような車と、数人の人を描きいれたのを、先生がとても褒めてくれたのです。車や人間を描くことで、この絵は活きた絵になったと。褒められるということに慣れないわたしが、どんなに感激したかはいうまでもありません。
(先生は子どもを褒めてやってください。子どもの一生の宝になりますから)

確かに、イチョウ並木がいくらきれいでも、それだけを描いたらそれだけのものです。わたしが、どんなに美しい写真を見ても、ああ、きれいだなで終わるのは、そのときの先生の一言が、わたしの中で「信仰」にまでなっているからだと思います。









×
by michi-no-yuri | 2012-08-28 11:22 | Comments(0)
名前
URL
削除用パスワード
<< 八月二十八日  その二 八月二十七日  その二 >>