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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

同じ心ならん人と。

きのうの「つむじ風」ブログに

《 時代の思潮は、相似形である。人間の諸相は相似形である。時代は大きく進展したかに見えるが、人間のやっていることは昔も今もほとんど変わりがない。手にするおもちゃは違ってくるかも知れないが、人間の心根は今も昔も変わりがないのである。》


とありました。シンクロというほどのことではありませんが、この日、わたしは、徒然草 十二段「同じ心ならん人と」を繰り返し読んで、尽きせぬ興趣をおぼえていました。
書かれていることが、いつもすぐ目の前に感じられて、徒然草って不思議な書物ですね。
ほんとうに、人間の心根は今も昔も変わらない。

心を同じくする人と、しんみりと世の儚さなどを語り合えたらどんなに嬉しいことだろう。しかし、現実には、そんな人はいなくて、相手に気を遣ってうまく話を合わせていると。
また、少し意見を異にする人が好ましく、そういう人と言いたいことが言い合えれば
どんなに心が晴れるだろうと言いながら、しかし、そういう人と同じ嘆きを嘆いていても、その「言い方」が自分と違うとわびしくなると。

この「言い方」とは、わたしがいつも言う「語り口」のことでしょうね。問題は「言いよう」なのでしょう。「ものは言いよう」というそれです。
わたしは、声についても、その声がどこから出てくる声かが気になります。
腹の底からか、心臓の辺りか、喉からか、はたまた舌の先からか。
舌の先から言葉を発する人が、当時も今と変わらず多かったことでしょう。

先日、日本人の悪い性向として、その場の空気を読んで、人と違うことを発言するのを怖れるようになったと書きましたが、これは兼好の言っていることとは似て非なるものですね。兼好のそれは無常感であって、打算的に他人に合わせているのとは根本的に違うでしょう。

ところで、わたしは一〇五段の「北の屋かげに消え残りたる雪」が、
ビジュアル的にも、雰囲気的にも、これほど美しい場面はないと思っています。うだるような暑いさなかに、このシーンを想像するだけで、体感温度が一気に一〇度は下がるような気がします。

わたしは、語り合っている若い高貴なカップルの女性に、十代の自分を重ねてうっとりを通り越して、ほぼエクスタシー状態になるwのですが、問題は相手の男性で、すぐには思い浮かびませんが、夫では夢が醒めますw










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by michi-no-yuri | 2012-07-30 17:01 | Comments(1)
Commented by at 2012-07-30 21:37 x
教養香る秀麗なる文章、楽しみにしています。
古刹に仏像が纏られ、路傍のお地蔵様のすがたに、私達のこころの生まれ変わりを願うを忘れることなく生涯の道連れと
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