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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

パンダが死んで、動物園前で泣いていた子ども。

愛様が書いておられることですが、
上野動物園のパンダが死んで、園長が泣くことの異様さを日本人はさほど異様だと思わないようです。献花台も設置されたということですが、これが前例となって、これから人気の動物が死ぬたびに、そういう光景が見られるようになるのかもしれません。

日本人は、いまや、テレビで見たことを行動基準にするようになっているからです。
社会から、何が常識で、何が正常かという価値基準が失われていますから、テレビで見たことが、それに取って代わったということです。

幼い女の子が殺されるという痛ましい事件があったとき、父親は悲しみと怒りに堪えられず手記を公表したことがありました。
それから、子どもが同じ運命に見舞われるという事件が起きると、親が手記を公表するという流れができたように思います。
そこには、先の父親の行為を前例にして、マスコミが暗黙の要求をしているのではないかと思える節がありました。マスコミはそういうことをするものなのです。(犯人よりマスコミが憎いと言った遺族もおられました。)
そのたびに、わたしは、悲しみの表出は、一人ひとり違うのだから、無理に書かれなくてもいいのですよと言ってあげたい気持ちになりました。

愛様がこう書いておられます。

「本当にバカらしい話しである。動物園前で泣いている子供がそのままの意識で大人になり、国家動物園を運営し、国会を運営し、危険な原発を管理しているのか。」

本当に、そんな大人ばかりです。新しく東電の会長と社長になった人物は、まさに動物園前で泣いていた子供がそのまま大きくなったような顔です。

タマちゃん騒動で大人たちが演じた狂想曲を思い出します。
そのとき、わたしは、人間が簡単にバランスを崩して、一方になだれをうつことの怖さを知りました。これは、わたしたち名もない庶民だけのことではなく、地位の高いとされる人も変わりません。

いつか、テレビを付けたら、白衣の医師が7.8人ずらーっと並んで会見しているところだったのですが、天皇陛下でもこんなことはなかったのに、いったいその患者はどういう人なのかと思いました。
王貞治さんの胃癌手術を前にしての記者会見だったのです。
このときも。バランス感覚を喪失した人間の姿を見て、恐ろしさを感じました。
王さんは努力の人で、偉大な記録を打ち立てた人ではありますが、医師団はどういう判断のもとにあれほど仰々しい会見を開いたのでしょうか。たとえ、その医師がゴッドハンドを持つ人であっても、バランス感覚の欠如した医者を、わたしは名医とは思いません。

人間は簡単に集団ヒステリーや群衆心理に巻き込まれます。
今、ほんとうに戦争の足音が聞こえてきているのに、何も感じていない人が殆どです。
その、今何も感じていない人に、何かの切っ掛けで火がつくと、もう止めようがありません。なだれを打って戦争へと突き進むのです。

上野動物園の園長は、明るいさわやかな顔で「残念なことですが、パンダの赤ちゃんが死にました。」とだけ言えばよかったのです。「長」の付く人が、集団ヒステリーを呼び覚ますような言動をしてはいけないのです。










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by michi-no-yuri | 2012-07-16 11:18 | Comments(0)
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