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谷間の百合

taninoyuri.exblog.jp

無題。

わたしは任侠映画のファンだと日頃豪語していますが、ほんとは映画館で見たことなんか一度もなく、DVDも鶴田浩二主演のものを数本見ただけです。でも、それでいいと思っています。
先日の続きになりますが、
わたしは、三島由紀夫が高倉健を買っていなかったことが嬉しくてなりませんでした。
(ファンの方には失礼ですが)高倉健さんのファンは任侠を知らないのだと思います。
乱暴な言い方になりますが、健さんに憧れるような人間は、半島人の見せかけの力の前に簡単に拝跪するような人種なのです。(健さんがそうだとは言いません)

任侠には優しさや甘さがなくてはなりません。
精神にもしぐさにもどこか「なよっ」としたところがなくてはなりません。
それでいて「やると思えば、どこまでやるさ」の度胸と芯がなくてはなりません。
わたしが、仙波さんをどうしても任侠に見てしまうのは、ああ見えてwそういう条件をすべて備えておられるからです。「しぐさ」に、時々女性的な「しな」が出ることがあり、そういうところを見るたびにわたしの頬が弛みます。
もう、任侠なんて存在は、歴史の彼方に消えてしまいましたが、わたしは仙波さんの上に任侠の精神の残照を見て、哀惜の情を掻きたてられているのです。










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その男性のことがしきりに思い出されるのは、やはり任侠繫がりだったことに気がつきました。
人妻wのわたしに、好意を寄せてくれた男性ですが、一度お茶をしたときに
かれは「美人ならいくらでもいるけれど…….」と呟くように言って言葉を切り、それっきり黙ってしまいました。
わたしには最高に嬉しい言葉でした。
石堂という人が、礼儀正しい人間が人殺しをする、それが泣けるのだと言ったことが
そのまま当てはまるような男性でした。
(自慢話になるかもしれませんが、匿名だからいいでしょう)


石原都知事がワシントンで、尖閣を都が買い上げると言いました。
マッチを擦れ、つまり、中国を刺激し挑発せよとアメリカに言われたのでしょうか。
by michi-no-yuri | 2012-04-17 10:48 | Comments(0)
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