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谷間の百合

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熱く理想を語り合え!

小沢さんのグループと橋下「維新の会」が手を結ぶのではないかという観測を
言う人がいて、わたしはどこをどうウォッチすればそのような分析がでてくるのか
不思議でなりません。
さらに、いまだに、小沢さんが橋下さんにすり寄っていると言う人もいて
そんな事実がどこにあるのか教えてほしいとさえ思います。
二人が会ったのは、橋下さんの方から会いにいったのであり、それを無下に断る
理由はどこにもありません。まして、お客なら丁重ににこやかに迎えるのは
当たり前のことです。
(わたしは、橋下さん自身の意思だったのかどうか怪しいものだと思っています。
なにしろ、かれにはプロデューサーがついていますからね)
小沢さんは大人(たいじん)です。小沢さんの大人としての言動を小人は理解できず
群盲象を撫でがごとくで頓珍漢な分析や予想がゾロゾロ出てくるのです。
勿論、政治は生きものであり、一寸先は闇だと言われているように、その可能性が
ゼロだと言うつもりはありません。
しかし、考えてもみてください。
小沢さんを嵌めること、潰すことに執念を燃やし、全力で実行している連中が
橋下さんを背後で操っているのですよ。マスコミを支配しているのは誰か
そのマスコミに出て言いたいことが言える人間がどういう背景を持っているかは
一目瞭然ではありませんか。

政治塾なるものが次々開塾するようですが、その講師に中田宏や東国原という
名前を見るたびにわたしは唖然とします。かれらから何を教わるのですか。
講師なんか必要ないのです。
自分たちで問題提起し、ディスカッションし、国のビジョンを模索し、
熱く理想を語り合ってくださいよ!

マドモアゼル愛様が、プーチンは「サムライ」なのだと仰っています。
「現在の日本からサムライは出てこないようだが、世界にはサムライが育っている。
かっての日本が育ててくれたものだ」と書いておられます。
日本にもいずれ必ずサムライは生まれてきます。
しかし、上述した政治塾から出てくることはまずないでしょう。

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# by michi-no-yuri | 2012-03-07 11:22 | Comments(1)

公務員改革は上から。

橋下市長が情熱を燃やす公務員改革はぜひやり遂げてほしいと思います。
と同時に、ちょっと待ってほしいと思うことがあります。
それは、わたしたちはこんなことで日頃の鬱憤を晴らし、
溜飲を下げているだけでいいのかということです。
巨悪を温存してというか、巨悪に国民の目がいかないような目くらましの
改革であってはならないと思うからです。

いつだったか、大阪の川の清掃に当たる職員が、掬い上げた拾得物から現金を
抜き取っていたことが大きく報じられましたが、世間ではこういうのを役得と
いうのではありませんか。似たようなことはどこでも日常的に行われていると
思いますよ。
警察の裏金作りも、当事者たちは役得だと思っているのではないでしょうか。
巨悪を追求できないマスコミはこんな小悪を追って社会の木鐸としての役目を
果たしていると思っているのだとしたら、哀れとしか言いようがありません。

先ず、上から、政界、官界、法曹界、財界のトップから範を示してください。
とにかく、天下りを根絶してください。
下々の腐敗は放っておいても、上が正しくなれば自然に良くなっていくのです。

橋下市長にそういう改革ができるでしょうか。
なにせ、かれは財界、官界の秘蔵っ子ですからね。

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# by michi-no-yuri | 2012-03-06 15:22 | Comments(0)

集団的自衛権は絶対反対。

今日の石原慎太郎さんの「日本よ」を読んで驚きました。
「保護者アメリカ」という言葉が2回使われていたからです。
通常、同盟国と言うところをなぜ保護者と言われたのでしょうか。
それが故意なのか、うっかり出たことなのか、わたしはしばし考えあぐねてしまいました。
アメリカが保護者なら、日本は被保護国ということです。
保護国で検索すると、「保護を名分とした条約により、他国に干渉、とくに、
外交処理を代わりに行う国家を指す。」とあり、日本は外交権もないことになります。

わたしは日本国憲法をまともに読んだことがありませんが
別の言葉や表現で被保護国と受け取れるような文言でもあるのでしょうか。

また、こういうことも言っておられます。
「-危機感を共有する国々が共同してことに当たろうとするとき、憲法による集団自衛権の否定で、我が国のすべき共同作業には多くの限界がある」と。
つまり、集団的自衛権を早急に行使できるようにしろ、ということのようですが
これほど危険なことはありません。危機感を共有する国々とは主に日本とアメリカを
指すのでしょうが、そもそも、アメリカと危機感を共有することが最も危険なこと
ではありませんか。
石原さんは、押し付けられた憲法と言う前に、アメリカからの独立、自立を言うのが
大前提ではありませんか。そして、もう、危機感を共有しないと宣言することが
これからの日本が生き残る道ではありませんか。

結局、中国と戦争したいだけのように聞こえてしまうのはなぜでしょうねw

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# by michi-no-yuri | 2012-03-05 17:38 | Comments(0)

プーチン 万歳!

クレムリン近くの公園に集まった10万人余の支持者を前にして
プーチン首相は「われわれは、公正で開かれた戦いに勝利した。
ロシアに栄光あれ!」と目に涙をためて勝利宣言を行ったということです。
すでに、選挙は不正だったとの声があがっていますが、プーチン首相が
<公正で開かれた戦い>と強調したのは、欧米の不正工作や情報操作に
いかに苦しめられそれに怒りをもっていたかということの表れでしょう。

今日の《ROCKWAY EXPRES》は
かれの人気の秘密はその『愛国心』にあると書いて、次のようなエピソードを
紹介しておられます。
北京オリンピックの開会式で、グルジア軍が動いたという報を聞いたプーチン首相は
隣のブッシュ大統領に噛みつき、すぐにロシア軍の出動を命令したというのです。
わたしはこれを読んで、やっぱり、プーチンは凄い人だと思いました。
武闘家としての一面を持つかれは、たえず、周りの人間にたいして警戒を怠らないという習性を身に付けているということでしょうか。決断力、瞬発力は日頃の修練なくして
成るものではないでしょうから。
わたしは、プーチン首相の「熱い心」と行動力が心底羨ましい!

まさにわが野田総理とは真逆の人間ではありませんか。
実は、わたしは野田総理が気持ち悪くてしかたありません。
「こころ」があるように見えないからです。
菅さんとどちらを採るかというのは究極の選択になりますが
わたしは0.1ミリ?くらいの差で菅さんを選びます。
その0.1の差とは何かと言うと、菅さんには到底きれいとは言えないにしろ
血が流れているのが感じられるのですが、野田総理は針で突けば、血ではなく
シリコンジェルのようなものがでてきそうだからです。
ユーチューブであっという間に拡散した、例の街頭での演説が国会で取り上げられ
たときも、かれは顔色一つ変えずに得意の弁舌で騒ぎを収束させました。
かれは政経塾で、ディペートや弁論術だけを習得したのでしょうか。
国会での答弁や党首討論を聞いても、自分の弁論に酔っているようで
よくもこんな無内容のことが滔々と喋れるものだと憎々しくなります。
そういう姿から落ち着いているとか冷静だとか評価するのは止めてほしい。
こころがないから落ち着いて見えるだけなのです。
それに、かれは、何も感じたり考えたりする必要はないのです。
すべてはだれかの言う通りにしていればいいだけなのですから。

プーチン首相は《愛国者>だから、世界の悪の支配者から煙たがられ
失脚を画策されました。わが国でも愛国者は同じ運命にあります。

わたしは夢をみます。
わが国のリーダーがこう宣言するのを。
「われわれは自立への戦いに勝利した、日本に栄光あれ!!」

こう書いてわたしは感極まり、ちょっと泣いてしまいました。

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# by michi-no-yuri | 2012-03-05 11:39 | Comments(0)

避けられない戦争が一つだけあります。

今日のサンケイの「オピニオン」というコーナーで、伊集院静さんが
「今なら、この国を守るため銃をもてる」と言っておられます。
在日韓国人として生きてこられた精神的歴史は、決して平坦なものでは
なかっただろうと思われますが、仙台で震災に会ったことにより
日本と日本人に向けてよりよい文学を書きたいと強く思うようになり
さらに、「もし、今テロリストが攻めてきたら、私はこの国を守るために
銃をとる」と言っておられます。

わたしはゼッタイに戦争には反対なのですが、
反対と言っていられない戦争が一つだけあります。
それは日本が侵略されそうになったときです。
日本人のなかには、それでも非暴力を貫くのだと勇ましいことを言う人が
いますが、わたしは何と呑気でナイーブな人たちかと呆れます。
アメリカの狡猾な占領政策によって、日本人は侵略の真実や実態を知ることなく
物質的豊かさに幻惑されてここまできました。
その結果、侵略されるということへの想像力を失ってしまったのですが
実は、そのことが侵略を誘発させる最大の原因でもあるのです。

日本はかたちの上だけの独立国に過ぎません。
宗主国はゼッタイに日本の自立を認めないでしょう。
戦争に敗けるとはこういうことです。
理屈では、もう一度戦争して勝つしかないということになりますが
そうではなく、自立をかちとる方法が一つだけあります。
それは、国民が自立したい、この国を守りたいという意識に目覚めることです。
これほど強いことはないのです。
亀井静香さんがいつも言っておられることです。

こないだから、日本人であるとはどういうことだろうと考えていたのですが
答えは簡単でした。自分は日本人であると思っている人が日本人なのです。
伊集院さんのように、この国を守るために銃をとろうと思っている人が
日本人でなくて、だれを日本人と言うのでしょう。

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# by michi-no-yuri | 2012-03-04 09:46 | Comments(0)

検察官は秋霜烈日のバッジを外しなさい。

直接読んでいないので正確かどうか分からないのですが
小沢さんは、なぜ地元の岩手にあまり帰られないのかという質問に
そんなことは「情緒的な批判だ」と言われたそうです。
さすがに小沢さんで、ほんとうに日本人はすべてにおいてこういう情緒的反応をするのですね。
こういう情緒的風土のなかで、今までぬくぬくと政界に棲息してきたのが
かの平成の黄門こと渡部恒三さんです。
近く引退するそうですが、引退発表というのは、ひとかどの仕事をした人が行うもので
あなたのような人間はゴキブリのようにコソコソと姿を消すのが相応しいのです。
福島を今の惨状にした責任の一端がある人間が、まったくその自覚がないばかりか
まいどまいどマイクの前で呵々大笑している様は異様で、これほど世に醜いものはありません。

情緒と情緒的ということには天と地ほどの違いがあります。
小沢さんはそれを峻別しておられるのだと思います。

小沢さんの片言隻語を捉えては疑念を生じさせたり、
耳にはいってくる良からぬ噂を聞いては不安になったりではどうしようもありません。
仙波さんが竹原さんを全面的にサポートしようと思われたのは、ご自分の直感を信じられたからでしょう。
人を信じるとは、自分の直感を信じるということです。

政治家は、隠蔽や偽善やまやかしや妬みによる薄汚い権力闘争はもう止めてほしい。
検察官は、小沢さんの前でその秋霜烈日のバッジを外して頭を垂れてほしい。
あなたたち自身のために。

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# by michi-no-yuri | 2012-03-03 10:57 | Comments(0)

美しく、清らかな場所。

男女同権、男女共同参画の時代に、女性天皇は時代の要請でもあると
思っている人が多いようですが、無知蒙昧とはこのことです。
そういう外来の思想をなぜ無条件、無批判に受け入れて有難がるのですか。
まるでそれらが真理か絶対的正義であるかのように。

よく、天皇も自由に発言されるべきだと言う人がいますが
(自分ではそれが進歩的だと思っているのでしょう)わたしはそれについては
今まで反論する気にもなれませんでした。
しかし、考えてもみてください。
もし、陛下がご自分の個人的意見を述べられたらどうなりますか。
それとは相反する考えをもっている国民はどう思いますか。
おそらく、国民の思いや考えは、陛下のお考えに収斂、統一されていくことに
なるでしょう。そして、為政者はそれを利用して国を簡単に独裁国家にします。

陛下は何も仰らないことによって国民の言論の自由を保障しておられるのです。
陛下がご自分の個人的意見を口にされた時点で
皇室はその存在意義を失うと言っても過言ではありません。
皇室に人権や自由がないのも理由は同じです。

ある人が、人権思想や個人主義と道徳は相いれない、
なぜなら、道徳の根本理念は自己犠牲だからだと言っていましたが
そういうことです。

天皇陛下は無私を貫くことによって、道徳の根本理念である自己犠牲の精神を
体現しておられるということです。
わたしたちは、自我を増長させ、欲望を追求しながら生きているのですが
この日本に唯一か所そういうものとは無縁の美しく清らかな場所があります。
それが皇室です。日本が世界に誇る絶対的価値です。

個人主義も人権思想も男女平等思想も、よく考えてみれば
一つの目的で繫がっていることが見えてきます。
個と個を対立、敵対させ、家族を崩壊させ、社会を混乱させるという目的です。
人間を相戦わせるために。奴隷にするために。
「かれら」はその目的を完遂させたのでしょうか。
それとも、まだ、覚醒する時間は残されているのでしょうか。

陛下は手術の翌日に、いつから書物が読めるかとお尋ねになったそうです。
そのお言葉から、お年を召されても日々研鑽を積んでおられることが
偲ばれ、わたしは感概ひとしおで胸が熱くなりました。

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# by michi-no-yuri | 2012-03-02 11:40 | Comments(2)

ああ、亀井静香さん、、、、、

亀井静香さんのご先祖が、尼子氏の筆頭家老だったということを知って
わたしは<いかにも!>と思いニヤリとしました。
どんなに考えや政策が違っても与党に踏み止まっておられるのは
筆頭家老の「血」なのです。中にいて総理大臣に意見をするのが
自分の役職だと思っておられるのです。
なんど裏切られ反故にされても官邸に出向いて郵政民営化見直しを
総理に迫る姿は悲壮なものがあり、わたしは会談を終えて出てこられる
亀井さんの顔を見るのが忍びなくなります。

あるサイトで、亀井さんと本澤二郎さんの対談の抜粋記事を読んだのですが
以下のような本澤さんの発言にちょっと驚かされました。

〇70年代までの自民党では、日米同盟という言葉そのものが不謹慎だった。
〇鈴木内閣のとき、それを口にした伊東正義外相は更迭された。
〇中曽根内閣のときから日米軍事同盟という言葉は普通に使われだした。

いまでは共産党までもが枕詞のように「日米同盟の堅持」を言うのですから
隔世の感がありますが、
なぜ、どの政治家も何かを恐れるようにそれを言うようになったのでしょう。
アメリカの顔色を窺っているのでしょうか。

亀井さんがここで「本当の親米は、対米自立が前提でないと成立しない話なのに
対米自立、日米対等と言うと反米のレッテルを貼って隅に追いやる」
と言っておられることは ほんとうにその通りだと思います。

さらにTPPについては「オバマ再選のために、狭いブロック経済を、
広い環太平洋に広げて中国と対抗していくもので、そのお先棒を日本は担ごうと
している」大変危険なことだと言っておられます。
ジョセフ・ナイの報告書にあったように、やっぱり、日本と中国を戦わせるための
TPPだということですね。
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# by michi-no-yuri | 2012-03-01 08:48 | Comments(0)

畏れ多いこと。

政府は「女性宮家」の創設に関するヒアリングを行い
その一人に何と田原総一郎さんを呼びました。
かれはこう言いました。
<天皇制を存続させた方がいいと言うのなら女性宮家に賛成する>
つまり、かれが暗に言いたいのは、天皇制そのものの存否なのです。
また、このようにも言いました。
<男女同権、男女共同参画社会においてそれは当然の流れだ>

こんなことしか言えないというより、こんなことを平然と言う人間が
のこのことヒアリングに出向いてきたのです。
畏れ多くも、こんな人間が皇室のことに口を差し挟んでいるのです。

つくずく思うのは、人選が偏っているということ以上に、この日本に
人材が払底しているという現実です。
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# by michi-no-yuri | 2012-02-29 20:13 | Comments(0)

わたしは小沢さんを信じています。

今年に入ってから知ったブログに
「徽宗皇帝のブログ」というのがあり愛読しているのですが
今日の記事に、井口和基さんの昨日の記事を全文転載しておられます。
記事の中で、小沢一郎さんがロックフェラーの子分だと書かれていることに
徽宗皇帝様は「気に入らないが、もし事実なら自分の誤りを認めるしかない」
と書いておられます。

小沢さんがジェイ・ロックフェラーと親しい間柄だという噂は以前からあり
私自身はそれがどうした?と思っていました。
むしろ、親交があることによっていろいろな事情を知ることができるのですから
非情に有益なことではないかと思っていました。
そういうことがあって、小沢さんは世界の仕組みや動きを知悉しておられると
いうことでしょうから。

また、B・フルフォードさんがそういうことを言われたからといって
わたしはかれを怪しい人物だとは思いません。
ちょっとした立場の違いで視点にズレが生じるだけのことだと思っています。

わたしは、このごろ小沢さんについて言われることを全く信じなくなりました。
関係者や側近の弁だといわれても、直接その人の口から聞くのでなければ
信じることはなくなりました。
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# by michi-no-yuri | 2012-02-28 12:40 | Comments(0)

むかしの男の顔には面魂がありました。

わたしの趣味はむかしの写真を見ることです。
まいどまいど、同じ写真を食い入るように見ます。
前々回の記事に、人間の顔をした人間をみることが稀になりました
と書いたのは、むかしの写真と比較したときの落差からくる印象です。
むかしの男の顔には面魂(ツラダマシイ)があった!
むかしの女は「谷間の百合」のように清楚で控えめだったなあと思っては
去っていった恋人を偲ぶかのように溜め息をついているのです。

ところで、「つむじ風」の飄平様とは、もちろんお会いしたことはないのですが
あくまで仮定のはなしとして、どこかで待ち合わせをして
お会いするということになったら、
目印に胸ポケットにバラ(いまどきそんな!というより似合わないでしょう)
を挿していただかなくても一目で識別する自信はあります。
それよりも、わたしの方が一目で分かってもらえる顔をしているかと
心配すべきかもしれません。

実はむかし、ある人からあなたのことを「白痴美」だと言っている人がいると
聞いて腰を抜かさんばかりに驚いたことがあります。
知的だと言われることはあっても(笑)よりによって白痴とは!
(このごろ、白痴と言う言葉は死語になっているようです)
最近、ふとそのことを思い出し、その人がそう言うのには言うだけの理由が
あるはずだと、いろいろ考えてみました。
もしかしたら、その人はドストエフスキーの「白痴」を読んでいて
わたしの本質に、主人公のような純粋無垢なこころをみたのでしょうか。
もちろん、そんな人間でないことは自分自身イヤというほど知っています。
しかし、少し人とは変わっているところがあるのも事実ですので
その変わっていることを純粋だと勘違いしたのかもしれないと思いました。
まあ「美」がついていたのでマンザラでもなかったのですが
これほど驚いたことは後にも先にもこの一回だけです。

自分のことはできるだけ書かないでおこうと思っていたのですが
ついつい書いてしまいました。
なぜ、自分のことを書かないようにしようと思ったかには理由があります。
わたしの尊敬する、森田療法で有名な三聖病院の宇佐院長が
自分のことを表現した時点でダメなのですと仰っているからです。
自分のことを情報化、言語化してはいけないのだと。
患者さんの治療法として言っておられるのか、人間全般についてなのか
分からなくて悩むのですが
わたしは、やはり人間はそうあるべきだと仰っているのだと解釈しました。
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# by michi-no-yuri | 2012-02-28 11:49 | Comments(0)

橋下市長を国政に進出させてはいけません。

今日のサンケイ一面に、堺屋太一さんの、
橋下市長は日本のリーダーの資質を備えているとのインタビュー記事が載っています。

単刀直入に言いますと、橋下市長は日本のリーダーになれる、なれないではなく
なってはいけない人間なのです。
かって、麻生元総理が総理候補に上った野中広務さんのことを
「被差別部落出身者が総理になるのはいかがなものか」と言われたそうです。
麻生さんの真意は分かりませんが、
言葉面だけで言えばわたしが思うのも同じです。
しかし、わたしの真意はこうです。
わたしたちにこだわりや差別感情がなくても、かれら自身が身内に感じている
血の濃さからくる重圧は、想像を絶するものがあるのではないかということです。
よく、在日の人たちが、足を踏んだ人間は何も感じないだろうけれど
踏まれた人間はその痛みを永久に忘れないと言いますが、そういうことです。
在日や部落の人たちの、日本と日本人への怨念は生易しいものではありません。
わたしは、橋下市長がよく口にする、リセットとか非連続性への挑戦というフレーズを
耳にするたびに、自分の血をリセットしたいというかれの心奥の叫びを聞くようで
粛然となるのです。血のリセットのためには国家体制の解体もやむなしと。

一国のリーダーは、本来すべての国民の利益を代表する者でなければなりませんが
かれにその資格と気持ちがあるでしょうか。

しかし、そんなことよりもかれがリーダーになってはいけない最大の理由は
背後でかれを操るジャパン.ハンドラーズが、かれの人気のあるうちに
小泉政権でやれなかった案件を一気にやってしまおうとしている明らかな兆候が
あることです。恐るべきことです。

国民の目にかれの本性が鮮明に見えてくるまで
橋下市長にはもっともっとテレビにでて発言してほしい。
選挙期間中の街頭で「なんかコワいよう~な」と大阪のおばさんが言っていましたが、
この感覚こそが大事なのだと思います。
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# by michi-no-yuri | 2012-02-27 13:33 | Comments(2)

今日は2月26日でした。

「暴力のかく美しき世に住みて、ひねもすうたうわが子守うた」

最初の記事に何をもってこようかと考えていたとき、この愛唱歌がふと頭に浮かびました。
これは、女流歌人の斉藤史が、2・26の主謀者のひとりで幼馴染の青年将校が銃殺刑に処せられたあとに詠んだうたです。現代においては理解されるうたではないと思いますが、世の中が誤解や勘違いで成り立っていることを思えば注釈を加えるまでもないでしょう。

一年に一、二度立ち寄る町の一隅に、むかし遊郭だったという場所があります。
面影は残っているものの、寂れて人の気配もなく、いわば死んだ町です。
その一郭の角にわたしのお気に入りの喫茶店があります。
有線から流れる古い流行歌や、常連らしきおじさんたちの会話を聞くともなしに
聞いていると、いつしかそれらの音声が、全盛期の遊郭のさんざめきと入れ替わり
時の彼方から潮騒のように打ち寄せてきます。

こういう場所はもうなくなりました。
いま、また暴力団排除に警察はやる気をだしています。
そういうものは排除すべきものか、或いは必要悪なのか、わたしには何とも
言えませんが、それらが姿を消して世の中がよくなっただろうか、よくなるだろうか
という思いはあります。
少なくとも、社会から活気や活力が失われたのは確かではないでしょうか。
なぜなら、「性」や「暴力」は究極的、根源的な「生」の発現に他ならないと思うからです。

なぜ、冒頭のうたからこういう話になったのか自分でも分からないのですが
自然な意識の流れに意義があるとすれば、種類も質もあきらかに違う二つの暴力も
或いは底流では繫がっているのかもしれません。

原発の避難区域を「死の町」と言って物議をかもした大臣がいましたが
わたしの目には日本中が「死の町」のように映ります。
人は動いていても真に生きているようには見えません。
姿かたちは人間でも、人間の顔をした人間を見るのが稀になりました。
そして、いずれ人間も福島の鳥のように動けなくなるのでしょうか。
(動けない鳥はなぜこんなに悲しいのでしょう。)

気がつけば、なんと今日は2月26日でした。
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# by michi-no-yuri | 2012-02-26 21:53 | Comments(0)

はじめまして。

はじめまして。
今日からブログを始めることになりました。

気が重く、誇張ではなく、胸が押しつぶされそうになりながらも
ブログを立ち上げなければならないと思ったのは
自分の依って立つところから発言するのでなければ
言論とは言えないと思ったからです。
それでもなお気が重いのは、
わたしごとき<何の情報も持たず、収集も発信力もなく、
連帯やネットワークとも縁がなく、何かを勉強したわけでも
知識があるわけでもない>人間が一人立ちして
いったい、世間に向かって何を言うことがあろうや、との思いが
根強くこころを占めていたからです。
しかし
そういうこころを振り払って溢れ出てくるものがありました。
日本が日本でなくなっていくことへの「かなしみ」です。
日本を日本でなくしていく人間への「怒り」です。
そして、日本への祈りを言葉に換えていきたという止み難い思い。

いつもではありませんが
書く前に、自然に、胸の前で手を組み合わせて祈っていることがあります。
どうか、わたしに力を貸してくださいと。
そうお願いする対象は特定のだれかではありません。
あの人や― あの人や― あの人たち―です。
その人たちは、わたしを愛してくれた人や、会ったことのない人や
もうこの世にいない人などいろいろです。
わたしの「祈り」に力を添えてくださいとお願いするのです。
わたしにできることはそれくらいしかありません。
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# by michi-no-yuri | 2012-02-24 22:54 | Comments(1)